ペンタクルに祝祷
ビスケットルームにてユキユキの実の能力者であるモネを倒したゾロとたしぎは、そこから移動するべく足を進めていた。モネに手酷くやられてしまったたしぎをゾロが肩に抱えた状態である。しかしゾロ、筋金入りの方向音痴である彼が足を運んでいるために、なんとビスケットルーム内をぐるぐると周回していた。お陰でかなりの時間が経過しており、たしぎはゾロに抱えながら焦燥を募らせた。しかも、ブサイクに塞がれていたビスケットルームの入り口から殺戮ガスが侵入し始めている。2人しかいないはずのビスケットルームに声が届いたのは、たしぎが何度目か、正しい方向をゾロに伝えたタイミングであった。
「やっと、やっとだー!!」
「ガスがねぇ!!」
「あんちゃんのお陰だぁ!!」
ギリギリ30分。最終的に50人近くに膨れ上がっていたG5の海兵たちを引き連れてレイルスはビスケットルームの入り口にたどり着いていた。B棟へ侵入したときと同じように入り口を錬成し、G5の海兵を中へと押し込む。そしてガスが入り込んでいたその場所を今度は微塵の隙間もなく綺麗に塞いだレイルスはやっと肩の力を抜いた。シーザーの部下たちは、別の棟にいる仲間たちにも避難を促すと言ってつい先ほど別れた。全員律儀に「終わったらちゃんと投降する!」と宣言して行ったものだからG5もその真摯さに打たれたのか、抵抗される、逃げられると言った考えを持てなかったため見張りと言って1人を同行者にして彼らを手伝いに走ったのみ。レイルスは彼らのやりとりを見てマスクの中で1人知れず笑った。
ゾロは遠目に毒ガスが溢れる光景を見て、入り口が破壊されたのだと思ったのだが、一瞬の後に完璧に塞がれてガスが侵入しなくなったのに気がついて驚きに目を見張る。たしぎはゾロの背中からバッと体を持ち上げて声のした方向へと顔を向ける。今、確かに部下の声が。
「急ぐぞR棟へ!!」
「なんだここ雪だらけだ!?」
「ん?あれ麦わらの一味の……!」
「うわぁ海賊狩りのゾロー!!」
「うるせーなお前ら!」
サンジがG5を引き連れていた時と似たようなやりとりにゾロは歯を剥き出して怒鳴った。たしぎは、顔をガスマスクで覆った集団に目を凝らし、確かに彼らがG5の海兵だということに気がつく。でもどうして、彼らはガスの中に。思わず涙ぐみながらたしぎは慌ててゾロに下ろすようにと声をあげた。部下の前でこんな情けない格好など見せられない。舌打ちをこぼしてゾロはたしぎを床へと捨てるように放った。
ゾロは、その先頭を走る白いコートの人物にじっと目を向ける。片腕がないのだろうか、バタバタと左腕のコートが後ろにたなびいている。マスクに顔を覆われていて顔は見えない。G5の言葉にゾロに気が付いたレイルスはマスクの中であちゃあと顔を顰めた。いやでもゾロだ、忘れられている可能性の方が高いか。レイルスのなかのゾロは非情な人間としてインプットされてしまっていたらしい。確かに人のことを覚えていることがそこまで得意ではないゾロだが、そこまで酷くはないし、一方的に仲間だと思っているレイルスのことをそんな軽くは考えていない。金髪の女を見れば一瞬目を向けてしまうくらいには、ゾロもしっかりとレイルスのことを他のクルーと同じく気にかけていた。
レイルスは近づくゾロを見ながらおお、と1人こっそりと感嘆していた。前より背が高くなった、ガタイも良くなった。人相は更に悪くなったし左目には傷が入り瞼を下ろしている。それでも、元気そうだ。最後に見たゾロが死にかけていたというのもあり、レイルスはふっとガスマスクの中で微笑んだ。
「大佐ちゃん!!」
「よかった無事で!!」
「あ、あなたたちどうして……あの時!!」
「この兄ちゃんが全員助けてくれたんだ!!」
そう言ってバシバシと背中を叩かれるレイルスはやめろと手を振り払う。普通に痛い。全員という言葉にたしぎはついにボロりと涙をこぼした。そんなたしぎを見て海兵たちも嬉しそうにニヤニヤとし始める。荒くれ者の彼らは、そうして心配をしてくれる人すらあまりいないのだ。彼らにとってたしぎとは、そう言った意味でもとても大切な上司だった。グッと堪えるように目を強く閉じ、たしぎは涙をコートで拭う。泣いている場合ではない。
「ゴホ、一応つけといて」
レイルスが咳と共にゾロとたしぎの胸元にガスマスクを押し付ける。近くに寄ったレイルスをじっと、本当にじっと音が出そうなほど見下ろしたゾロは野生の勘なのか、どうにも既視感に襲われていた。なんだ?でもこんな妙な気配のやつは始めてだ。2年前、レイルスと会った頃にしっかりとした見聞色を身につけていなかったことをゾロは頭から忘れ去り、目の前の「知らない人物」からマスクを受け取った。なんならゾロはレイルスと対面した時に妙な気配という感想も零していたのだがそれが記憶から抜け落ちてしまっていた。これだから非情だと思われてしまうのだ。
たしぎは素直にガスマスクを受け取りながら深く頭を下げる。
「あの、本当になんとお礼を言ったら」
「それどころじゃないし、勝手にやったことにそんなのいらない」
勝手にやったことに対して礼を言われるのも座りが悪い、レイルスはたしぎをバッサリと切り捨てたがスモーカーで慣れっこのたしぎはなんならそんなレイルスの言葉に穏やかに笑ってしまう。でも確かにそれどころじゃないというのは本当だ。たしぎは部下に声をかけ、勇んで先頭を進んでいく。後で必ずお礼をしなければとしっかりとレイルスの背格好を頭に刻みつけた。
ゾロはマスク越し、それもガスを吸ったせいで掠れてしまったレイルスの声を聞いて首を傾げていた。既視感、違和感。その程度ではあるがゾロのセンサーに何かが引っかかる。G5の後ろ、最後尾についてゾロは走り始めた。その後ろにレイルスが続く。奇しくも、シャボンディでくまから逃げる時と同じ距離感で、2人は先へと進んだのだった。
投稿日:2022/0324
更新日:2022/0324