ペンタクルに祝祷


 同時に、A棟では突如通路へと続く扉が開いたことに困惑の声が上がっていた。
「おい片腕の兄ちゃん!開いたぞゲート!」
「だったら早よ行け!!ガスマスクは持っても30分!」
 レイルスは固まったG5の顔面部分を殴りつけ、そのままマスクを顔面に押し付ける作業に徹していた。不思議と、一度硬化した後の人間は固まる気配がない。レイルスの右手は終始バチバチと音と光を発している。
「特に肌が露出してる奴!死にたくなかったらさっさと進め!!」
 コートを着込んでいるせいで女性らしい体型がすっぽり隠れていることに加えて、顔も髪も全く見えず、声もマスクを通すせいで掠れて聞こえる。加えてこの口の悪さ、レイルスは男に間違えられていることに気がつかないままG5へ怒鳴った。
「ゲホ……あ〜吸った」
 ガスマスクのフィルターがバカになってきているのだろうか。大声を出したせいではない、喉の不快感にレイルスは咳を一つ零した。
 水分に反応して硬化する樹脂が存在する。通常であれば空中に存在する僅かな水分で一瞬にして硬化するのだが、シーザーはそれを元に調整を行い、このガスを生成したようだ。レイルスは硬化の条件を見事見破り、硬化した物体を分解して見せた。多く吸って仕舞えば喉も口も、体内にある水分と反応して潰れてしまう。幸いなことに先ほどまで吹雪の中にいたG5は、コートがぐっしょりと濡れていた。そちらが固まる方が早かったため、呼吸によってガスを吸うことで急死に至らなかったのである。硬化の過程を見るに、水分をきっかけに凝集が始まり、そこから物理エネルギーが加わることで身体を覆うに至っている。僅かでも固まり、動けばガチガチに固まるというわけだ。上手く考えたものだなとレイルスは人知れず感心した。一度固まれば体の表面には樹脂のカケラが残る。それを纏ってさえいればまたガスに塗れたとしても固まることはない、逆に言えばガスを吸いやすいとも言えるので良し悪しあるだろうが、凝固した後も皮膚や粘膜から侵入し体を毒すものも多くある。早めに離れるのが吉だろうと判断したレイルスはガスマスクで延命してこの場から移動することを選んだ。
「オラァ!最後ォ!!」
「ぶべら!!」
「もっと優しくしてやってくれー!!」
 最後の1人を叩き割り、全員にマスクを装着させたレイルスは一つ息を吐いて振り返る。優しくしてやれと悲鳴を上げた男の他に、なんなら誰1人かけることなくG5がレイルスの後について回っていた。
「……ばかだ」
 馬鹿がいる、いや馬鹿しかいない。レイルスはガスマスクの奥で顔をヒクリと引き攣らせた。

「ありがとうヨォ!あんたのおかげで全員無事だ!!」
「すげえなぁ、なんの能力なんだよあんた!」
「あんまり喋るな息するな死ぬよほんとに」
 すっかり声が掠れてしまったレイルスは喉を抑えながら急いでB棟へと向かう。通路には戦闘の後があり、G5の面々は「麦わらとやり合ったのか!?」と慄きながらも急ぎ進む。頭の中で多くの計算式を広げなから、レイルスは中途半端に開いたままのA棟ゲートを塞ぐためのスイッチを探す。死ぬと言われれば流石のG5も口を閉じた。
「全員で……何人いるのこれ」
「多分30くらいか?」
「ばか40はいるだろ」
「なら4班に分かれておいて、1人リーダーも決めて、B棟ゲートの方になるべく近寄っておいて」
 しっし、と手を払いながら静かにそう指示を出したレイルスは上空にレバーを発見する。動力がまだ通っていれば稼働するだろう。実際まだ通路の電気はついたまま、おそらく問題ない。複雑ではない指示の出し方はG5にとってとてもわかりやすいもので、お尋ね者とは知らずにレイルスのいうことを素直に聞く。多少リーダー決めで揉めながらも、彼らはぞろぞろとB棟へと進んでいった。レイルスはそれを見送り改めて頭上を見上げる。
 地面に手を当てて、バチバチと錬成を始める。レイルスのしゃがみこんでいるその場所がぐいぐいとせりあがり、レイルスをレバーのある場所へと持ち上げた。
「す、スッゲー!」
「なんだあいつ!!なんだ!?なんか……!!」
 カッケー!!G5が心の中で叫んだ。レイルスがレバーに触れると、A棟のゲートが鈍い音を立ててまた閉鎖されていく。このままB棟のゲートを開けてしまっては、有毒ガスまで一緒に連れて行ってしまう。閉じたゲートを確認したレイルスは再び地面を錬成して、傾斜にしてB棟付近にまで滑り降りていった。G5はまたガスマスクの奥で目をキラキラとさせた。本当は感嘆の声をあげたかったがまたレイルスに死ぬと言われるのも嫌だったためである。レイルスはしっかりと4つのグループに分かれているG5を見て頷き、掠れる声で指示を出す。
「この扉を開ける、あまりガスを持っていきたくないから、グループで一気に抜けて」
「一気にって」
「4つ、小さめの穴を開けるから固まって進んで、すぐに塞ぐ……3、2」
「はぁ!?もうか!?」
「おい野郎ども固まれ!いくぞ!!」
「1」
 レイルスの宣言通りゲートに4つ穴が開く。まるで細かいレンガが崩れるように、独特な模様が走っている。みるみる大きくなる穴にG5は体を捻じ込むようにしてB棟へと進んだ。しかし。
「だめだ!なんでだ!?」
「片腕の兄ちゃん!こっちにもガスが!!」
「はぁ!?」
 全員通ったことを確認したレイルスはすぐにゲートを塞いでいたのだが、G5の声に振り向く。確かに、B棟もガスが蔓延していた。それも足元はどういうわけか火の海。いったい何故だと周囲を見渡せば、複数設置してある巨大なタンクがいくつかに、爆発したであろう跡が見られた。その付近の壁に穴が空いていることも。なるほど事故によるものらしい。レイルスは舌打ちをこぼした。
「R棟まで行けば、逃げられるんだ!!」
「おい待て、ここで固まってる奴らもいるぞ!」
 穴を塞ぐことも考えていたレイルスだったがそれが複数であることに気がついて無理だと判断した。そんなことをしている間にマスクのフィルターがおかしくなるだろう。またガスマスクを作り直すか、この人数分?追加で何人いる?考えながらも、また地面をガスマスクへと変え始めたレイルスにG5はオロオロとし始める。
「右の班!ざっとでいい固まってる奴の人数確認!左の班!2人1組で固まってるやつここまで運べ!帽子リーダーんとこ!R棟への道確保!ハゲんとこ!!できたマスクにこれ塗れ!!」
「ハゲいうなぁ!!」
 なぜかハゲしかいない班があったためそう指示を出したのだが、言われるのは嫌らしい。レイルスはコートの中から取り出した瓶をハゲの1人に渡す。硬化を中和する酸性の液体だ。レイルスはコートの中に色々な薬品を仕込んでいた。
「素手では触るな!コートの一部をちぎって、それに染み込ませてフィルター部分に塗って!ッゴホ」
「おい、兄ちゃん大丈夫なのか……?」
 海兵の言葉を無視して、レイルスはゴトゴトとマスクを量産していく。その行動をみた海兵は指示された通りにバタバタと動く。その場に残りマスクに液体を塗りつける班の海兵だけが心配そうにレイルスを眺める。着膨れしていて気がつかなかったが、手足が小さい。かなり華奢なのではないだろうか。そのうえ隻腕。そんな野郎におんぶに抱っことあっては泣く子も黙るG5が聞いて呆れる。G5は静かに己を叱咤したのだった。
「13人だ!」
「……13?そんなに少ないわけない、数え直せ!」
 パッと見ただけでも20を超える数を確認していたレイルスは怒鳴る。しかし海兵は狼狽えながらも「間違っちゃいねぇ!」と言い返す。
「G5で固まってるのは13人だ!あとは腐れ海賊どもだ!」
 その言葉に、レイルスはピタと動きを止めた。
「あのシーザーの部下だぞ!俺たちを陥れようとした、殺されそうになったんだ!」
「助ける価値もねぇ!」
「じゃあ、見殺しにするんだ」
 レイルスの静かな問いかけにG5は思わず閉口する。マスク越しであろうが、レイルスの纏う空気が冷たく、鋭いものに変わったのを感じたからだ。
「海兵ってそういう集まりなんだ」
「そ、そういうってなんだよ」
「目覚めは悪くないの?」
 思わず、G5は当たりを見渡す。シーザーの部下も、己の同胞たちも見分けがつかないほど絶望して、前方に手を伸ばしてる。この地獄に海兵も海賊もなく、平等に死に怯えている姿が目に飛び込んでくる。このままでは全員死ぬだろう。先ほどまで自分たちもまとっていた死の衣に、じわじわと。
「〜〜〜!!わぁったヨォ!!」
「そうだ俺たちゃこいつらをふんじばって連行すんだ!」
「それが海兵だ!!相手を殺すことが仕事じゃねぇ!!」
 うぉお!と雄叫びをあげてまた毒ガスの中に特攻のように飛び込んで行ってG5を見て、レイルスは肩をすくめて呆れたような仕草を見せた。わかっているなら最初からやれ、と言わんばかりの態度に見ていたG5はなんだかホッとしてしまう。見限られて捨て置かれてしまうかと、そんなふうにどうしてか感じたのだ。自分たちを救ってくれた命の恩人に絶望されるのは、流石のG5だって堪えるもの。無意識下で安堵をこぼした海兵に気がつくことなくレイルスは作業を再開した。
「全員で!!35だ!!」
 ヤケクソのように報告に走ってきた1人が、正しい人数を伝える。それに頷いたレイルスはマスクを錬成するスピードを早める。
「オーケー、じゃあそのままR棟への道確保を手伝って」
「おお!!」
 もうこの場にいる海兵の中で、レイルスの指示に逆らおうなんて考えのものは1人としていない。誰よりも身を削って周りを助けようとする姿は、自分たちの慕うたしぎに似ており、口は悪いものの決して誰も見捨てない頑固さはスモーカーにも似ていて。先へと進んでいる上司のことを思い、G5は黙々と、なんならスモーカーが出す指示より端的でわかりやすい指示に目を見張るほど円滑にことを進めたのだった。


 - return - 

投稿日:2022/0323
  更新日:2022/0323