晦冥たるステージ
ドフラミンゴの手先であるベビー5とバッファローを倒し、無事にシーザーを海楼石の錠で捕らえた麦わらの一味は、「島から早く離れるべきだ」というローの忠告を無視して宴を開始していた。
海兵も海賊も入り乱れて飲めや歌えやの状況の中、仁王立ちするローの前でレイルスは静かに正座をさせられていた。多少申し訳なさそうにしているレイルスを見てもローの機嫌は一向に良くならない。遠目に見ていたサンジが今にも飛び出してきそうであるが、なんとかナミがそれを抑えていた。同盟相手というのもあるが、それ以上にレイルスにとってもローが命の恩人であることは変わらない。サンジもそのことはシャボンディでレイリーから聞かされてはいるものの、だからといってレディをこの寒い中正座させているとはどういう了見だと歯軋りをした。早く料理も食べて欲しいというのに、まだ話せてもいないというのに。凄まじい音を立ててサンジは歯を擦り合わせた。
「ヤベェなサンジ、ずっと歯軋りしてるぞ」
「じゃああんた納めてよ」
「ナミで無理ならどうしようも出来ねぇよ無茶言うな」
とはいえ、ナミもちらちらとローとレイルスに向けて何度も視線を向けている。騒いではいるもののルフィすらも何度か目を向けているくらいなので、結局は全員が動向を気にしていた。
「あ!」
ローが能力を発動させたと思ったら、レイルスの体勢が崩れた。そのままローはレイルスを俵のように抱えて先ほど子供を治療したタンカーへ移動を始める。倒れそうになったレイルスに驚いたナミが小さく声を上げた。
「麦わら屋」
「おう」
「持っとけ」
そう言ってローがルフィに渡したのは、レイルスの足。膝を含めたブーツ部分。見ればレイルスの体から綺麗に足が切り離されていた。「ギャー!」ルフィが渡された足をつかんで悲鳴をあげる。「ぎゃー!!」ルフィの持つものに気がついたナミとウソップも両手を上げて悲鳴を上げた。何度か見た光景ではあるが慣れないうちに見るとただのえげつない光景でしかないため、ナミは半泣きでウソップに縋った。サンジはとんでもない光景についに精神が限界を迎えたのか白目を剥いている。
「お前これ……!!」
「遊ぶな」
ローはてっきりルフィから怒りの言葉でも飛んでくるかと思っていたのだが、とうのルフィはレイルスの足を腹にくっつけて感激してきた。錦えもんの下半身と無念の別れを遂げたばかりなのもあって、ルフィは無邪気にレイルスの足に喜んでいる。なんなら感動で涙すら流していた。ローはやっぱりこいつ狂ってやがると自分のことを棚に上げてルフィをドン引きした目で見つめる。レイルスの足を切断したのはローであるので、周りに言わせればルフィもローも大差がなかった。
「まあ、これあればレイルスも勝手にどっかいかねぇし、俺がセキニンを持ってくっつけとくよ」
そう言って抱えられているレイルスの顔をワシワシとかき回して、一度目を合わせたルフィは、変わらないその色を見てニシシと笑った。2年前よりもずっと快活なその笑顔を見てレイルスもローの肩の上で干されながらも思わず笑ってしまう。最後に目にしたルフィはエースの死に打ちひしがれ、絶望に喘いでいた。それを思うとレイルスも自然とルフィへ笑顔を返せた。
「俺怒ってるんだからな!だから足は俺が預かる!!」
怒ってると言いながら笑って宴の席に戻っていったルフィはブルックとフランキーにレイルスの足を見せびらかし始めた。すぐに我に返ったサンジに怒られていたが。ローはその様子を少し眺めた後、ゆっくりと船の中へ足を進める。
「ロー!俺もいいか!!」
「勝手にしろ」
宴の席を飛び出してきたのはチョッパーで、彼もレイルスの顔色の悪さに気がついていた。先ほどはローの子供の治療の光景を見て悲鳴を上げてしまったが、今度は大丈夫だと決意を固めてローの後についていく。レイルスだけが話を読めずに首を傾げていた。
「いい加減容体くらい自己申告しろ」
ああ、そういう。レイルスはやっとローが治療のために移動したことを知り、間抜けな顔をしそうになった。乱暴に下された簡易ベッドの上でローを見上げれば未だ不機嫌は継続しているようでレイルスは大人しく口を開く。
「気管……肺は大丈夫だと思うけど、ガス吸ったからか酸素が回らない感じがする」
「『メス』」
「ピャ……!!」
ローは容赦なくレイルスの肺と気管を取り出した。前触れもなくそんなことをされてしまってチョッパーがおかしな悲鳴を小さくあげるも、自分の蹄ですぐに口を塞いだ。そしてその肺の色に目を見開く。レイルスの肺の一部が白化していたのだ。レイルスは乱雑に内臓を引っこ抜かれた衝撃でベッドにゴロンとひっくり返った。
「レイルス、相当苦しかっただろ……!すぐに治してやるからな!」
ローも思ったよりも酷い状況に、どうしてこいつはこうも無謀なのだと舌打ちを零す。時折ペンギンが嘆いていたのだが、レイルスはあまりにも自分に対して執着がなさすぎる。普段はうまくそれを隠しているのか、表面的にはその性格は見て取れないものの、ふとした時そんな面がひょっこりと顔を出し言動の端々に見え隠れする。此度の有り様についても、この悪癖が原因だろうとローは静かに判断した。
「ありがとうな、お前がいなかったらきっともっと大変だった」
ある程度毒素を取り出して、ローはレイルスから分離していたものをレイルスの中へと戻す。チョッパーは自分の技術ではもっと苦しい治療になり、時間もかかっただろうことを思うとローがいてくれたことに心から感謝した。
「おい、脱げ」
これで終わりかと動こうとしたレイルスをローが一睨みして咎める。他にも怪我を隠されていては溜まったものではない。チョッパーもそれは同じ意見なようで怒ったような顔で「確認するからな」とフンスと鼻を鳴らす。レイルスは困ったようにして重たいコートのジッパーを途中まで下ろす。そして足がないことを思い出して諦めて最後までジッパーを下ろした。片腕なので普段であれば最後までおろしてしまうと自分では閉められないのだ。普段は途中までで止めて、足から抜くようにして脱いでいた。スキャンできるのにあえて申告させて、脱がせるあたりにローの苛立ちを感じたレイルスはすごすごと手を動かす。実際にはスキャンでも古傷は判別できないので、この半年で新しく傷が増えていないか確認するための「脱げ」なのだが、レイルスは1年以上ローといてもそういった詳しい能力についての制約を知らなかったため「悪趣味だなほんと」とローに恨みがましい目を向けた。
チョッパーはオーバーサイズのコートを脱いだレイルスの腕が本当になくなっているのを見て飛び出してきそうな言葉をグッと飲み込んだ。今はローの能力のせいで両足もないため、肢体が右腕しか残っていない状態だ。1人では大変だろうとチョッパーがレイルスの着ていたニットの裾を持ち上げる。他の男がいればチョッパーも遠慮しただろうが、ローは医者である。現にレイルスも嫌がることなく、片腕の袖を口で咥えて腕を抜いた。パサリとベッドの上に落とされたニットが軽い音を立てる。続けてタンクトップも躊躇いなく取り払ったレイルスは少しだけ寒そうに肩をすくめた。この腕なので下着なんぞつけられないのだ。
「え、ええーー!?」
「おいどうしたチョ、ッブバーー!!」
「ウルセェよサンジ一体どうし、きゃーー!!」
しかしだ、またもチョッパーが悲鳴をあげる。船外にすら響く悲鳴に、レイルスを気にして近くに待機していたサンジがすかさず駆けつけるも、目に入ってきた光景に鼻血を吹いてぶっ倒れた。そしてこれまた近くにいたのであろうウソップがその鼻血を浴びて甲高い悲鳴をあげる。一瞬でここまでやかましくできるものかとローは呆然としながらもレイルスの体を検分する。見たかぎり他に怪我はないようである。念を押してスキャンで確認もしたが問題なかったためローは毛布を手に取った。
「治療中なのに何のぞいてんのよ!!って、え!?」
「あら、レイルス」
室内を覗いたナミとロビンは、上半身裸で座っているレイルスの背中を見てギョッとする。チョッパーとナミが、声を揃えて絶叫した。
「心臓が、ない〜!?」
レイルスの心臓があるべき場所に、ぽっかりと穴が空いていた。
投稿日:2022/0331
更新日:2022/0331