チェンジング
「もぉ〜!なんでダメなの〜!?」「ダメだから〜!」
あはは、と笑いながら萩原が交通部の宮本をいなす光景はここ最近通例となりつつあった。例の爆弾事件については警視庁内でもそれなりに話が知れ渡り、その間水瀬が入院をしたこともあって、誘拐された被害者についてもある程度察しがつくものは水瀬がそうだったのだろうと気が付いていた。宮本もそのうちの一人で水瀬を心配し心を痛めていた。刑事部の警護が外れると知ったのも耳が早い宮本の情報網があったからで、早速水瀬へと声をかけた。何って合コンのである。事件が起きたのも、女の一人暮らしが原因。限定的な警護と言わず四六時中水瀬を見守る恋人がいれば問題がないじゃないと宮本はお節介にも飛躍してものを考えた。
しかし水瀬の反応は悪く、その理由が未だ帰宅時に警護があるからだと。そしてその保護者が刑事部の萩原だったというわけだ。しっかり宮本が送り迎えをするから合コンに水瀬を貸してくれと頼んで萩原が満面の笑みで断る。テンプレートと言っていいほど繰り返されたやりとりは廊下、喫煙所前、トイレ前食堂ど真ん中。場所を問わずに何度でも挑み続ける宮本は打たれ強く諦めが悪かった。
「てか、今更だけど宮本ちゃん知り合いなの?どう見ても水瀬ちゃんの面談者じゃないでしょ」
「あの子が医大で研修医やってたときに元カレの担当医だったの!」
「スンゲェ繋がり」
まさか警察になるとは思ってもいなかったという宮本にそれは俺もそう、と萩原は頷く。
「いいじゃん一回くらい!水瀬先生呼べば釣れる男多いんですって」
「撒き餌かな」
「そうよ!」
いっそ清々しくて萩原は口にしていたコーヒーを危うく吹き出しかけた。
「も〜萩原さんが断る理由がわかんない」
「だって水瀬ちゃんに特定の男できたらケアとか面談頼みにくいじゃん?」
「ウッワ最低なこと言い出した」
ドン引きした宮本は両腕をさする。さも当たり前のようにとんでもないことを抜かした萩原はえ?と首を傾げている。
「ケアなら専門医に頼めばいいじゃないですか、つか萩原さん彼女は」
「専門医と毎回相性悪いし、彼女は振られた」
くすんと雑に泣いたふりをする萩原に宮本はへーとどうでもよさそうな声を出す。わかりやすく興味のない宮本に萩原は思わず笑う。もうちょっと興味持って欲しいなんて思わなくもないがこのあっさり具合が宮本のいいところでもある。
「そんな理由で水瀬先生が彼氏作るのダメってのはちょっとわけわかんない」
あの人結婚しても仕事辞めないでしょ、宮本の言葉にだろうねぇと萩原も同意を示す。だがそれとこれとは別問題なのだ。
「学生の頃から知ってる女の子を魔窟に放り込みたくないし」
「お父さんなの?」
「俺より腕っ節強くないと認めません」
先生かわいそう、こんな面倒な患者くっつけて。宮本は心の底から同情した。元カレであった羽田は、Domのくせになんとも頼りなくいつまで経ってもケアもプレイも下手くそだった。宮本自身はそれでもいいかと割り切っていたし多少ストレスが溜まったときに施設でケアをしてもらえればいいと思っていたのだが、羽田はそうではなかった。ケアが死ぬほど下手なくせに、その辺りのプライドは一丁前だったのである。結果としてぐずぐずに体調を崩したのは羽田の方で、最後には「由美たんは僕がいらないんだぁ〜」と泣き喚いていた。そんな羽田を引きずって行った先が水瀬が研修医をしていた米花中央病院。宮本は待合室で待っていようと思っていたのだが、水瀬に声をかけられて共に診察室へと入り色々と話を聞いてもらった。ほとんどが宮本の愚痴だったのにも関わらず終始笑顔で羽田と宮本を微笑ましそうに見るものだから、なんだか色々と吹っ切れたのだ。その後も根気強く羽田は水瀬のもとに通い、なんと3か月後にはコマンドを出せるまでに成長した。羽田は泣いて水瀬に感謝した。
宮本から見ても羽田は強烈な患者だったため、水瀬も宮本のことをしっかりと記憶していた。警視庁で再会したときは嬉しさ半分恥ずかしさ半分。水瀬が問いかける前にすかさず「別れた!別れましたから!!」と声を大にして牽制した宮本は水瀬が年下だったと聞いて余計に情けなくなった。
当時のことを思い出した宮本が遠い目になっているのを見ながら、萩原はでも俺の方が付き合いは長いだろうなと内心でマウントを取っていた。
「男の方がその辺はやっぱ子供なんだって、ね、俺に免じて、ね」
「じゃあ松田さん」
「俺も死にたくない」
顔は良いが付き合いが悪く周囲を威嚇しまくっている松田には、流石の宮本も自分で合コンに誘えない。どころか萩原以外の男に松田の名前を出そうものなら合コン自体流されそうになる。どんな凶悪人だと宮本は密かに思っていた。だが仲の良い萩原でもこうなのだからよっぽど付き合いが悪いらしい。隠れファンも多いにいる松田だが、険悪すぎて影から見守る程度しかできないのだ。唯一まともに喋っているのが宮本の同期の佐藤だが、あれは犬猫を躾していると思っている節があるのを宮本は佐藤の話から察していた。あんなイケメン捕まえて柴犬っぽいと表現した佐藤を宮本は一度殴っている。あの2人が色っぽい関係になれば面白いんだけどな、とも思っているが道が遠いことを宮本が一番わかっていた。
「特殊犯って今彼女持ちばっかりじゃん、それか既婚者」
「宮本ちゃん、どうして彼女がいない萩原さんは誘ってくれないの?」
「萩原さんは合コンで知り合った女子と仲良くなるだけで本気で付き合う気ないから嫌だ〜って交通部で言われてます」
「俺最低みたいじゃん!」
人脈広げただけ!それが合コンという場では不純だと言っているのだと宮本は目を白くして萩原を見上げたのだった。
深刻な顔をして萩原が話しかけてきたと思ったら、死ぬほどどうでも良い話だったために松田は萩原を殴ろうかと本気で思った。
「だって合コンだよ?」
「行かせりゃ良いだろ」
「マジ?陣平ちゃんマジ??」
珍獣でも見るかのような目で見てきた萩原に舌打ちをしながら蕎麦を啜る。
「なんだい、警視庁内での合コンか?」
以前水瀬に教えられた、タバコの吸える飯屋。ちょうど昼時間が被った萩原が俺も行くーと勝手についてこられ、穴場を1箇所教えるハメになった。店主の方は「やっと同僚連れてきたか」と零していたので余計に居心地が悪く松田は無言でそばを啜る。初来店の萩原は蓮根の天ぷらをおまけされていた。松田は当然天かすである。萩原はそれを見てゲラゲラと笑っていたのでこいつが天かすになる日も遠くないだろうと松田は苦く思った。
「そうそ、学生の時から知ってるD課の子がむさ苦しい男に狙われると思うとそれだけで俺は……!何回断ってもガッツありすぎる子が粘って粘って……」
「D課……ああ、もしかして目暮の言ってた嬢ちゃんか」
「え?目暮警部知ってんすか?」
「後輩だからな」
へーと感心する萩原に、蕎麦屋を出たら目の前の店主がノンキャリで管理官まで勤めた凄腕だと教えてやろう。後で慌てふためくがいいと松田はししとうの天ぷらを口へ運ぶ。警察学校時代から身についた早食いは慣れたもので、一口で吸い込まれいった天ぷらを見て店主も笑う。捜一なら尚更早食いを求められると教えた店主としては律儀過ぎるほど実践してみせる松田が可愛く見えてならないのだ。
「なんかの害者だったか……」
「あー、俺も絡んだやつっす」
萩原が手を挙げてそういえば、店主は一瞬怪訝な顔をするもそうかと頷く。違和感のある間だ。松田と萩原は手は止めず目線だけ店主へ向ける。何事もなかったように蕎麦湯を出されたあと、他のテーブルに注文を取りにいってしまった。
OBだからといって店主の口が軽くなる訳ではない。守秘義務は残るし、現役の刑事である松田、萩原もそれは同じだ。これ以上掘り下げることはできないだろうが引っかかる。松田はずず、とほうじ茶で違和感を流し込もうとするもうまくいかず蕎麦湯に手を伸ばす。萩原はタバコに手を伸ばしていた。早食いがすっかり板に着いている萩原は松田以上に喋っていたのにすでに完食している。
「そうそう、水瀬ちゃんの合コン」
「まだ言ってんのか」
「俺の目が黒いうちは行かせたくね〜」
「……煙たがられんぞ」
「本気のやめて」
はぁと吐きだすタバコの煙。相変わらず悪趣味なタバコを吸っている。匂いだけで不味そうだと松田は眉間に皺を寄せる。相殺するべく懐からメビウスの箱とライターを取り出した。
「今は水瀬ちゃんも俺たちの送迎気にして断ってくれてんだけどさ〜もし俺ら2人で事件に捕まったらアウトよね」
「死ぬほどどうでもいいんだが」
「だからそれまじ?陣平ちゃんも水瀬ちゃんの面談受けてんのよね?彼氏いる水瀬ちゃんにケアしてもらえんの?」
「関係なくねぇか」
「うっわ不健全」
間髪入れずに松田がいい捨てれば、萩原は信じられないという目を向けた。そもそもケアと恋愛を一緒くたにする方が不健全だろう。結婚して夫婦になろうがケア施設に赴く夫婦だって少なくはない。歴とした医療行為だ。そもそもそんなことを言っているようだと、水瀬はパートナーができただけで今の仕事に支障をきたすことになる。おかしいだろうと松田は心底呆れた目で萩原を睨んだ。だが、世間的にも配偶者や恋人に対して、他者のケアを受けて欲しくないという意見はそれなりにあるのも事実だ。夫婦の離婚の原因の上位には別にダイナミクスのパートナーがおり、そこから不倫につながるケースも少なくはない。
「俺無理〜」
「お前の価値観をあいつに押し付けるなよ」
「絶対俺だけじゃないし、陣平ちゃん後で絶対後悔するよ予言する俺」
「はいはい」
タバコの灰を落とす。視界が白く烟る。無心になれる貴重な時間だ。
「俺はどっかで水瀬ちゃんサブスペースに持ち込めたらなぁって思うよ」
「へぇ、頑張れ」
「まあ基本俺がSubなんだけど」
「道遠すぎだろ……あれ、あいつSwitchだっけか」
「そうよ〜、優しいよ水瀬ちゃん」
「はいはいよかったな」
袖をまくった松田が腕時計と携帯を確認する、特段緊急の要請もなく休憩時間もまだ余裕がある。店内もまだ混み始めていないのも目だけで確認した松田は背もたれに体を預けた。一服するために来ているというのにこういった気遣いを分かりにくくもするのが松田という男でそれをよく知る萩原は薄く笑った。
「俺にも他のDomにも靡かないのがいい」
「ふーん」
「だって許された時点でオンリーワンよ、嬉しいじゃん」
「そうかよ」
「…………ねぇ陣平ちゃん」
「あ?」
「ピリピリしてんのわかってんの?」
ぽんぽん、と腕を萩原に叩かれる。いつの間にか俯いていた松田が顔を上げればニヤニヤとした顔の萩原がじっと松田を見つめていた。
「……あ?」
「だから、Glareでてるって」
「嘘つけ」
「ほら見て鳥肌」
萩原の腕には確かにポツポツと鳥肌が浮かんでいる。ベシと叩いて腕を下げさせた松田はまた無意識で漏れてんのかと大きくため息をこぼした。これは早々に水瀬に本を借りるべきか、それか面談をどうにか増やすよう相談するか。病院への通院だけはなんとしても避けたい松田は重苦しい空気を纏った。
「お前は俺に感謝すべきだよ、マジで」
首の後ろをかいて感慨深げにそういう萩原は全てわかっていると言わんばかりの顔で店主に会計のために声をかけた。
「まじうまかったです!また来ます」
「おーおーまいど」
「ごっそさんです」
揃って暖簾を潜る。来る時間を間違えると狭い路地に人が並んでいることも多いが今日はまだ店前がガランとしている。多少入り組んだ場所にあるため、通りがジメッとしているが店の雰囲気には合致していた。店主が堅気に見えないことが理由だろう。話せば気さくだが見てくれは厳つい親父そのものだ。それも一歩間違えるとヤクザに見えかねない程度の厳つさである。
「んでさ、水瀬ちゃんのことなんだけど」
「お前にしてはしつこいな」
「最後まで聞けって」
嗜めるように萩原の手が松田の背中を軽く叩く。
「交通部の子に聞いたんだけど、あんまりいい噂聞かない生安部の野郎に目つけられてんだと」
「……」
「お前に任せる日もあんだから頼むぞ」
「萩」
「何」
「話が長い」
要点は先に言え、と松田は心底呆れた目を萩原へ向けた。
投稿日:2022/0704
更新日:2022/0704