チェンジング
「水瀬渚の調査を止めなさい」警察庁に呼び出しを受けた降谷は、上官である寺尾の吐き出した言葉に顔を顰め真意を探るべく視線を鋭くした。
「なぜでしょう」
「君に知る権限がない、無論警視庁側にも釘を刺す」
諸伏が水瀬のことをどうも気にして調べると宣言してから一週間。情報自体そこまで厳密に守られているものでもなく、簡単なハッキングで調べられるものだろうと諸伏も降谷も考えていた。あそこまで降谷に話したことを諸伏が共有しないはずもなく、報告を待っていた矢先になんと上官にストップをかけられた。理由がわからない、途端にきな臭くなった状況に降谷は諸伏の嫌な予感というのもばかにできないなと内心で称賛を送る。
「彼女は私の面談者です、知る権利はあるかと」
「彼女の件は国で管理しているものだ、触れるな」
おそらく、こうして注意をしている上官はそれなりに情報をもっている。降谷のことを買ってくれているのも知っているのもあって、厳粛な態度でもたらされる情報を拾うため降谷は食い下がるポーズをとった。
「どうして国が、ダイナミクスの結果の閲覧にまで口を?」
「結果自体が隠匿されるものだ」
「なぜ」
「降谷」
降谷の知りたがりを把握している寺尾が格好を崩して少し笑う。
「調べることで水瀬という警官の身が危険になる、まだ囲いきれていないんだ」
時期尚早、そして隠匿しなければ水瀬は危険にさらされる。それだけの価値が水瀬のダイナミクスに潜んでいる。警察組織はそのことを理解した上で日本の安寧、ひいては利益のために警視庁に水瀬を囲っている最中。詳細については降谷の立場、もしくは階級では知ることができない。降谷はニコリと笑って頭を下げた。
「了解いたしました、ご迷惑をおかけし申し訳ございません」
「気にかけてやりなさい」
もう一度頭を下げてから降谷は退室する。まさか諸伏の感じた違和感で、ここまで大きなものが釣れるとは。気にかけてやれと言われてもな、と降谷は廊下を進みながら思案する。何も知らずにどう気にかけてやれと。あの様子では水瀬本人に探りを入れるのもよくないだろう。手詰まりだ、と降谷はため息を吐き出す。ゼロに所属している身のため、全国の公安警察に最低限の情報を指示だけ与えて捜査をさせることはままある。よく公安の刑事はその捜査の全貌を知らずに調査を行えるなと降谷は改めて感心してしまう。降谷の性格上、全てを知り得た上で行動しないと後が怖くてろくに動けなくなる。それを公安警察は当たり前にこなしているのだ。だからこそ指示を出す側である己の責務は重くいものだとも重々承知しているが。
ちなみに組織の仕事の際にも「知りたがりの情報屋」として通っているので依頼の本質、目的がはっきりしないものは請け負わないようにしている。その分余計なやっかみや嫌な仕事をさせられてもいるが降谷としては知らないよりはまだマシだった。知らずに警察組織や罪のない民間人に大きく被害が及ぶような案件に関わり阻止できなかった方が痛手だ。もちろん、降谷の潜入の目的は組織の壊滅であるため基本的には組織が行う犯罪を見逃し、少なくない民間人の命を見殺しにすることもやむを得ない場合が多いのだが。
胸元に入れていたスマホがバイブする。画面を確認すれば「ヒゲ」の文字。少し前から諸伏はこの名前で登録されていた。潜入捜査のためとはいえ本人が知ったら憤慨するであろう登録名である。
『どこにいる?』
「古巣」
『やっぱゼロもか〜』
少し話したいと言われ、地下の駐車場を指定する。降谷が車を止めている場所は通常の警察庁の出入り口を使用しない場所で、目立つスポーツカーでもそこまで気を配らずに登庁できるためかなり重宝した場所となっている。地下に潜ってから道が長いのが少しネックだが。現在その駐車場を使用しているのは降谷のみ。警視庁では諸伏と風見だけがその場所を知っていた。
「遅い」
「警視庁からここまでどれだけ入り組んでると」
助手席に乗り込んできた諸伏が疲れた様子でため息を吐き出したのを見て、だいたい同じような注意を受けたのだろうと降谷は察する。
「どこまで調べてた?」
「水瀬さんの高校の検査結果まで、二時検査になってデカイ病院で再検査してるってわかって、そこ潜ろうとして呼び出し」
「高校での検査結果は?」
大きい封筒を差し出され、受け取った降谷は中身を確認する。水瀬の当時の学生証だろうか、そのコピーと思われる紙も出てきて幼い水瀬に少し感動する。赤いリボンのセーラー、真面目そうで大人しそうな瞳が降谷を見返してくる。諸伏は「進学校の理系クラス、成績も優秀だったみたい」と横から写真を覗き込んでぼやいた。ちゃっかりと関係のないことまで調べているあたり諸伏の優秀さが伺える。
「……エラー?」
「そう、エラー」
要は、学校で行った検査ではダイナミクスが不明だった。しかし降谷も諸伏も結果がエラーになるなど聞いたこともない。
「ペーパーではSwitchのバニラ」
だろうなと降谷は頷く。あれでレオだとしたら降谷は水瀬を信じられなくなるところだった。当時の答案だろう、整った文字で水瀬の名前が記されている。水瀬の書く文字を見るのは初めてかもしれない。本人の性格が滲んだ誠実そうなしっかりとした文字だ。
「誰に呼ばれた?」
「主要参事官。首切られると思ったし初めて会った……ゼロは?」
「主要室長、お互い警視正の職位か」
諸伏はぐったりとシートへともたれかかった。両手で顔を覆って「マジで怖かった」とぼやく。通常であれば会うこともない職位の人間のため、呼び出されたとあれば肝を冷やすこと間違いなしだろう。おまけによっぽど絞られたらしい、実行犯だから尚更かと降谷は他人事のように憐れんだ。シートに沈んだ諸伏の肩を雑にぽんぽんと叩く降谷は半笑いだった。
「水瀬さんのことだけ調べたんじゃ目につくから、適当に複数の精神科医の初回診断にハッキングかけろって脅された」
「はは、御愁傷様」
そこまでするのか、降谷は諸伏に出された指示に眉を上げた。
「そっちは?」
「彼女のダイナミクスに関する何かに国益がかかっており、国家ぐるみで管理をしている。警察組織で情報管理、隠匿を進めているため現状立ち入るな」
「主要室長優しいね?」
なんでそんなに教えてもらっているんだと諸伏が目を向ける。お気に入りである自覚のある降谷は不敵に笑った。それだけで諸伏も察したのだろう、アーと情けない声を上げた。
「……てことは、狙われる可能性がある何かがあるってことか」
「だな」
「あれ待って、もしかして俺が調べたのすごいまずい?」
「だからすぐ呼ばれたんだろ」
うあーと更にずるずると沈んでいく諸伏に今気が付いたのかと降谷は呆れた目を向けた。口頭注意、それも続けてのハッキングを指示されたということはパソコンは諸伏としての私物を使用したのだろう。セーフハウスではなく、おそらく自宅。警官として調べたからすぐに対処がされた。これが万が一セーフハウスのネット回線を使っていたら、諸伏はかなり危なかったかもしれない。そして今回見逃されたのは、観覧車で爆死しかけた水瀬を間接的に救ったのが諸伏だからだろう。知らぬ間にギリギリの綱渡りをしていたらしいと気がついた諸伏は顔色を悪くした。
「スコッチとして二度とダイナミクス云々の話自分からしない」
「そうしろ」
なんらかの理由で狙われる可能性のある水瀬を、裏社会を牛耳る組織の組合員が調べたなんて笑えない状況だ。諸伏も降谷も責任は取ると互いに鼓舞するほかなかった。
投稿日:2022/0703
更新日:2022/0703