ペンタクルに祝祷


「あ?あいつらどこいった」
「……」
 レイルスはゾロの迷子癖のことを知らなかった。結果、G5の後ろをついて行っていただけのはずが、あたりには誰もいなくなっている状況を素直に疑問に思う。マスクの中の視界の悪さと、多少ガスを吸ってしまったせいで判断能力が落ちてしまっていたレイルス。特に走るだけ、などという単純な行動を取る時には頭を休めるタイミングとなってしまっていたため余計なことを考えずにゾロの背中だけ追いかけてしまったのが仇となり、あれだけ居た海兵達と逸れることとなった。しかし迷子癖を知らないためレイルスはゾロと共に首を傾げる。ガスマスクの中でゾロもレイルスも心底不思議そうな顔をしていた。
 レイルスはふと、うっすらと扉の開いている部屋へ視線を向ける。覗き込んでみれば、何やら細々とした実験器具が並んでいる。ついて来なくなった足音に気がついたゾロは振り返り、扉の中へと消えていく白い後ろ姿を見てため息をついた。のそのそとゾロも後に続いて部屋へと入る。
「んだここ」
 コポコポと水泡が弾ける音だけが響いている。筒状のガラスの中には黒い水が入っており、中には何も入っていない。レイルスは真っ直ぐとデスクへと向かい、散乱しているメモやノートに目を走らせる。ゾロはそんなレイルスを横目に水槽へと近寄る。黒い水かと思ったがどうやらガラスが黒いらしい。上部、空気と水の境界線より上も色が変わらないのを見たゾロは改めて水槽を一瞥する。カラに、見える。気持ちの悪い感覚を覚えたゾロは顔を顰めた。
「ビンゴ」
 レイルスは資料を一瞥して、求めていた情報の一部であることを確信した。コートのジッパーを途中まで下げ、片手で集めた資料を内ポケットに仕舞い込む。図鑑が収納できるぐらいの大きめのポケットまで仕込んでいるので大量のメモもノートもレイルスの中にしまわれていく。関係のないものも多く混ざっていそうだがそれは後で精査すればいい、レイルスは押し込むように紙の束をコートの中に詰め込んだ。
「お前……女か」
 兄ちゃんなんて呼ばれていたから、てっきり男だと思っていたのだがコートの中に何やら大量にものを仕舞い込んでいただけであったらしい。ジッパーを下ろした隙間から見えた華奢な体と膨らんだ胸、そしてゴチャゴチャとしたコートの内側にゾロは驚きの声を上げた。そしてなるほど違和感はこれだったのか、と見当違いの納得をしてしまった。
 器用に片手で再びジッパーを上げたレイルスはゾロの言葉に不思議そうにしてコクンと頷く。何を今更。ああいや忘れているのかこれは。悲しいすれ違いが発生していた。ゾロもまさか会えたのに再会の言葉すらレイルスが言わないとは思ってもいなかったし、こんなところにいるはずもないという思い込みもあった。なんならまだローとの同盟のことも、この島にローがいることも、レイルスが隻腕になっていることも知らない。そんなゾロが目の前の女をレイルスだと気がつくのは難しかった。腕のことについては全員が新聞で知っていると思っていたためルフィはあえてそれを口にしていなかったことに加え、ペローナはレイルスが麦わらの一味とスリラーバーグに来ていたということをきちんと把握していなかったため、その記事が載った新聞をゾロにみせていなかったのだ。
 この2年で、レイリーに口酸っぱく言われたためルフィも多少は新聞を気にするようになっていた。会えない仲間のことが書いてあるかもしれないと言われればルフィでも新聞を読めるのである、三行読んで寝ることがほとんどだが。ちなみにレイリーはルフィがレイルスのことをイムと呼び間違えるたびに全力で覇気で殴りつけていたので、ルフィはしっかりとレイルスの名前をインプットしていた。
 レイルスはゾロの見上げていた水槽のそばまで足を運ぶ。純粋な水分ではないのであろう、水泡が上がっていくスピードが少し遅い。そこに繋がっているコードを踏んだことで足を止めたレイルスはしゃがんでそれに手を伸ばす。レイルスの片手で掴んでも余るほどのしっかりとした電源コードだ。目線で辿れば水槽もそうだが、奥にあるフリーザー等にも繋がっている。ぐい、とそれを引っ張り出したレイルスにゾロが怪訝そうに目を細める。ピンとのびたコードの根本部分にはしっかりとナットが嵌められている。全体重をかけても取れそうにないとレイルスは手を離そうとするが、その前に突然尻餅をつくことになる。ギョッとして支えにしていたコードをみればなんと綺麗に切断されていた。独特な機械音を立てて装置が停止する。
「これでいいのか」
「……どうも」
 もし壊すつもりじゃなかったらどうしたんだろうか、と少し怖くなりながらあっさりとコードを斬って見せたゾロにレイルスは頭を下げた。刀を抜いた瞬間すらわからなかった。ゆっくりと刀を鞘に収める様を眺めていたレイルスは不意に腰に下げられたままの1本に目を移す。その刀がスリラーバーグで手に入れていたものだと気がついて、懐かしさに思わず凝視してしまう。
「気になるか、妖刀だ」
「いや……」
 秋水ではなく、鬼徹に触れてゾロがニヤリと笑う。どうやら近い位置にあった為にそちらを見ていたと捉えたようだ。妖刀なの?新事実にレイルスはマスクの中で目をパチクリとさせる。妖刀というくらいなのだから何か逸話がついているのだろうか。錬金術師のくせにレイルスは妖怪もお化けも、宇宙人もいないとは思っていない。いない証明ができないものをいないと断言する方がナンセンスだと思っている口だ。だからこそ柔軟にものごとを考えられるし、こんな世界に飛び込んでも軽い現実逃避で済んでいるのだが。普通の錬金術師であれば、理解不能なことばかりで発狂していてもおかしくない。それくらいに錬金術師にとっての自分の中の常識とやらは絶対的な存在なのだ。
 ゾロはふと、なんでこんな得体の知れないやつについていてやっているのか、という思考に陥った。我に帰ったのである。本能的に逃すなと思っていたのか、妙な気配が気になったのかは定かではない。無意識のうちに視界に入れておかねばと、先を急いでいたことを忘れてしまうほど意識を取られていた。ついでに無意識のままコードを切りレイルスの手伝いまでしていたのだがやっぱりゾロにそんなつもりはない。
「もうガスが来るだろ、先急ぐぞ」
 レイルスにそう一言だけ声をかけて走り出したゾロは、後ろから足音がついて来ないのを気にしながらも1人部屋を出る。そこまで見ず知らずの女の面倒は見切れないと後ろ髪を引かれながらも仲間との合流を目指したのだ。しかし数分後、なぜかまた部屋に戻ってきたゾロが「お前あの部屋に残ってただろ!」と不可思議発言をかましながら帰ってきたのでレイルスはやっとゾロの迷子癖を知ることになったのだった。


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投稿日:2022/0325
  更新日:2022/0325