チェンジング

 警視庁にある食堂にて、見知った姿を見つけた萩原はその隣に腰を下ろした。
「お疲れっす」
「おお、萩原くん。お疲れ様」
 強行犯係の警部である目暮がサバ味噌定食をちまちまつついているのを見ながら、珍しいですねと続ける。普段愛妻弁当を食べていることを知っている萩原のその疑問に目暮は「忘れてきてね」と答えを口にした。松田が配属されてから初めて話をしたが、目暮の人柄の良さもあって係が違ってもそれなりに交流がある人物。人との繋がりが重要になることもある警察組織において、萩原は年齢の割りにすでに人脈を意識して築きつつあった。
「そういや、すぐ近くにできた蕎麦屋の店主って目暮警部の知り合いなんですよね」
「おお!ハセさんとこか!随分世話になった人だよ」
 カラカラと笑う目暮が、続けて「捜一の管理官だったんだ」と零したので萩原は口に入れていたカレーを詰まらせるところだった。管理官、知らなかった事実に絶句する。あえて教えなかった松田の思惑については流石に気が付かなかったが、松田の期待した通り引き攣った笑顔で萩原は事実を飲み込んだ。
「昔はそりゃもう鬼のような人でな、引退してやっと丸くなったよ」
「へ、へぇ……」
 絶対あの蕎麦屋で下手な話はすまい。特に4年前の爆弾事件のことなど絶対にしない、防護服のことが知れたら出禁にされそうだと萩原は顔を青くした。
「そういや、知り合いって言えば水瀬ちゃんとも知り合いなんすよね」
 話を逸らすために出した話題だったが、今度は目暮が驚いた顔をする。
「……いや、そうだったなD課に配属されたんだったか……どうもあの子の学生時代を知っているからか職場で名前を聞くと構えてしまうな」
「配属されてすぐは俺もそうでしたね〜」
「萩原くんも水瀬くんを以前から知っていたのかね?」
 話題を戻してしまったと萩原は苦渋の思いで4年前の爆弾事件のことを口にする。目暮も直近で再犯があったことからすぐに思い至ったのだろう、当時の爆弾処理班に萩原が属していたことも思い出し納得の表情を見せる。しかし萩原は会話の流れからあれと疑問が浮かんだ。
「目暮警部はなんの件で水瀬ちゃんを?」
「まあちょっとね」
 あ、はぐらかされた。萩原はすぐにそう察するも、目暮の口が硬そうなことに気がついて問いただすことをやめる。昼休憩時に別の班の上司を興味本位で詰問する趣味などない。しかしだ、随分前から件の爆弾魔の犯人を特定するため水瀬の過去についてはこれでもかと洗った。刑事事件に関わったのは萩原がマンションにて水瀬を助けたあの一件のみ。それ以外では警察に関わることなく真っ白な経歴だったからこそ捜査が難航したのだ。にも関わらず目暮の話様ではそれとは別件で水瀬のことを、それも言い難いような内容で知り合ったかのような口ぶりだった。気にはなる。
「そういや、そろそろそちらの班に俺の同期が異動になるらしいですね」
「ん?と言うことは伊達くんと?」
「そうですそうです、ついでに松田も」
「そうか、君ら同期なのか」
「伊達のことは何か噂とか聞いてます?」
「所轄の方から多少ね、本庁に送るのを相当渋られたそうだから優秀なんだろうな」
 もうすぐ所轄から捜一に異動となってくる伊達の話を振れば、目を細めて目暮が微笑ましそうに語る。萩原は所轄での伊達の活躍は知らないため、同期の評価を聞いて嬉しくなってしまう。そう、あいつすごいんですよと自然とかつての警察学校での話を口にする。目暮も同じ班である松田がそこまで雑談を好むタイプではないため、興味深そうに新しく異動してくる新人の情報を聞いている。
「君ら班まで一緒だったのかね」
「班長が伊達でしたね」
「……松田くんは」
「あっはっは、今と対して変わらなかったんでよく無駄にペナルティ負ってました」
 なるほど、と目暮は呆れたような目をしながら茶を啜る。萩原としてはだいぶマシになったんだけどなと思っているくらいだが、松田の単独行動主義は団体行動必須の警察組織にとってはやはり悪目立ちしている。なんなら嫌いなことが団体行動だと豪語していた時期もあるくらいだ。中学か高校の時にそれを宣言したために煙たがられていた過去すらある。それでもめげない曲げないからこそ松田たる所以なのだろうが。周りの意見でフラフラしない松田はよく言えば芯があり、悪く言えば頑固だ。伊達と組むようになれば多少リードを緩くして信用して独走させてくれるだろうから松田のストレスもそこそこ軽減されそうだが、伊達と松田が組むことはあるのだろうか。そもそも強行犯とはいえ目暮の班に配属されるかどうかはまだ未定だ。
「そういえば萩原くんは聞いてるかね、最近嫌に無言通報が多い話」 
「……いや、初耳っすね。通信部ですか?」
「通信部の110番もだけど、どうも直接所轄の直通番号にもあるらしい」
 非通知による無言通報。これまでもそういった通報がなかったというわけではないが、その数がここ最近増加しているのだという。所轄はまだしも、特に通信室となると無言通報があった場合でも対応が必須となるため頭を抱えているのだという。
「通報者が声を出せない状況とも限らないっすからね」
「非通知でなければかけ直しするんだが、それもできないって通信部の知人がぼやいていたよ……あんまりにも多いんで怪しんで解析をかけたらしいんだが、本当に全くの無音らしい」
「となると、外じゃなく室内からの通報……」
「それも、ギリギリ逆探知できない秒数で切電されるとかで参ってるそうだ」
 目暮の話を聞きながら萩原は一刻も早く通信部に知り合いを作ろうと決意した。そんな怪しすぎる情報、全くの初耳だった。
「これは完全に小耳に挟んだ内容だが」
 目暮がグッと声を落とす。
「どうにもその無言通報が急増したタイミングが11月7日の夜かららしい」
「…………なるほど」
 そうなってくると特殊犯に話が上がってくるのも時間の問題かも知れない。偶然のタイミングではあるものの、ここ数年その日付けに関連する大事件は爆弾事件のみだ。それも、毎年ニュースで特集まで組まれて報道がされていたなか、今年の再犯。犯人が未だ捕まっていないという点からも世間では色褪せることなく事件は語られている。同一犯という可能性も考えられるが、あまりに情報がないため断定は難しい、しかし無関係と断ずることも同じくらい難しいだろう。
「これって松田には」
「まだ教えとらんよ」
「ですよね〜」
 状況が状況だったとはいえ、松田がゴンドラに単独乗り込んだ行動はお叱りを受けるに足りるものだった。越権行為もいいところ、人質救出のためやむおえない事態だったとは言え爆発物処理班でもない刑事が解体を完遂させてしまった。爆弾処理班の面目丸潰れである。松田をよく知る実働部隊の面々はなんならよくやったぐらいに思っているが、機動隊の上が相当お冠だったらしい。爆弾処理をするためにわざわざ担当外の刑事部に異動したのかと捜一の管理官と揉め、一時松田をまた別部署へと異動させる話も上がっていたと萩原は噂で聞いていた。それにまったをかけたのが目暮だというのも。
 機動隊でもそうだが、松田は直属の上司に本当に恵まれてるんだよな、と萩原は改めて痛感したのだった。

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投稿日:2022/0709
  更新日:2022/0709