幌の間隙
妙な技について一切の質問を受け付けないものの、レイルスは頼まれればなんだって直した。ある日クルーの前で「これは直せるか」とローが折れ曲がったメスを差し出したのがきっかけとなり、レイルスの妙な力はハートのクルー公認となったのだった。すごいすごいと面白がって連日レイルスのもとにあれこれと持参するクルーにレイルスは思わず苦笑する。実はこれもローの指示だったりする、レイルスはなんとなくそれを感じ取りながらも甘んじてその状況を受け入れていた。
「ほんとすげーなァ」
「キャプテンの能力も大概だけど、お前のもなんなのってくらいなんでもできるな」
「そらどうも」
今日も今日とて食堂にて割れたマグカップを直したレイルスはペンギンとウニに感激されていた。なんでもできるように見えているのであれば苦笑いしか湧かないが、せめてものお返しと思ってレイルスもできる限りクルーの持ってくる壊物を直していた。命を助けてもらったというもの大きいが、何よりその壊物はルフィが暴れたせいでもあると聞いてしまっては断りにくいものがあった。何ができて何ができないかを確認するための作業であろうが、今のところハートのクルーは本当にその時に壊されたものしか持って来ていない。
「4億5000万なぁ……」
ウニがボソ、と呟く。後日ニュースクーが運んできた新聞に挟まれていた手配書には、レイリーが言っていた通りレイルスの幼い頃のものであろう写真ととんでもない額の懸賞金が記されていた。可愛らしくも子供らしい無邪気な笑顔の下には、全く可愛くない額。それを見たクルーは脳が混乱した。加えて数日関わっただけでもレイルスの不用心さに呆れすら感じているものも多かった為混乱も一塩であった。本当に4億5000万?シャチがひっそりと嘆いた。シャチの懸賞金額よりもずっと高い額にプライドをひっそりと傷つけられていたのだ。もうすこし筋骨隆々であったり残虐だったりしたら納得出来たものの、レイルスは人畜無害もいいところのお人好し。シャチもクルーの中では6500万ベリーとそれなりに高額の部類ではあるが、まさかこんな女の子がキャプテンの倍近く高いなんて。ちなみにこの前の頂上戦争からルフィを助けてせいで、ローの懸賞金の額も5000万ベリーあがり2億5000万ベリーとなっている。
「そもそも海賊っぽくないよなレイルスちゃん」
「……どうも?」
「なんで俺らに全くもって警戒心抱かないかね」
ペンギンがため息を吐きながらぼやく。こちらが警戒しているのがバカらしくなるほどレイルスはハートのクルーに対して警戒心がなかった。たまにオペ室から抜け出して廊下の小窓から海を眺めるという脱走癖こそあるが、それ以外は珍しいくらいに病人模範生である。この前もコックが「どれだけ時間がかかっても絶対残さないで食って、毎回礼言ってくるんだ」と涙ぐんでいた。そもそもぽくないと言われても海賊ではないしなとレイルスは内心でぼやいた。
「あとキャプテンのこと怖がんないよなまったく」
それ、それとペンギンはウニの言葉に強く頷いた。極悪人の王道を行くローの顔は、慢性的な不眠症も相俟って人相の悪さに磨きがかかっている。つい先日シャボンディでも子供に泣かれたばかりである。キャプテン優しいのに、いいやつなのにとわかっているクルーとしては歯痒いところもある。特に女子供との相性は最悪で、ロー自身も煩いのを嫌うため目つきが余計に悪くなり怖がられるというデフレスパイラルに陥る。イッカクが「顔面の良さなんにも生かされない」と言って嘆いていたのは記憶に新しい。だからこそそんなローに臆することもなく、至って普通に会話ができなんなら言い返すことすらできるレイルスをハートのクルーはすぐに気に入った。キャプテンの良さがわかるのか、そうかいいやつか。ハートのクルーはローのことになると少しチョロかった。
「見た目で判断してもいいことないでしょ」
「おお」
「あと話してて楽、頭いいよねキャプテンさん」
「おお!!」
わかるか!ウニが感嘆の声を上げた。ペンギンだけがおや?と首を傾げるもウニもレイルスも気がつかない。
「そりゃ外科医だもんよ!グランドラインのいろんな国でいろんな医学を獲得できる頭脳を持った海賊なんてキャプテンだけだ!」
「へぇ」
「あの能力だって普通ならあそこまで使いこなせないんだぞ、それをあんなに自在に操れるのだってキャプテンの頭脳があってこそ!」
「キャプテンさん愛されてるなぁ」
「だっはっは、照れること言うなよ……!そうなんだけどよ!」
「なあ」
耐えきれなくなったペンギンがはい、と手をあげた。ウニとレイルスが会話を止めて同じ方向に首を傾げる。嬉しさで目がキラキラしているウニは少し頬が色ずいていた。普段真っ白と言うくらい顔色が悪い男が珍しい、それくらいに嬉しかったらしい。
「キャプテンさんってなに?」
「ん?」
「変な呼び方するなって……」
「名前知らないし……」
「…………」
ローはレイルスに名乗っていなかった。ハートのクルーも揃ってキャプテンとしか呼ばないことから生まれた悲劇は、およそアマゾン・リリー出航から一週間後にペンギンの気づきによって静かに解消されたのだった。
投稿日:2022/0308
更新日:2022/0308