晦冥たるステージ
これでもない、あれでもないとロビンは服を片手に楽しそうに悩んでいた。カチャリと音がなって扉が開く。冷たい空気とともに室内に入ってきたのはゾロに抱えられるレイルスとその後ろからついてきていたナミだ。「遅かったわね」
サニー号の女部屋の中までゾロに運ばれたレイルスはそこで待っていたロビンにキョトリと目を見開いた。相変わらずの見事な色にロビンはふんわりと微笑みを送る。
「その辺りで適当に待ってて」
「お前人使いの荒さどうにかしろ」
「サンジ君に女部屋に入ったこと黙っててあげる」
「オメェが運べっつったんだろどんな脅しだ!?」
ナミによって追い払われるようにして退室させられたゾロをなんと無しに見送って、レイルスは「えっと」と困った声を出した。2年前には服を借りる際に何度か入ったことがあったが、こうも服が溢れていただろうか。ロビンが広げているというのもあったが、タンスも増えた気がする。シャボンディと魚人島でナミとロビンがレイルスの分も勝手に選んで買った結果であることをレイルスは知らない。
「さ、どれにする」
「さっきまで白いコートだったし、違う色が良いわよね」
「そうねぇ本当ならラインが出るのを着せたいんだけど、それだと左胸の穴が見えちゃうから」
ロビンとナミはキャッキャと、レイルスそっちのけで服を選び始める。2年前にもたまにあった光景であるが2人揃っては初めてである。レイルスは圧に負けて口を閉じた。
「出航したらシャワー浴びるでしょ?」
「そうね、だったら重ね着よりも厚手のものを着せた方が楽かしら」
「これは?黒のタートルニット、ちょっと大きめだから心臓のところもわからないだろうし」
「いいわね、下はタイトな方が良さそう」
「スカート……コーデュロイって買ってなかったっけ」
「青のがあるわよ」
「あ、可愛いそれにしましょ」
「…………」
あれこれと顔にあてがわれ、楽しそうに話す2人にレイルスはキュッと口を閉じたまま2人を見上げる。ナミもロビンも髪が伸びた。それに。
「何?言いたいことあるなら言いなさいよ」
「2人とも綺麗になったなぁって」
「…………」
「あらありがと」
珍しく照れたのか、ナミが黙ったのを見てロビンはふふ、と笑う。賭け値なしの、本音が零れたようなレイルスの声色では確かに気恥ずかしくなってしまうのも分からなくはない。レイルスの金色の瞳が黙っているナミを不思議そうに見上げるも、目が合う前にナミが毛布をガバリと剥ぎ取った。
「当たり前のこと言ってないで、さっさと後ろ向く!」
毛布を剥ぎ取られた勢いで綺麗に体が反転していたレイルスはええ、とたじろぎながらベッドに倒れ込んだ。片腕で器用に起き上がる様子をナミとロビンがどんな目で見ているかも気がつく様子はない。
2人は、レイルスの左腕のケロイド――火傷の跡を見て本当に助かったのは奇跡だったのだろうと静かに実感していた。ケロイドはレイルスの左肩から肩甲骨のあたりまで広がっており、正面にも同様の位置にその跡が残っている。一歩間違えれば、ちょうど空白になっている心臓の位置に到達していてもおかしくなかった。ルフィの胸の傷を見た時と同じような気持ちだ。改めてそこに腕がないということに直面して、ナミは息を吐き出して無理に明るい声を出す。
「あんたの胸のサイズが2年前と変わってなくてよかったわ」
「この年で成長する方がおかしいって」
下着すら自分1人でつけられないレイルス。なんでサイズを把握されているんだ?そしてなぜそのサイズのものがあるんだと疑問符がポコポコと浮かんだが、なんだか聞くのが怖くなってレイルスは大人しくヒモに腕を通す。ぽっかりとあいた穴を見て、ナミは改めて思った。レイルスは自分に無関心すぎる。いつまで経っても助けて、手伝っての一言すらないレイルスに、ナミは自分がちゃんとしなければと決意する。そしてふと、気になったことを問いかけた。
「そういえばレイルスっていくつなの?」
「21」
「……」
うっかり年下だと思っていたナミはレイルスから顔が見えないのをいいことに猫が砂をかけられたような顔をロビンに見せた。ロビンがブフッと吹き出す音にレイルスは首を傾げる。女部屋の掛時計の長針がカチリと天辺を指し、ポーンと音を立てた。
「私たちも着替えるから」
そう言われロビンの能力でダイニングまで運ばれたレイルスはなぜわざわざ部屋を追い出されたのか疑問に思いながらポスン、とソファの上に落とされた。黒いタートルネックのニットに青のコーデュロイスカート。その先から申しわけ程度に切断された足の先が出ている。膝ごとごっそりいかれたためタイツを履かせるのも不恰好になってしまい、白い素肌のまま。長めのコートを着れば問題ないだろうとナミが途中で諦めた結果である。
「なんでお前だけ出されてんだ」
「さぁ」
他でもない、ロビンはゾロに気を遣ったのである。人が出てくる気配を感じて男部屋から出てきたゾロだが、1人でいるレイルスを見て怪訝な顔をした。しかしちょうどいいとばかりにジョッキ片手に隣に座ったゾロが反対の手をレイルスへ突き出した。目の前ににゅっと現れた無骨な大きい手にレイルスはのけぞるようにギョッと驚く。
「これ、なんだ」
ゾロの手に収まっていたものに一拍して焦点を合わせたレイルスは更に驚きで目をパチクリとさせた。2年前にレイルスがこの船に置いていったものだったからだ。「ゾロ」と名前を書いて千切ったメモと一緒に。
「まだ持ってたんだ」
「あ?まだ使ったこともねぇよ」
サンジ以外誰もがそうしていることまでは言わなかったゾロはちょうどいいとばかりにそれをレイルスへと突っ返す。突然目の前で落とされるものに反射的にレイルスに手が伸びた。
「使い方も知らねぇしな、武器にも見えねぇし」
「ワインオープナーだよこれ」
武器だと考えたのかと驚いたレイルスは手の上に乗ったそれを改めて見下ろす。金と木で作ったソムリエナイフ。木の持ち手部分には空を飛ぶ鷹が掘られている。そっと親指で木彫りの模様をなぞったレイルスは「見たことねェ形だ」と続けるゾロにたじろいでしまう。
「ちょうどいいこれ開けてくれ」
ゴソゴソと懐を漁ったゾロがそこからワインを取り出す。ちょうどよく出てきたワインボトルにレイルスはわざと知らないふりをしているのではと一瞬ゾロを疑ったが、そんな視線など丸っと無視したゾロは無言でレイルスを催促するのみ。ため息を吐いたレイルスはノロノロとワインボトルを手に取った。
「ここ、開けたらナイフが出てくるから飲み口に巻きついてるラベルとか切れる」
「あのラベル邪魔だよな」
「味の劣化を防ぐものに文句言われても」
ゾロの持ってきたボトルにはラベルがついていなかったので口頭でだけ説明し、レイルスはコルクにスクリューを当てがう。ゾロが黙ってワインのボトルを片手で支えた。
「……貧弱だな」
「うるさいな!」
コルクに押し付けられただけの金色のスクリューを見てゾロが心底引いた声を出した。片手では無茶か、とレイルスからオープナーを奪ったゾロがなんの造作もなくメキメキとコルクにスクリューを突き刺す。とんでもない怪力に今度はレイルスが引いた目を向けた。
「それくらいでいいよ、それでこの部分をボトルの淵に引っ掛けてハンドルを」
「おお、楽だなこれ」
説明の最中に理解したのか、まるで紙を捲るかのような動作でポンとコルクが綺麗に抜ける。力を込めた素振りすら見せないゾロにレイルスは「ええ?」と素直に驚いた。
「使わせてもらう」
「それは……どうも」
反応に困ったレイルスの表情を見てゾロは上機嫌に笑う。情に厚いのか冷めているのか、レイルスは掴みにくい部分はあるものの根幹は相当のお人好しだろうとゾロは認識している。会話に流されるのも、悪態をつきながらも他人を放棄しないのもそれが所以だろう。だが、だからといってその辺にいる女と同じにしてはならない、スリラーバークで何度も目撃した、ゾッとするほど鋭い瞳はただのお人好しができる眼差しではない。間違ってもカタギがするものではなかったそれを思い出してゾロは馬鹿にするようにレイルスを鼻で笑ってやった。
「幼児並みの腕力だな」
「失礼極まりないなほんと」
「途中でへばって俺に担がれた奴が吠えるな」
「一本道で迷う人に言われたくない」
「おうおう、吠える吠える」
軽い調子で悪態をぶつけ合っていた2人だが、ナミとロビンが「お待たせ」とキッチンに入ってきたとこで軽口の応酬を止める。「美女3人が着替え終わったのに何もないわけ?」とナミがゾロを囃し立てた結果、レイルスを見たゾロの感想が「七武海のやつみたいな服だなそれ」だったことでナミが静かに怒り、レイルスだけまた一から着替えさせられることになったのだった。
投稿日:2022/0403
更新日:2022/0403