独楽は停止へ向かう
無事カームベルトから抜けることができたポーラータング号の中はお祭り騒ぎだった。特に今回の戦犯であったベポの喜びようは凄まじく、片時も離れるかと言わんばかりにレイルスにくっついている。ペンギンもあの状態から6時間も重症な体を押して蒸し暑い密室にて尽力してくれたレイルスの株が上がったらしく、ローに向けて「なんとしても、なんとしても乗せてくださいよ」と念を押して頼む始末。なんなら少し石炭が残っていたこともペンギンの中のポイントを爆上げした理由だったりする。燃料の石炭は船の移動以外のライフラインにも使用している部分があるのだ。そういった面でもベポがしでかしたことの重大さが窺える。「汗かいた……」
「それくらいで済んでるのがすごいっての、キャプテン!患部切ったらシャワーだめですか?」
そばにいたイッカクがレイルスの言葉にローへと言葉を向ける。なんだと思っているうちにベポから解放されたレイルス。この先を予測して離れたベポはまだローに許されていないと思っているのでそのままバラされてはたまらないと離れたのだ。首を傾げるレイルスが目をベポへと向けた瞬間に、ローが刀を抜いた。空中にレイルスの腕の断面と足の一部が浮かぶ。
「……は?」
驚いたのはレイルスである。目をギョッと見開いて、先ほどまで疲れで重くなっていた瞬きが早くなる。クルーはその様子にケラケラと笑って各々功労者を労わろうとせっせと動き始めた。イッカクがレイルスの腕を引いて椅子から立ち上がらせる。
「いいって、洗ったげるからシャワー浴びるよ」
「え、いや……え?」
「包帯巻き直すついでに患部も拭いといてやるからなー」
「イッカク、あんまり長居したらだめだぞ〜」
「あーい」
待って、と混乱するレイルスをあえて無視してシャワー室へと連行されたレイルスは片腕がないこともあってイッカクにされるがままに洗われてしまう。一瞬で服を剥かれてお湯を頭にかけられたレイルスに争う隙はなかった。頭を洗われながらレイルスは恐る恐る腕の断面に触れる。まるで陶器にでも触れているかのようにつるりとした断面。ツンツンと爪を立てたりしても痛くもない。ただ、ないはずの腕を触られているような不思議な感覚がある。麻酔をかけたときのような感覚にどこか似ていた。
「キャプテンの能力だよ」
「瞬間移動とかだと思ってた」
「あはは、そっちはオマケ」
まじでぇ?とレイルスの力のない声がシャワールームに響いた。自分よりも傷の多い身体は戦ってきたもののそれだ。イッカクも背中に大きな傷があるためレイルスの傷を気にすることなくケタケタと笑う。悪魔の実の力は一口で表すことが難しいものが多いが、ローのオペオペの実はその中でも群を抜いて多様性がある。まだ仲間でもないレイルスに教えることができないということにイッカクは少しだけ表情を曇らせた。
ガシガシと頭を洗ってやりながらふとイッカクは思う、そういえばこうやって誰かと風呂に入るのはいつぶりだろう。ハートのクルーの紅一点であるイッカクはこういう時どうしたって1人だ。それを寂しいなんて思う可愛げはとっくになくしているが、案外楽しいかもしれないと口角を持ち上げる。女のクルーが他にもいたら、こうなるのか。
「綺麗な金髪」
「イッカクも綺麗な黒髪だと思うけど」
お湯で流す前にぽつりとこぼしてしまった声に、レイルスの声が帰ってきて驚いたイッカクはレイルスの顔面にシャワーを直接当ててしまった。うぶ、と溺れるような音を出したレイルスにあわてて謝りながら、もこもこと泡立つレイルスの頭を流す。指通りのいい金色の髪は濡れて余計に輝いて見える。お湯をかける一瞬前、レイルスがまっすぐとイッカクの髪を見上げていたのを思い出したイッカクはなんだか恥ずかしくなってレイルスに見えないことをいいことに島で買った高めのトリートメントを容赦なくレイルスの髪に塗り込んだ。
基本的に新参が気に入らない嫌いのあるイッカクだが、もれなくレイルスのことも最初は気に食わなかった。それでも海賊相手になんの邪気もなく接してくるレイルスが新鮮で、取り入ろうとする気配もない。加えてあのローのことをちゃんと命の恩人として認知して弁えているところは悪くない、なんて思っていた時に今回の事件だ。クルーの全員が長時間ボイラー室に籠るローとレイルスが気になり、入れ替わり立ち替わり様子を見に行っていた。それにすら気が付かないほどレイルスは真剣で、なれた男のクルーでもすぐに根をあげるほどの熱気を目の前に6時間も耐えて、船のために尽力してくれた。あんなのを見せられてしまったら気に入らずにはいられないとイッカクは顔を顰める。
「あーんもう!気に食わない!!」
「いたいいたい!イッカクいたい!」
投稿日:2022/0311
更新日:2022/0311