頭上のヨルムンガンド
パンクハザードという島は本来、緑豊かな美しい島である。しかし、世界政府が研究所を置き動植物を使って実験が繰り返されるようになった影響で生態系が大きく崩れ、ついには化学兵器の開発が始まったことで次第に環境汚染が進んで行った。決定的に島の自然が壊れたのは、科学者シーザー・クラウンが自らが開発した毒ガス兵器を島内で発動したことにより、研究所が爆発した事件が起きた時だ。毒ガスが立ちこめた島は生物が生息できないほどに汚染され、立ち入り禁止区域となってしまった。シーザーはこの責任を問われ失職し、投獄される事になったが脱獄。現在も行方知れずとなっているという。
時間経過とともに毒ガスが薄くなったのを確認した政府が、海軍元帥の座をかけた青雉と赤犬の決闘の場として選んだ。その結果島の天候を大きく変えてしまう程の10日間にも及ぶ激闘の末、島は現在の灼熱と極寒の地に別れてしまった。島というのに磁気すらも発しなくなったこの場所には、ログポースがあっても辿り着くことができない。場所を覚えて方角を確認するしか方法がないというのだからいくら新世界といえ規格外の島であるその場所にレイルスはついに到着した。
青雉からこの島のことを聞かされたレイルスは半年かけてやっと辿り着いた目的地を目にして、驚きであんぐりと口を開けた。本当に一つの島で気候がはっきりと別れている。それも灼熱のような熱気を放つ大地と、吹雪が止まない大地が隣接しているとは。海にまで炎が広がっている側にはどうあっても船をつけることができそうになかったレイルスは真っ白い大地に接近しその地に足をつけた。ザパン、不自然に波が泡立ち船を一度揺らしたのにレイルスは気がつかず、その場を後にする。
青雉に聞いた通り、妙なガスが蔓延している。目視できる色付きの霧を見てガスマスクの奥でレイルスは目を細めた。見上げた先には何故か海軍の軍艦が使用された積み木のようなオブジェ。氷と戦艦が組み合わさったその巨大な建造物を遠目に確認しながら足を進める。表面上は無人のはず、と聞いていたのだがそんなこともないんだろうか。それとも青雉が情報を仕入れた時と状況が変わっているんだろうか。
この吹雪の中だというのにくっきりと残る大量の足跡。というよりもはっきりと聞こえる戦闘音。レイルスは現実逃避をやめて前方を見つめる。遠方の空から何かが飛来して、しばらくしたのち近場で何かが爆発したのが見えた。聞いていた話と全くと言っていいほどに違うんだが、レイルスは緩い雰囲気で話していた青雉を思い出して舌打ちをガスマスクの中でこぼした。飛来物は次第に数を増やしているようで、レイルスは改めてそれをじっと見つめる。落下の後に爆音があったのは一度のみ。それ以降は砲弾のような音すらもしない。輪郭がぶれているようにも見えることから液体に近いものなのかもしれない。
「うーん」
多くの人間に踏み固められているために雪道の足場は悪くないものの、走ることはせずに歩きながらレイルスは何やら考えている。真っ白いコートの片腕がバサバサと風に靡いてレイルスの背中を叩く。2年でさらに伸びた金髪はフードの中。何度か起こる爆発に一度フードが脱げたがレイルスはすぐにそれを被り直した。
どうしたものか。何やら戦闘が起こっているのは確かなようだが、ここには潜入しにきたというのに。シーザーにみつかりさえしなければどうとでもなるが、騒ぎは起こしたくない。だがすでに騒ぎが起こっているとは。やっとその騒ぎが見える位置まできたレイルスがひょっこりと氷山の影から顔をのぞかせる。どうやら決着がついた後のようで、もくもくとした男を中心に何故か下半身が動物の連中が武器を片手に喜びの声をあげているというカオス空間が完成していた。青雉から聞いていた特徴と一致するため中央の男がシーザーだろう、レイルスはそう判断し顔を引っ込めた。寄り道をしたせいでここまで時間がかかってしまったのだが、タイミングが良くなかったらしい。かといって出直すという選択肢もないためレイルスは腕を組んでうんうんと唸った。一度島を出てまたこの島に辿り着ける気が微塵もしないのだ。レイルスの航海術は素人のそれに多少毛が生えた程度である。
「くもるなぁ視界が」
黒くゴツいマスクはレイルスの目元まで覆っており、レイルスの吐く息が中でそのレンズを曇らせていた。そのせいでシーザーの足元に倒れていた麦わらの一味の存在に気がつかなかったレイルスは呑気に「どうすっかなぁ」とぼやいた。本当ならシーザーをとっちめて色々話を直接聞きたいというのがレイルスの本音なのだが、青雉からそれはやめておいた方がいいと止められている。何やらシーザーのバックにいる人物が不味いのだとか。海軍をやめてから青雉はそういった裏の情報に詳しいらしい。普段であればすぐに人の話を信じるようなことをしないレイルスではあるのだが、今回は青雉側がきっちりと「証拠」を持っていたこともあってある程度信じざるを得なかった、という経緯がある。事実、行方不明とされていたシーザーは本当にこの島にいたのだから信憑性はぐんと上がった。
まぁ見た目通り情報も適当なところがあったようだが。再び爆音が聞こえたため顔を出せば建物に向かって砲撃を行ったらしい。シーザーはいなくなっている。うぞうぞと動く謎の赤い物体はなんだろうか、シーザーの能力だろうか、それとも別の誰かの能力か。とりあえずは研究所内部に入ることを優先するか、とレイルスは未だ目下にいる荒くれ者を一瞥してから建物へと足を進める。レイルスは海賊だと思っていたが、残念ながら彼らは海兵、G5スモーカーの部下達だ。それに気がつけばレイルスの行動も変わっていたかもしれないが悲しいことにG5は海賊にしか見えないほどに言動、人相が悪かったため、レイルスは当然のように回避の選択をしたのだった。
同時刻、チョッパーはローに手引きをしてもらいシーザーの書斎に侵入していた。この島で見つけた巨大化した子供。彼らに投与されたドラック混じりの巨大化の薬をどうにかしてやりたいという思いで、薬の製造方法が記された資料を探していたのだが。
「なんだこれ……」
目的のものは見つかったが、ふと手にとったものに思わず手が止まる。見慣れた字体で書かれたベリーの文字と数字。セピアの色をした紙の手触りも見知ったもの。資料に挟まっているのが手配書だと解ったチョッパーはそれを震える蹄で引っ張り出す。
「レイルス!」
なぜ、こんなところにレイルスの手配書が、それにこの資料は一体。つい読み込もうとしてしまう自分を叱咤し、チョッパーはその資料を自分のリュックに詰め込んだ。もしかしたら、レイルスのことが何か書かれているのかもしれない。ローの仲間と一緒にいるとは聞いてはいたがチョッパーの中でレイルスはまだ行方知れずの仲間という認識。早く会いたいという思いからのチョッパーのこの行動によってのちに事は大きく動くのだが、この時はチョッパーでさえもそんなこと予想だにしていなかった。
投稿日:2022/0319
更新日:2022/0319