三脚の卓
結局白いニットワンピースに着替えさせられたレイルスは上からブラウンのコートを羽織った姿でゾロに抱えられて宴会の場に戻ってきた。「あの!部下を助けていだたいてありがとうございました」
そう言ってゾロに抱えられるレイルスに走り寄ってきたのはたしぎで、ゾロは一瞬でいやそうな顔をした。レイルスもそんなに何度もお礼を言ってもらえるほどのことはしていないため、「いいよ別に」とたしぎの言葉を軽く流す。
「海兵さんが賞金首にお礼なんてよくないんじゃないの」
「海兵以前に、人として当たり前のことです」
ふんす、と鼻をならしてそう息巻くたしぎにレイルスは少し驚き、そしてヘラッと笑う。たしぎは綺麗な人だなぁとうっかりそんなことを思ってしまった。邪気がないというか、そういうところは少し麦わらのルフィにも似ているかもしれない。人としては当然ではあるが、海兵としては許されないことではあるので、このあとたしぎは自分でしっかり始末書を書いて罰を受けるつもりでいる。
「お礼を言うくらいしか、できないので」
少し苦い顔になったたしぎにレイルスは「十分」と笑う。しかし一瞬なにか考えるように視線を空へと滑らせて、足を進めようとしたゾロを止める。そしてたしぎの頭に乗ったままの割れたメガネを指さす。
「それ、貸して」
「それ?」
「メガネ」
ああ、と割れてしまったそれをたしぎは徐に外す。バギバギにヒビが入ってしまって、万が一にでも眼球にカケラが入っては危ないだろうと装着こそしていなかったが、船上ではこれで凌ごうと思っていた。替えがないのだ。ここに来るまでにスペアを一つ尻に敷いて割っていたたしぎである。なんの疑問もなくたしぎはメガネをレイルスへと渡す。
「降ろして」
「何する気だ」
「ついでにルフィから足持ってきて」
「話聞けよ」
ぶつぶつと言いながらもゾロはレイルスを地面へと降ろす。足についてはまだゾロも返してやるつもりがないので黙殺した。近くに腰を下ろせるものもないので、雪の積もった地面にそのまま座ることになったレイルスは寒さに震える。しかしそれに耐えて手袋に覆われた指を雪に突っ込み、絵を描くようにするすると動かす。ゾロもたしぎも、様子を見ていたナミとロビンも上から覗き込むようにレイルスの手元を見る。円に三角形、そこにチョン、と何本か線を引いたような謎の絵。レイルスは急に陰った手元に首を傾げて上を向き、興味津々な4人と目があって思わず笑った。
「さて、それでは皆々様、ご覧あれ〜」
ふざけた調子でたしぎのメガネをそこに置いたレイルスは、手のひらをその上にかざす。パチ、軽い音がしたと思ったら途端に円から光が溢れ、バチバチという音が発生し始める。全員が目を見開いて驚く。そして、光に舞うようにして踊るレイルスの金色の髪が、今まで見た中で一番キラキラと星のように輝いて見えて息を呑む。一瞬の出来事であったのだが、4人には時間が止まったような、そんな感覚さえ感じていた。
「ジャーン」
「……ええ!?な、直ってるどうして!?」
「はぁ!?」
驚いたたしぎの声に、ゾロの声が重なる。ナミとロビンもとんでもない光景に絶句し、いやそういえばゲートをこんな光で塞いでいたと思い出して、時間差で驚いた。
「度は?あってる?」
「え、あ、あ……完璧です!すごく見えます!」
驚きながらもきちんと問われたことを答えるたしぎの天然さにゾロが少しイラッとした顔をした。そしてこちらの驚きを無視してヘラヘラと笑うレイルスにも当然のようにイラつき、思い切り睨みつける。その視線を受けたレイルスは困ったように笑い、雪に書かれていた陣をサッと消した。
「ルフィが知りたがったら話すよ」
それを言われてしまってはゾロも何もいえない。ナミはうわずるい、と内心で思った。その逃げ方は誰も文句を言えない。「ンガッ……」ゾロが妙な声を上げた。ロビンだけはじっとレイルスを見つめ、纏う空気が少しだけ尖ったことに気がついて首を傾けた。
「さて海兵さん」
「は、はい!?」
「部下を助けたっていう恩義と、そのメガネを直したってことで一つ頼まれごとをしてくれない?」
「!」
たしぎの体が緊張で固まる。それをほぐすように手をひらひらとさせたレイルスは巨大化させられた子供たちに目を向ける。ローからサラッとだけ聞いたが、シーザーが近海の島から拉致してきて薬漬けにし、巨人化させられていた被害者たちらしい。
「子供たちの面倒、責任持って見て」
「……!待って、それは……!!嫌よ!!」
レイルスの言葉にナミが待ったをかける。実際、海軍に任せていたからここまで多くの子供たちが被害に遭っていたのだ。泣いて助けを乞われた時に、誰も迎えにきてくれなかったという子供たちの声を聞いていた。加えて自分の子供の頃の苦い思い出も重なってナミはレイルスの提案に素直に納得できない。
「海軍に任せられるわけないじゃない!これだけの拉致を、ずっと海軍が見逃して、隠蔽してきてたのよ!」
「ナミ、落ち着いて」
ロビンが嗜めるも、ナミはレイルスとたしぎをギッと睨みつける。その瞳の奥に悲しみの色を見つけて、たしぎは下唇に噛み付いて言葉を止めた。言い訳など何もできない、本当のことだからだ。
「じゃあどうするの」
レイルスがナミを見上げて問いかける。責めるような口調でもなく、普通の声色であったが、ナミはびくりと肩を撥ね上げさせた。
「サニー号に乗せてく?親のいる島全部めぐるの?」
「それは……」
「早く親元に返してあげたいんなら、それはあんまり賢い手じゃないよね、子供たちが島の場所を覚えているとも限らないし、薬の件もある」
くしゃりとナミの顔が歪む。それを正面から見たレイルスは笑って、ナミを手招きする。「何よ」と苛立ったような声で、それでも素直にレイルスの目線に合わせるためにしゃがんだナミを見てロビンは少しだけ安堵の息を漏らした。ここはレイルスに任せた方が良さそうである。ナミはレイルスの年齢を聞いて驚いていたが、逆にロビンはとても納得していた。21という若さで、ここまで達観しているのもどうかとは思ったが。実際ナミとレイルスのやり取りは、まるでごねる妹を窘める姉の図だった。
「ナミって、海賊はみんな野蛮で人殺しが趣味な悪党だって思う?」
「……ちょっと思うわよ、私海賊嫌いだし……何、海兵って一括りで見るなとでもいうの?」
「それもあるけどさ、ナミだって人を見る目はちゃんとあるでしょ」
「……」
「こんな悔しそうな顔してる人だよ」
そう言って顎でたしぎをさしたレイルスにナミは自然と顔をあげる。立っていた時には気がつかなかったが、たしぎの俯いた表情が鮮明に見える。歯を食いしばり、眉を顰めて唇を強く引き結んでいる。ナミからの叱咤を全て受け止めようとしていたたしぎは、ふとナミからの視線を感じてすぐに顔を背けた。
「私はこの人なら大丈夫だと思う、ナミはどう思う?」
「……」
「私からも、お願いします」
深く頭を下げたたしぎに、ナミはじっと考え込む。ゾロとロビンが、宴の位置とスモーカーの位置からたしぎを遮るような場所に移動したことにレイルスだけが気がついた。ゾロが持っていたビンを逆さにする。先程ワインオープナーで開けたボトルだ。宴から持ってきていたジョッキはサニー号で飲み干してしてしまっていたためサンジに断りもなく開けたワインである。それを知るロビンはまた後で喧嘩になるだろうことを予想して苦笑した。
「ナミ、お前の負けだ」
「……わかってるわよ!!わかった!」
「じゃ、じゃあ!」
「何かあったらタダじゃおかないわよ!」
「はい!!」
脅しのようなナミの言葉にまで嬉しそうに笑うたしぎに、流石のナミも毒気が抜かれたような顔になる。レイルスとロビンはそっと顔を合わせて笑い合ったのだった。
投稿日:2022/0408
更新日:2022/0408