頭上のヨルムンガンド
突然体に吹きつけた冷気にぞぞ、と背筋を泡立たせたレイルスは良好になった視界を確認して立ち上がる。ポケットにペンを突っ込んでチラ、と機械の影から顔を出せばシャッターが一つ上がっていた。無法者達がバタバタと研究所内に侵入しているのを見てレイルスは顔を顰める。全員中に入ったのだろう、またシャッターが降りていくのを見てこの人数がいなくなった時を見計らって奥に進もうかと今一度考えた。急ぐことはない、騒ぎを起こす方が問題だ。しかし呑気にそんなことを考えていたレイルスの思考を一瞬で刈り取るほどの爆音が響く。なんと分厚い鉄製のシャッターを斬って侵入してきた者達がいたのだ。体の大きい男の下半身はワニのような尻尾が生えておりその側に知った顔を見た気がしてレイルスは思わず動きを止める。
「まずい!入れたのはいいが毒ガスまで入ってきちまうよぉ!!」
G5が慌てて廃材をかき集めてガンガンとシャッターに開けられた穴を塞ぐ。ドォン、と何かがぶつかる音がシャッターの向こうから響いたが切り口から何かがもれ入って来ることはないようで全員が安堵に腰を抜かした。悪びれも慌てもしていないゾロと錦えもん――シャッターを両断した下手人達にG5が揃ってキレた。
「よし」
「よし、じゃねえよ!お前のせいで全員死ぬところだったんだぞ!!」
一触即発の空気の中、ローを見つけたナミが体を元に戻すように叫ぶ。その行動によってレイルスは初めて麦わらの一味とローの存在をハッキリと認識した。まさか、という驚きも大きいが見れば見るほど面影の残る顔ぶれがあるような気がしてレイルスは思考を停止しかける。マスクの奥で金色の目がパッチリと見開かれ、「いやいやまさか」とポツリと零す。似ているだけかもしれない、なんて現実逃避をしようとしていたところに、よく通る声が待ったをかけた。
「ここにいる全員に話しておくが!八方を毒ガスに覆われたこの研究所から外気に触れず、直接海へ脱出できる通路が一本だけある」
ローだ。低く通る声、遠目に見えたまだら模様の帽子。なによりあの上から目線の物言い、間違いない。だいぶ失礼なことを思いながら、レイルスはどうするかとマスクの奥で盛大に顔を顰めてそっと胸元に手を当てた。
「G5!この研究所には2年前に誘拐されたガキどもがいる!」
G5だと、と改めて荒くれ者どもを見て海兵なのかと驚くレイルス。しかし声をあげた男は確かに海兵の隊服をきている。青雉の言っていたスモーカーという男だろうか。G5に友人がいると言っていたのを聞いていたレイルスは思わず身を乗り出す。距離があって顔も見えないが青雉曰く堅気に見えない悪人面らしい。しかし、誘拐された子供とはどういうことだろうか。読めない話にレイルスはフードの上からぐいぐいと米神を指先で押した。
ローの話から、どうやら外に蔓延するガスの濃度が増したか、何か新しいガスが発生したかシーザーが何かをしたのか。そういった類の問題が起き時間がないことだけをしっかりと理解したレイルスはガシガシとフード越しに頭をかく。麦わらの一味も居るとは。この状況で久しぶりなんて顔を出すのもどこかおかしいだろうし、何よりローに見つかるのは少し都合が悪い。レイルスはあっさりと身を隠すことを決めた。本当に薄情な女である。
G5と麦わらの一味、そして防護服をきたシーザーの部下が入り乱れている中、レイルスは大型の機械の影から移動を開始した。ここまで場が荒れているのであればシーザーを捕まえて尋問した方が早い気がする、なんて物騒なことを考えながら。
青雉によってもたらされた情報は、レイルスをつき動かす原動力となり得るほどの威力があるものだった。物心ついた頃から目的のために一直線に行動してきたレイルスにとって、青雉の情報はレイルスを「元に戻す」のに打って付けだったのだ。だからこそハートの海賊団の誰にも打ち明けず、半ば逃亡するようにして1人の旅を選んだ。実際、誰かに話していいほど簡単な話でもなかったわけだが。それもまだ片鱗、事の全貌を知るにはレイルスも青雉も、おそらく誰も至っていない。それを知るための旅でもある。
ハートの海賊団でぼんやりと流されるままに過ごしていた時よりレイルスはいきいきとしている。麦わらの一味での短い生活も、ハートの海賊団での一年半もの生活もレイルスにとっては新鮮で穏やかなものだった。あてもなく目的もなく、やるべきこともない生活はきっと普通の生活にとても近かった。けれど、レイルスの今までとは乖離しすぎていた。
どれだけ辛く重い目的であろうとも、霞を掴もうとするかのような夢物語であろうとも、求めて探して見つけ出す。これまでの人生がそうだったためにレイルスにとっての日常が目の前に転がってきたものだから飛びつくのもしょうがないと言えた。海賊風に言うのであれば、ロマンとでも言おうか。但しそこには夢も希望も、明るいものは一切ないのだが。
幼い家族すら置いて旅に飛び出した前科のあるレイルスだ。一年かそこらでいくら気心が知れるようになったとしてもレイルスを引き止めるには至らなかった。特にレイルスは自己評価が低い分、相手に与えるであろう影響などをそこまで考慮しきれないという欠点もある。残念なことに周囲から見れば薄情にしか見えないのだが。
誰かのためなんて優しさをレイルスは持ち合わせていないと思い込んでいる。全てがエゴで、レイルスのための行動だと信じている。けれどもそこには必ず「誰か」がいて、過去の旅はそれが父で、気がつけばもっと大きなものになっていたのだが、それでもレイルスにとっては自分だけのための行動を取り続けていた。そういった考え方は、少しルフィやローにも近いものがある。誰のためではなく、自分のために。レイルスの中に誰かに何かを押し付ける考えは存在していない、そうでなければレイルスはどこかで足を止めていただろう。誰かためと言って責任を押し付け自分勝手をするほど、レイルスは強くはなかった。
本当に、気に食わない。レイルスは研究所の奥にいるであろうシーザーのしでかしたことを思い出してマスクの中で眼光を鋭くさせた。
投稿日:2022/0321
更新日:2022/0321