三脚の卓

 本当に出航しやがった。
 パンクハザードにまだ残っていたG5やスモーカーに別れの挨拶をしている麦わらの一味の背中を呆然と見ながらレイルスは頭を抱えて項垂れた。次第に離れていくG5の声についに「うー」と唸ったレイルスははたと、自分の乗ってきた船のことを思い出す。
「やっば、荷物……!」
「ああ、これか?」
 がば、と顔を上げたタイミングでフランキーが何かをドサリと甲板の芝の上におく。え、とレイルスが間抜けな声を出せばフランキーがその荷物の包みを解く。
「……私のだ」
「だろうな、七武海の野郎が近くにあった小舟の荷物移しとけっつーからそんなこったろうと思ったぜ」
「こっわ」
 ぞぞ、とレイルスは自分の体を片腕で抱きしめて悪寒と戦った。用意周到すぎである、元から全く逃すつもりがなかったようだ。「そらお前の足」とフランキーが約束通り足をくっつけてくれたことは喜ばしいことではあったが、その後「船はG5に渡しておいたぜ」と誇らしげに言われてしまってせっかくの感謝の気持ちも吹き飛んだ。何してくれてるんだ。
「な、なんと……!!」
「ん?」
 悲観に暮れるレイルスの耳に、初めてきく声が届いた。顔を向ければ顎が外れるのではというほどに口を開き、目玉が飛び出さんほどに目を見開いた錦えもん。レイルスは初めて見る男に首を傾げてフランキーを見上げたが、「侍だ」としか言葉がない。
「……!!」
「レイルス、知り合いか?」
「いや?」
「ヒトミ……!」
「瞳?レイルスの目か?まあえげつない色だけど、んな驚くか?」
 えげつないって。フランキーの感想にちょっとぐさっと何かが刺さったレイルスは改めて男を見上げる。目があったからか、背筋をビンと伸ばした男は、ハッとしたように口を閉じて取り繕うように咳払いをした。
「い、いや……失敬、不躾に女子を凝視してしまった」
「……いいけど」
「拙者、ワノ国の侍……錦えもんと申す」
「レイルス・エルリック」
 ワノ国。聞いたことのない地名にレイルスは頷きながらも自らの名を告げる。ややぎこちないままではあったが、一つ首を縦に振った錦えもんは改めてレイルスを一瞥してから目を逸らしその場からそそくさと退散していく。妙な行動に、レイルスとフランキーは思わず目を合わせてから揃って同じ方向に首を傾げた。
 やりとりを見ていたのだろう、ローが怪訝な顔で錦えもんの後ろ姿を見ながら、レイルスへとコートを投げ渡す。
「ほらよ」
「うぶ」
 顔面にそれを食らったレイルスは情けない声を上げながらひっくり返りそうになる。色々とものを詰め込んでいるコートのため布らしからぬガッシャンなんて音を立ててレイルスにぶつかったのを見てフランキーは少し引いた。
「なんだったんだ、あの侍」
「さあな、ヒトミっつってたからレイルスの眼力にビビったんじゃねーか?」
「……」
「なんでちょっと納得みたいな空気出すの、ヒトミって名前の知り合いに似てたんじゃないの」
 ローが、ああ、みたいな顔をしたためレイルスは噛み付いた。そんな訳あるかと一蹴し、あり得そうな一説を告げれば「それもそうか」とフランキーは何故かつまらなそうにして離れていった。ゴソゴソとコートの中身を弄り始めたレイルスの横にローがどかりと座り込む。
 言わずもがな、ローもかなりのキレものだ。だからこそ、レイルスがハートの海賊団を出ていった理由が青雉に何かを言われたからであることもわかっているし、巻き込まないようにと何も言わなかったということも理解している。そしてレイルスにそんな自覚がないことも。レイルス自身に、そんな可愛らしい意識がはっきりとないからこんなにややこしくなっているのだ。レイルスは無意識でハートのクルーを遠ざけている。おそらく今聞いたとしても、こちらを巻き込めと言っても、もやもやとした言葉しか出てこないだろうこともわかっている。何せ自覚をしていないのだから。トンチンカンに「1人が楽」などという訳のわからない言葉を吐き出すのも、おそらく根本の理由に自覚がないからだ。ローはなんて面倒な女なんだと改めて隣の女を見下ろしてため息と舌打ちをこぼした。
「おい」
「何?」
「お前、パンクハザードに来たのはいつだ」
「午前中だけど」
 よもやローがあの島に潜伏して数ヶ月の間、気がつかない間にレイルスまで潜り込んでいたのかと思っていたのだが予想外の言葉にローは口を閉じた。
「だったらそれまでどこにいたんだ」
「……お墓参り?」
 その言葉にローは誰の、と口をつきそうになるもふと2年前のことを思い出して言葉を飲み込んだ。その代わりに眉間に皺を寄せる。いつも通りの不機嫌そうな気配にレイルスは顔をあげて、予想通り険しい顔を目撃した。
 確信が得られない顔だろうか、それとも嫌悪の顔だろうか。ローを見上げながらその表情の理由を見極めようとしたレイルスだったが諦めて「ビブルカード」とだけ伝える。ローにはそれだけで十分で、やはり2年前に不死鳥から渡されていたそれを辿っていったらしいと知り無謀さに頭を抱えた。レイルスはそろそろベポやペンギンたち他のクルーはどこだと聞いてもいいものかと少し悩んでいたが、余計怒らせそうだと利口に言葉を押し込んだ。
 指針は南西に一直線、波乱の土地へ向けての航海が始まった。

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投稿日:2022/0424
  更新日:2022/0424