頭上のヨルムンガンド
時を少し遡り、ハートの海賊団を襲ったとある事件、約半年前の話である。ローが七武海となってしまったせいで余計に宙ぶらりんな立場になってしまったレイルスだったが、結局その後もハートの海賊団と共に航海を続けていた。まさか知らぬうちに魚人島を経由して新世界に入っているとは思ってもいなかったが。ポーラータングの性能を存分に生かし、きな臭い噂の多かった魚人島に踏み入れることなく通過したため、普段より長い潜水が明けた途端新世界だと言われレイルスは絶句した。本来ならシャボンディに着いた時点で察するべきだが、ハートのクルーの巧妙な話術によってレイルスはその可能性に考えが至らなかった。しかしギリギリシャッキーの店には行っていたので、第六感は働いていたのかもしれない。
レイルスとしてもハートの船での曖昧な立場があまりよろしくない状況だろうことはわかっていたのだが、結局ズルズルと長居してしまっていた。ちなみにローが大量に海賊の心臓を集めていた事件については、レイルスは「おお」と少し引きながらも心臓がつめられた箱をたまに開けて観察していた程度で、特段ローの行動に何か口を出すことはしていない。変人具合にクルーの方が引いたが、いやでも船長の力を怖がってないんだぞとポジティブに捉えてまた株を上昇させたのだった。
そんなこんなでとある島、ローがそろそろ単独行動をしようかと考えていた時に奴は襲来した。
「いやあ探しちゃったよ」
そんな軽い挨拶とともに現れたのがまさかの元大将の青雉。緊急事態にハートのクルーはギャーギャーと慌てたし流石のローも顔を青くした。そしてその視線がまっすぐレイルスに向けられているのを見てゾッとしたのだ。青雉が新世界のとある島で赤犬と10日間かけて元帥の座をかけて戦った話は有名で、敗者となった青雉は海軍をやめた。同時に賞金首にまでなったのだから海軍とは恐ろしい、なんて話していたのは随分と前。まさか本人がひょっこりと現れるなど誰が思おうか。それも自転車を漕いで海から来るなど。レイリーもだが身一つでグランドラインを渡る術があるなど規格外にも程がある。
「……」
「久しぶりだなぁ、えっと……」
「ああ、うん?久しぶり……??」
「覚えてねぇのかよ!!」
クルーからのツッコミが入る程分かりやすく狼狽えたレイルス。レイルスは青雉のことを綺麗さっぱり忘れていた。というのも一瞬の邂逅であったし、何より青雉は海軍の隊服を着てあの場にいた。装いも違いサングラスをかけていればレイルスでも気がつけなかった。青雉はレイルスのことを戦場で「イム」という名で呼ばれていたことを知っていたためどう呼ぶのが正しいものか、と口籠もっただけである。見ていられなかったローが口を挟む。
「……元大将青雉だ」
「ああ、ああ……?」
「ひでぇなピンときてねぇじゃねぇか」
青雉がなんとも言えない顔で肩を落とした。赤犬や黄猿ならしっかりと対峙していたため顔を覚えていたのだが、何せルフィ越しに一瞬アイマスクを認識したくらいである。覚えていろという方が無理があったのだが大将と言われて、レイルスも頂上戦争のあの場にいたのだろうということは察した。名前から赤犬と戦った人かという情報はしっかり思い出していたが、残念なことにエースの炎を用いた爆破で青雉の体をバラバラに砕いたことはすっかり忘れている。青雉が少し気まずげにしているのを見てシャチとベポは抱き合って恐怖に震えた。怖いもの知らずすぎてレイルスが怖い。クリオネも過去にレイリーを足蹴にしたことを思い出して、もしかしてうちの子とんでもない子?と意識を飛ばしかけた。うちの子ではない。
「ちょいとね、海軍を辞めたついでに嬢ちゃんに言っておきたいことがあって」
そう言ってレイルスと2人で話すことを希望した青雉にクルーは猛反対した、ローとしても認められないと戦う覚悟でいたのだが、当の本人が「オーケー」とあっさりとその申し出を受けてしまったのである。青雉の方が狼狽えて「そう?あー……じゃあ見えるところで話そうか、大丈夫手は出さないから」と提案してくる始末。これには堪忍袋がプッちり切れたローも戻ってきたレイルスを能力で両断してしまった。レイルスとしては願っても見ない海軍の情報、なんなら食い気味で青雉の話に乗っかっていた。
「ちょっと用事できたから降りるわ」
加えて戻ってきての第一声がこの発言である。ローはさらにレイルスを細切れにした。しかしそれでもレイルスの意思が強く、結局脱走宛らにレイルスの下船を許してしまったのだった。白昼堂々の犯行はいっそのこと清々しいほどで、シャチやイッカクはゲラゲラとレイルスの逃走を笑った。
もう一度いう、半年前のことである。
投稿日:2022/0317
更新日:2022/0317