三脚の卓


「やっぱり軽くなったか?」
「脚ないし」
 フランキーに頼んでローのもとへと運ばれるレイルスはフランキーの言葉にポン、と太ももを叩いて鼻に皺を寄せた。腕もない脚もないとあんまりな格好に憐憫に思えてしまったフランキーは「船が出たらくっつけてやるよ」と約束を取り付けたが、しっかりと出航後としたところには優しさは見えない。レイルスは馬のように唇をブルル、と鳴らした。
 ローは近づいてくる巨体とそれに抱えられる金色を見て舌打ちを零した。ローの怒りは全くもって収まっていない。それに気が付かずにレイルスはケロッとした顔をしている。G5が引いた正義と悪の境界線の真上にフランキーは引きずっていた木箱をドスンとおいて、その上にレイルスを乗せた。軽々と運んでいた木箱からとんでもない音が鳴ってレイルスは喫驚した。
「ほらよ」
「ど、どうも」
 パチンと綺麗にウィンクをして離れていくフランキーを呆然と見送っていたレイルスは再びローの口から漏れた舌打ちに今度は気がつく。そしてその顔を見てやっと狼狽の色を見せたレイルスは、しかし口から「やべ」と声を出してしまっていた。
「あ?」
「あー……いや、私のコートどこ行ったかなって」
「あ??」
「ごめんなさい」
 あからさまなほどに凄まれてレイルスもすかさず謝った。こればっかりはレイルスが全面的に悪いと自覚もしていたし、ローが怒るのも無理はないと思っていた。しかしここまで怒りを全面的に出されるとは予想していなかったレイルスはうろ、と視線を右に左に泳がせる。命乞いが必要なレベルだろうとスモーカーは薄らと思ったが沈黙を保った。
「言う事欠いてコートときたか」
「大事なもの色々と詰めてて」
「それにあの内側だ、そら大事だろうな」
 見られてるとレイルスはヒクリと口角を引き攣らせた。マリンフォードできていたコートよろしく、今回のコートにも内側に陣を書いていたのだ。
「ご丁寧に靴裏にもだ、お見それしたよ」
 うっわ性格わる、レイルスは内心で思い切り悪態をついた。何せ今回履いていたブーツの靴底にも錬成陣を描いており、それを分かっていて脚を切断したと朗々と白状してきたのだ。スモーカーが横にいるため、言わずともお互い最低限の言葉を選んでいるものの、一歩間違えればローは色々と喋りそうだとレイルスは思ってしまった。それくらいに言葉に容赦がないし、棘がぶすぶすと刺さるほどに鋭い。
 心臓を置いて逃亡するという、信頼なのか無謀なのか、ハートのクルーの情緒をめちゃくちゃにしたレイルスに、ローは半年前の怒りを思い出していた。イッカクとシャチはゲラに成り下り、ペンギンはしばらく置いてかれた心臓で安否確認をやめないし、クリオネはレイルスが直したものを誤って壊してしまってから夜な夜なそれを眺めてパズルを始めるし、ベポはレイルスの匂いが薄くなるにつれて目に見えて落ち込んだ。ベポ以外イカれてると再確認させられたローの心労は多大であった。そんなクルーばかり集めているローが悪いのだが。
 ちなみにローは不定期検診で誰も起きていないということに「やっと寝られるようになったか」と独り言を言って、その後レイルスがそもそも船にいないことを思い出して荒れた。判断能力が著しく低下するほど不眠に陥ったローが一番重症だったのだが、本人にその自覚は全くない。
「で?今度は麦わらの船に無断で乗り換えるのか」
「いや……」
「随分軽いんだなお前の尻は」
 海賊らしい横暴な言葉に聞いていたスモーカーが不快感を顔に出した。気分の悪い言い方ばかり、と内心で罵声をローへと向けたが、スモーカーも大して代わり映えしない言い回ししかしない。
 ローはヴェルゴの口からレイルスの名が出てきたことを、腹中で回顧していた。なんの因果か、ドフラミンゴがレイルスを欲しているという。あの場で嘘を言う理由が思いつかないことから本当なのだろうが、なぜという疑問がついてまわる。戻ってきたと思ったら、とんでもない状況下。その上問題も山積み、本人は無自覚に爆弾を抱えている。そんな崖っぷちに立たされた心地になり余計にローの眼光がレイルスを睨め付ける。
「急に出て行ったことは謝る、ごめん」
「……もういい」
 至心を持ってローに改めて謝罪を述べたレイルスはグッと体を折る。しっかりと右手で木箱の縁を握りしめて転がり落ちないようにしながら、深く。一番看過できなかった点に対する謝罪が出たことで、やっとローの纏う空気が幾ばくか緩くなる。それでも舌打ちをレイルスの後頭部へ落として、眼光は鋭いままではあったが。女にそうも頭を下げさせる趣味はローにはなかった。
 結構な発言をローからされていたがレイルスは全く傷ついていなかったし気にしていない。たとえハートの海賊団の立ち位置の曖昧さの大きな原因の元凶がローだとしても、レイルスも成り行きに任せてしまったところもあると自覚していたからだ。麦わらにもハートにも、レイルスは中途半端に関わってしまったことを後悔していた。

 脚を削いでおいてもまだ信用が得られなったようで、ローは結局レイルスへコートを返さなかった。研究所から持ってきた資料の精査をしたいレイルスはヤキモキしながらも、反省する気持ちもあったため今は大人しく従うことに決めた。
 子供たちが無事に出航したところを見なければ船は出さないとナミとチョッパーが言い張ったようで、SADを輸送するタンカーに先に乗せて海軍本部へとたしぎと数名の部下が連れて先に行くことになったらしい。
 その時G5が子供たちから麦わらの一味を隠し、別れの挨拶をさせまいと子供を威喝する騒動が起こった。泣いて麦わらの一味の顔を見たがる子供たちを見て、たしぎが部下を「みっともない!」と一喝する。
 しかしどうやらG5の海兵たちも、自身に言い聞かせていたらしく、海兵なのにも関わらず麦わらの一味を好きになってしまうと泣き崩れ出した。そんな海兵たちに泣きかけていた子供たちも気がつけば笑顔になっていた。
「はは、変な海軍」
 あっけらかんと笑うルフィと対照的に頭を抱えるスモーカー。船に乗っているG5の何名かが、レイルスへ向けて声を上げる。
「鉱ー!!俺たちが捕まえるまで捕まるなよ〜!!」
「死んじまうなよ!!」
「テメェのおかげで生きてるよ〜!」
「クソが〜!!クソ金髪美女が〜!!」
「ちくしょうが〜命の恩人め〜!!」
「ありがとうな〜!!」
 ブンブンと手まで振られたレイルスは苦い顔で右手を軽く上げる。G5なりの精一杯のお別れらしい。罵声に紛れて普通にお礼が聞こえてくる。というより罵声らしいものもどこかおかしかったりする気がしてレイルスは表情の渋みを深めた。レイルスは何も言葉を返すことなく、シノクニによって外装が白く変色してしまったタンカーと巨大化した子供たちを見送った。
「おし、行くか」
「ぐ」
 最悪足はもういいが、コートはどうしようか、なんて物騒すぎることを考えていたレイルスの胴体に、ぐるぐると腕が回る。あまり緩くはない締め付けに、レイルスが小さく唸るもそれすらケラケラと笑って、ルフィはレイルスを勢いよく引き寄せた。だらんとルフィに抱えられているレイルスが彼を見上げるも、キラキラと輝かんばかりの笑みを向けられただけでそれ以上の言葉は続かない。ご丁寧にルフィが持っていたはずのレイルスの足はまた誰かに預けたのかルフィの腹にはくっついていなかった。
「……あー、私サニー号に乗る気は」
「聞かねぇ!」
 冷たい空気の中を、つんざくような大きな声。透き通る空気をどこまでも走っていくような音は、漣の音にさらわれて遠くの海まで届いてしまうような広さがあった。一瞬で飲まれてしまったレイルスは、口をつぐんでルフィを見上げる。ニッと笑うルフィは少しだけその笑顔に企みをのせて、まっすぐとレイルスの金色の目を見下ろす。まんまるに見開かれたレイルスの目に、振り続けている雪が影を落としている。
「決めたんだ!お前は引きずってでも連れてくんだ!」
「は、はあ!?」
 レイルスを抱える手とは反対の腕をぐん、とサニー号に伸ばしたルフィは、そのまま一飛びで船へと乗り込んでしまう。突然の浮遊間に驚いたレイルスは「ちょ」と静止の声をかけるもそんなもの聞こえていないのであろう、冷たい空気が顔を叩き思わずレイルスはギュッと硬く目を瞑る。そんな様子を見ながらルフィは笑ってサニーに着地する。
「まーだわかってねぇなレイルス」
 芝生の上にレイルスを下ろしたルフィは、その視線に合わせるようにしゃがみ込む。麦わら帽子を片手で押さえてグッと後ろにずらしたルフィの目がレイルスを射抜く。その顔は、今度こそ笑っていない。思わずレイルスは息を止めた。
「怒ってるって言ったろ」
 あ、これまずいかもしれない。恐ろしく低いルフィの声に、もしやロー以上にルフィの怒りが大きいのかもしれないとやっと気がついたレイルスはたら、と冷や汗を流した。



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投稿日:2022/0418
  更新日:2022/0418