三脚の卓
ゾロに運ばれて、捨てるように放置された場所は宴の中心と言ってもいいくらいに騒がしい席だった。ローに用があったため呼んでもらうなり、そこまで連れて行ってもらおうかと思ったがゾロはすでに酒を求めて離れて行ってしまっておりレイルスは開いた口を歯がぶつかって音がなるほど勢いよく閉じた。ガチン、恨めしそうな顔でゾロの背中を見送る。
「レイルスー!!」
「う」
ぴょこぴょこ音が聞こえそうなほど軽い足取りで駆け寄ってきたのはチョッパーで、そのままの勢いで飛び上がりレイルスの腹に抱きついてくる。まさか飛びつかれると思っていなかったレイルスは少し驚いて声を上げてしまうが、ちゃんと加減をしていたのか体がよろめくことも痛むこともなく、ぽすんとチョッパーが膝の上に乗る。
「会いたかったぞオレェ!!寂しかったんだぞオレェ!!」
今にも溢れそうなほどに瞳を潤ませて見上げてくるチョッパーにレイルスのなけなしの良心がチクチクと痛んだ。遠目にその光景を見ていたロビンは心温まる可愛らしい光景にニコニコしていたし、ナミはチョッパーの泣き落としは効くのかと心にメモをした。
見下ろしたチョッパーは帽子が変わり心なしか少し大きくなった気がする。ツノも前より一回り太くなっただろうか。
「ごめん」
「心配したんだからな!!」
治療が一通り済んだからか、言いたいことが溢れてきたチョッパーは感情をぶつけるようにレイルスに叫ぶ。2年前の傷を見て余計にそう思って、ずる、と鼻を啜った。ルフィとレイルスではなんだかその不安の度合いが違うのだ。チョッパーはレイルスがあっという間に消えて行ってしまいそうで怖い。ルフィと違ってレイルスはあまり生に関心がないように見えるのだ。食べることは生きることとは言い得て妙で、彼らの食事の仕方でその差が明瞭化している気がして、ずっと怖かった。
「はい」
すっと、レイルスの目の前に湯気が立つ。レイルスが顔を上げれば、少し深い皿を持つサンジ。パチクリと瞬く金色の瞳を見て、ああ変わらない色だとサンジはつい微笑んでしまう。
「喰ってくれ、クソうめぇから」
「……ありがとう」
手袋をつけたまま受け取った皿だったが、それでもじんわりと手に温かさが伝わる。鼻を擽る匂いは、サンジがいう通り美味しそうなもの。ぴょんと膝から降りたチョッパーが、どこからかテーブルになりそうな樽を引きずってきて「うまいぞ!」と目をキラキラさせて伝えてくる。当たり前のようにされた気遣いに苦笑しながら、レイルスはありがたくそこに皿を置いた。流れるようにサンジがスプーンを渡してくる。レイルスは口で手袋の人差し指に噛み付いてするりとそれを脱いだ。
「……え、何?」
「え、えろなんでもねぇ……!!」
8割心が漏れている。それに気が付かなかったレイルスは何故か目を血走らせたサンジと目があってギョッとする。2年前のサンジの妙な行動の免疫がすっかりなくなっていたため素直に驚いたのだ。そしてマジマジとサンジを見上げる。髪の分け目が変わった、髭も生えた。背も伸びただろうか、ガタイも良くなった気がする。声も低くなったろうか。だいたいゾロと似たような感想を抱いたレイルスはそんなもんか、とひとり納得した。
「神聖さが増してやがる……!!」
「誰と話してる?」
「大丈夫だ、サンジはいつもこうだから」
それより早く食べろよ!と急かすチョッパーに頷いて、レイルスはスプーンを握る。海豚のホルモンを使ったスープなのだが、サンジが説明をできる状況ではなかったため、レイルスは謎の肉だと思いながらそれを口へと運ぶ。それでも遠慮がないあたり図太さは健在だった。ビタ、体をうねうねとさせていたサンジが壊れたように動きを止めてその光景を凝視する。横で見ていたチョッパーは異様な行動にレイルスの影に体を隠した。お決まりのように体を隠す方向が逆のため丸見えであったが。
一口大に切られた肉とスープがレイルスの口にパク、と消えた。もぐ、と口を動かしたレイルスの顔がすぐに花が綻ぶように笑顔の形になる。
「おいしい」
ふにゃ、としたその笑顔にぞぞ、とサンジの背が粟立つように震える。ちゃっかりとレイルスの正面にたち、他の視線から隠しているあたり抜け目がない。ああ、そうこんな顔だった。食べられる量が限られているからか、レイルスはサンジの作ったものを食べる時毎回こうして感動してくれていた。普段キリッとした雰囲気を持っているレイルスが、この時はこんな風に笑うのがどうも堪らなくてレイルスが嫌がらないのをいいことに医務室でレイルスが食事を終えるのをジッと見つめていた。途中からはクルーと食べるようにもなっていたが、どうにかカウンターに座らせたり、自分の影に入れたりとそれはもう努力を惜しまず人目から隠した。チョッパーは治療の関係でどうしても無理だったが、他の一味にはきっと見られていないだろう。
「レイルスちゃん」
呼ばれたレイルスはスプーンを口に突っ込みながらサンジを見上げる。高い音がして、瞬きを増やせばサンジの手元にはジッポ。2年前にサンジに手渡ししていたあのジッポだ。まさかまだ使っているとは思っていなかったレイルスは口の中のスープをごくりと飲み込んで目を見開く。チョッパーはサンジの手元のジッポを見て、あ、と声を上げた。サンジの安心毛布だ。船医の見解は容赦がなかった。
「お願いがあるんだ」
「……何?」
「タバコ、つけてくれねぇか」
カッ、音を立ててジッポの蓋が閉まる。それを差し出されたレイルスはサンジとジッポに視線を一往復させてからスプーンを手放す。皿の淵を輪を描くようにスプーンが滑る。
サンジからジッポを受け取ったレイルスはそれがサンジの体温でじんわりと温まっているのを感じながら、サンジがジャケットの中からタバコの箱を取り出すのを見つめる。箱の下をトンと軽く叩き、飛び出してきた一本をとりだしたタイミングで、レイルスはジッポの蓋を開ける。大切に使われたのだろう、本当に細かい傷はあるが磨かれたような輝きを保っている。
「……片手で失礼?」
「……何、問題ないさ」
以前と違い外。風もあるため灯した火は横に伸びている。レイルスのセリフにふっと笑ったサンジは自分の右手でその火を囲った。そして咥えたタバコを近づける。サンジの前髪が薄らとオレンジ色に染まるのをレイルスはぼんやりと見つめた。ジジ、とタバコの先端が赤く色づく。すう、と肺を膨らませたサンジは折っていた背を伸ばして真上に向けて煙を吐き出した。
「あ〜……」
「サンジ……?」
参ったと言わんばかりの声を上げたサンジに、チョッパーが声をかける。首を傾げてジッポの蓋を閉めたレイルスはチョッパーと目を合わせてからまたサンジを見上げた。
「…………おかえり、レイルスちゃん」
色々と言葉を飲み込んで、葛藤を押さえ込んで出したセリフだった。チョッパーはそれを肌で感じたのだろう、少し心配そうにサンジを見上げている。気が付かないのはレイルスで、疑問符の浮かんだ顔でコクリと頷いた。言っては貰えないとわかっていたが、「ただいま」と言葉を吐かなかったレイルスにサンジはやっぱり困ったように笑うだけだった。
投稿日:2022/0409
更新日:2022/0409