独楽は停止へ向かう

 シャワーから上がったレイルスに患部の断面を持ってきたクルーは、すぐさまそれをレイルスにくっつけると飲めや歌えやで騒ぐ食堂へとレイルスを放り込んだ。気がつけばまたベポにくっつかれ、どころか膝の上に乗せられたレイルスは差し出されるままもそもそと食事を口にする。さすがといってもいいが、レイルスに差し出される食事はきちんと管理されているのか脂っこいものなどは避けられ、酒ばかり広がるテーブルにも関わらず、レイルスの手元にはお茶が届けられていた。
 チョッパーとサンジの食事管理も徹底していたが、ここも負けず劣らずである。レイルスは素直に感心した。
「レイルスもう腹一杯?」
「ああ、うん」
「じゃああと俺がもらう」
 食べる速度が遅くなっていたことに気がついたベポがレイルスの手から皿を取って一口でそれを空にした。なんとも男前な熊である。レイルスがほぼ真上を見上げてベポに礼を告げた。
「レイルスはいい子だなぁ〜」
 酒に飲まれてしまったらしいペンギンが呂律の怪しい言葉遣いで話しかけてくる。どかりと崩れるように正面に座ったペンギンの顔色は見えないが、首元が真っ赤になっていることからあまり酒には強くないのか、とレイルスは予想した。予想通りペンギンは酒に弱いため普段はセーブして飲むのだが、今日はシャチに飲まされたのもあり珍しく目に見えて酔っていた。
「ほんと、弱音もはかねぇ、文句も言わねぇ」
 ぐい、とペンギンがジョックを仰ぐ。もしゃもしゃと肉を食べていたベポがペンギンの様子におや、と首を傾げた。
「俺もなぁ、ガキの頃腕ぶっ飛ばしたんだよ」
 その言葉に驚いたのは、ベポの方だった。それは知っている、まだノースブルーのスワロー島にいた頃。ベポがシャチとペンギンにいじめられていた頃の話だ。そのときの申し訳なさもあるからなのか、ペンギンはベポには滅多にああして怒らない。もう気にしていないのにとベポは思っているし、昔のことがあろうがなかろうがペンギンが怒ると怖いのは変わらない。しかし、まさかそのときの話を自分からするとは思ってもいなかった。
「無茶苦茶しててよぉ、爆弾持って突っ込んだらそのまま腕ぶっ飛んだ」
「凄まじいね」
 ふーん、と聞くレイルスは世間話のように軽く相槌を打つ。それがよかったのかペンギンもカラカラと笑ってだろ?と得意げな顔をして見せた。くい、と上げられた帽子の奥の目も悲しそうでも苦しそうでもないのを見てベポはやっと肩の力を抜いた。
「俺はあのときまじで死ぬと思ったし、腕失くしたって自覚した時はそりゃもう絶望した」
 ペンギンの腕にはそのときの傷跡が残っている。腹を抉られて死にかけていたシャチには腹に大きな痕が。ペンギンはシャチを助けるために爆弾片手に凶暴な猪に突っ込んだのだ。あの時は2人とも死ぬと思ったなとベポは懐かしくなった。ローの能力によってギリギリ2人は助かった。
「男の俺でもそうなんだから、レイルスはもうちょっと悲しんでもいいんじゃねぇかな」
 ウリウリと自分の腕に顔を擦り付け始めたペンギンを残念なものを見る目で見たベポは、反応のないレイルスを不思議に思って顔を覗き込む。レイルスはどうしてか驚いた顔をしていた。実際レイルスは驚いていた。そうか、普通はそうかとペンギンの言葉に納得しながら腕をさする。ストン、と肩から撫でてもすぐに空中に手のひらが触れるそれにはいまだに違和感が強い、体のバランスだって取りにくい。服を着るのが大変だ。そんなことを思うより先に、悲しむのが普通か、と気がつくと同時に自分に呆れてしまった。親からもらった大切な身体なのにそんな事考えもしなかったのだ。
「強がりってわけでもないのはわかってんのよおっさんも……」
 自分をおっさん呼ばわりしてペンギンは顔をあげる。おっさんと呼ばれるほどの顔には見えないことにレイルスはペンギンは一体幾つなんだろうと少しだけ疑問に思った。歳上だろうとは思ってはいるが、ペンギンは童顔なので具体的な年齢を推察しにくい。
「もーちょっと肩の力抜いてもいいんじゃねぇの?」
 この船にのっていてレイルスが何かを要求してきたことはほぼ皆無だ。着替えも、風呂も、食事も全てハートのクルーの誰かしらが気がついて提供されている。怪我人であるためその気遣いも最大限になるためレイルスにとって不自由は何一つとしてなかったのだが、ペンギンはそれに気がついて少し呆然としてしまった。何せ、初めて言ったワガママらしいワガママが、船をカームベルトから出すためにボイラー室に1人篭もりたいだなんて自殺行為に近しいものだと誰が思おうか。イッカクがレイルスをシャワーに連れ出している間にそれが本当に危ない行為であったことも聞かされてしまってペンギンはたまらなくなってしまった。毒性のあるガスを発生させ続けてたってなんだそれ、どんな無茶だそれ。
「抜いてる、つもりだけどなぁ」
「海賊になるんならもうちょい欲張れよ、試しになんか、ほらあんだろ」
「なんか?」
「ワガママ言ってみ」
 じとっとした目でペンギンに見られてレイルスはどうしたものかと頬をかいた。ベポはペンギンの酔いが覚めてきているのだろうことを感じて、また肉へと手を伸ばす。もしかしたら最初から酔ってなどいなかったのかもしれない。そういえば珍しくペンギンがあんまり警戒してないなと思っていたのだが、どうやら最初からこう言ったことを考えていたせいでそれどころではなかったようだとベポは知る。痛くて泣き喚いたっておかしくないのに、確かに泣きもしなかったなぁと膝の上の軽いレイルスを見下ろしてベポも急に心配になってしまった。こんなにも軽い女の子なのに。
「……じゃあ、そろそろ眠たいかも?」
「ちっせ〜!!」
 バハハ、と笑ったペンギンがベポに視線を向ける。あい任されたと口にチキンを加えたベポが片手でレイルスを持ち上げる。何せチキンを持ってベトベトだったのだ。
「主役が寝るぞ〜!!」
「主役を寝かせるぞ〜!!」
 ベポに抱えられて高い視界から食堂を見渡したレイルスは誰もがゲラゲラと楽しそうに笑ってこちらを見送っているの見て困ったように、しかし確かに笑ったのだった。



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投稿日:2022/0311
  更新日:2022/0311