チェンジング

 米花中央病院での水瀬の研修履歴と対応した患者のカルテを確認して以降、諸伏の中でふつふつと違和感が漂っていた。事件の際は時間が全くなかったことから、水瀬の患者にフォーカスを絞って調べていたがふとその違和感が気になり始めてしまい気がつけば水瀬の経歴を洗っていた。公安の面談者に選定されている時点で後ろ暗いところなどあるはずもなく、おそらく過去に公安の誰かが調べたのだろう調書も出てきたくらいだったがやはり違和感は拭えない。そして再び米花中央病院、水瀬が所属していた大学の研修行程を確認してその正体に行き着いた。
 他のSwitchと水瀬の研修スケジュールが違いすぎる。
 本来Switchとは本人の心境によってその日その時のダイナミクスが変動する。ただ唯一、パートナーとのプレイ中にのみ互いのダイナミクスに互換性を持たせてダイナミクスを入れ替える事が可能となる。Switchがその名の通りダイナミクスを変化させられるのは同じSwitchのパートナーがいる場合のみ。要は信頼関係が無ければ他者への影響を与えず、与えない。しかしコンディションによってはDomにもSubにも対応が可能なこと、そして極端なダイナミクス性を持ち得ないことから周囲へ与える影響も少なく、あらゆる面でSwitchが重宝することはままある。それと単純に総人口が多いのも理由としてあるだろう、母数が多い分優秀な人間が多いというのも当然のことだった。
 先述した通り、Switchのダイナミクスはその時々の本人のメンタルにのみ大きく左右される。そのため目の前にDomがいるからといってSubになるわけではないのだ。いくらDomからGlareをぶつけられてコマンドを向けられたとしても、その日Domに寄ったメンタルであれば屈することもサブドロップすることもない。もちろんDomに暴力を振るわれるなど、Glare以外で極端なストレスがかかればまた別の問題となるのだがSwitchが急激にそのダイナミクスを変動させるのは、基本的にスイッチをパートナーと互いに掛け合った時だけなのだ。
 だからこそ、Switchの精神科医やケア専門医のスケジュールは極端だった。固定の患者を持たず、数日かけてダイナミクスを安定させてほぼ一定期間どちらか一方のダイナミクスに寄せて患者を見る。そのためSwitchの医者のその日のカルテは一方のダイナミクスだけがずらりと並ぶ。同様にSwitchの研修医も同じように偏りが見られた。
 にも関わらず、水瀬は1日に何度もダイナミクスの異なる患者のカルテが並び、研修に入る際もDom、Sub、Switch問わず医師のそばについている。医師免許を持つ者でさえひどい時は一週間かけてダイナミクスを変更するために患者との触れ合いを避けて事務仕事に入るというのに、水瀬は数時間、ひどい時は数十分で真逆のダイナミクスを持つ患者と関わりを持っている。
「ってことで、そんな症例とか何か知らないか?」
「なんで急にそんな質問を……身近にそんな方がいらっしゃるんですか?」
 組織の仕事というわけではないが、古巣ではないため念のため皮をかぶって会話をする。降谷も普段であればぶっきらぼうな言葉使いをバーボンの裏のありそうな探りを入れる嫌な雰囲気のまま問いかけてきた。諸伏はスコッチの設定を加味しながら言葉を選ぶ。
「俺もSwitchだから気になっただけだよ……海外の論文とかにも手を出したんだけど、Switchのダイナミクス変動ってやっぱりパートナーありきのもので、それについて掘り下げているものしか見つけられなくて」
「特異体質なんじゃないですか?それかその方にパートナーがいて毎回ダイナミクスをスイッチさせているとか」
「ダイナミクスのスイッチってそう簡単じゃないし、1日に何度もできるものでもないよ」
 話を聞いて降谷もすぐに水瀬のことだろうと察してはいた。警視庁の公安所属者はもれなく全員水瀬が担当しているのを把握しているし、諸伏がSubであることも幼馴染ゆえに知っている。ダイナミクスに不調をきたしやすい刑事や、問題を抱えている刑事を水瀬が受け持つこととなっていることも情報として知っている上、何より先の爆弾事件がらみで彼女が被害者だと言うことは周知の事実だ。公安部は世話になっている分ざわついたのも風見から報告を受けている。とは言っても水瀬の元来の人懐こさなのか、担当外の刑事や家庭を持ってダイナミクスが安定しているものとも交流があるらしく噂の温床と名高い交通部でも水瀬は「妹に欲しい女医」として女性警官にも可愛がられている。諸伏がいう誰かが水瀬だろうという予測はすぐに立てられた。
「だからこその特異体質ということもありえますよ、体に不調をきたすことなく何度もスイッチできる、なんて眉唾ですが」
「まあ、そうかもだけど」
「いまだに大学病院へも顔を出しているというのなら、そのうち論文も出るんじゃないですか?とは言っても症例としては前例もなさそうなので、今後に活かせるかどうか不明ですが」
 降谷の言葉にそれでも諸伏は納得ができなかった。それで片付けていいものなのだろうか。仮に、水瀬が短期間でダイナミクスを自在に変動させられるとしてそれは水瀬の負担になり得ないのだろうか。水瀬の体質が特異なものだとしてもそうではないとしても、水瀬のやってのけていることは異質だ。どんな組織でも欲しがる才能だろう。現状それが公になっていないということがその答えに思えてならない。降谷も諸伏の話を聞きながら金になりそうな嫌な話題だなと顔を少し暗くした。お互いそういったセンサーだけは組織に潜入しているうちに磨かれてしまった。
「……あとは、まあ…………ないとは思いますけどSwitchではない、とかですかね」
 諸伏の思考が、降谷の言葉に引き上げられる。
「Switchじゃない?」
「相手のダイナミクスに影響されてダイナミクスが簡単に変動するのはSwitch以外です、DomとSub」
「あり得ないだろ」
 どちらか、それはあり得ないはずだ。諸伏も降谷が個別に水瀬の面談を受けるようになっていることは例の爆弾事件以降、物件を探しておけと言われてから知っている。降谷はDomで諸伏はSub。この両名に対応できるというのに、どちらかのダイナミクスであるという可能性は考えられない。
「ダイナミクス性が変動しにくいSubで、Domへの耐性が強い場合なども考えられるのでは?」
「……だったらGlareを出すことのできない、ただ耐性値の高いDomって言われた方が納得できるな」
 お前本気で言ってるのか、と降谷の目が荒む。諸伏も本気だと頷いた。
「公的書類はSwitchでの申請、もし詐称があるとすれば」
「そこまで調べたのか」
「ごめんて」
 とてつもなく低い声で遮られて諸伏は即座に両手を上げた。降参、怒らないで降伏します。それでも辞めるつもりはないのだが。
「嫌な予感がするんだよ、保険で調べるだけだ」
「……それなら、最初のダイナミクス指向性診断の結果を見れば良いのでは?」
 表面上はしっかりとバーボンの姿であったが、目は全く笑わず冷え切っている。普段のバーボンよりよっぽど恐ろしい降谷の表情に諸伏は顔を引き攣らせつつも降谷の言葉を脳内で反復する。最初の診断、ならば高校入学のタイミングの健康診断か。筆記でのテストに加えて、血液検査とDNA診断も行うのが通例だ。
「そっか、なら簡単に調べられそうだ」
「全く、スコッチは暇なようですね」
「いやいやすごく忙しいぞ、ものすごくだ」
 仕事を回される予感がした諸伏は必死の抵抗をしたが、帰宅してパソコンを確認したところ風見経由で仕事を山積みにされていたため諸伏は「ぜろ〜」と力なく唸ったのだった。

 - return - 

投稿日:2022/0701
  更新日:2022/0701