チェンジング

 松田のカーチェイスのことを萩原が知ったのは、松田のスピリットが代車に変わっていたことを指摘したからだ。そこからずるずると話を聞き、水瀬がそこに同乗していたことを知った萩原はあんぐりと口を開けて最終的に松田の胸ぐらを掴んでぐわんぐわんと揺さぶった。
「野蛮!野蛮!!!」
「しょうがねぇだろうが」
「フ、フォローぐらいしろよ!?」
「何ならアフターケアですぐ走り回るくらいにはピンシャンしてたぞあいつ」
「だからってさぁ!!」
 結局足がなくなり後処理に追われることになった松田は水瀬をタクシーで帰そうとした。タクシーを手配しようと目を離した途端、気がつけば民間人相手にケアを行っている水瀬を見て松田は本当にどこまでも可愛くない後輩だとため息を漏らすこととなった。結果として水瀬の仕事が落ち着いたのを見計らってタクシー代を無理やり握らせるだけに留まったのだ。送ることすらしなかったと聞いた萩原は頭が痛いとばかりにふらっとよろめいて両手で顔を覆った。そんな萩原に「金は出したぞ」とずれたことを言っている松田。松田としては爆弾で死にかけた時の方がよっぽどだったろうし、今回のカーチェイス中も水瀬の命が脅かされる場面はなかったためそこまで気を使う方が馬鹿らしいと考えていた。ドライブテクニックにそれなりに自信を持って要るゆえにそこで水瀬が多少なりとも怯えていたなんてちっとも思っていない松田である。実際水瀬も喉元過ぎれば熱さを忘れるタイプであるので、車が停車した後はすっかりカーチェイスのことに関しては記憶に留めていなかったため松田の予想は遠からず的中していた。
「巻き込んじまった女の子くらい慰める甲斐性持っとけよ……」
「女の前に警官だろ」
「逆なんだよなぁ」
 うわぁと言わんばかりの視線を萩原から向けられた松田はムッと下唇を突き出す。萩原の言わんとするところはわからなくはないが、しかし水瀬本人がそれを望んでいないのだからしょうがないだろうと松田は内心で愚痴る。松田はああいうタイプに男だ女だと持ち出すのはナンセンスだと思っているしいっそ侮辱行為だとも考えている。警察であるのだから性差は関係ない、向き不向きは性別やダイナミクスの問題ではなく個人の特性だとすら思っている。ある種誰にでも平等である松田のそのスタンスは相棒である佐藤には大層気に入られていた。
 しかしながら萩原の形相に今一度松田は回想する。カーチェイスよりよっぽど危機的状況だった爆弾騒ぎでも、誰もいないと言い聞かせてやっと一言弱音を吐いた程度だった女。たとえ水瀬が心底怯えていたとしてもあれだけ同僚がいる中で弱々しい姿を見せるとは思えなかった。少し引っかかっているとすれば、車を降りる前に顔を伏せていた時。そして顔を上げた後の第一声くらいだった。何だって銃のことをわざわざ口に出したのかと松田は計りかねていた。そしてやはり下手に構い気にかけてやる必要性がどこにも見出せなくてあれで良かったと納得する。萩原も一度不満を漏らして満足したのだろう、大きく溜息を吐き出して言葉を飲み込んだ。こういった引き際がいいからこそ仕事に対する考えが違えど松田と萩原は対立することがないのだ。
「そんでぇ?例の窃盗団だったんだ」
「二課に持ってかれた」
「それで機嫌悪いのね」
 偶然居合わせて松田が検挙こそしたが、取調べについては二課の担当刑事に持っていかれてしまっていた。報告書と、通るかわからない車の修理費の申請書のみ大量に書かされた松田としては面白くない。爆処にいた時の危険手当がそれなりに高かったため金にこそ困っていないがこれで経費で落ちなかったらどうしてくれようとは思っていた。萩原もマイカーで無茶をすることはあるため松田のその心情は察し「通るかねぇ」と遠い目をした。スポーツカーなため警務部が嫌がるのだ。だったら警視庁で用意している覆面をもう少しまともなものにしてほしいと言うのがスポーツカー乗りの心情である。
「集団暴走車は?」
「そっちは巻かれたらしい、車両もほとんど乗り捨てられてたってよ」
 それ以降の情報は松田にも流れてきていない。まだ事情聴取中というのもあるが、松田が二課の人間に聞きに行っていないというのもあった。必要があれば誰だろうが話しかけに行き脅すようにして情報をもぎ取る松田だが、この件に関しては担当外なのもあってそこまでする必要性を松田が感じていなかった。ここで萩原のように普段から情報が入るように人付き合いをしっかりしていれば自然と話が流れてくるのだが、その労力が無駄と考えているのが松田である。
「そういや伊達ってどこの班になるんだ?」
「中谷」
「あぁ〜……まあ班長なら、うん」
 目暮とは正反対の性格をしている中谷警部はプライドが高く検挙率をいかにあげるかに命をかけているような男である。嫌味でしか会話がなり立たないため松田との相性は最悪、慣れればいい人だという部下もいるらしいが萩原もあまり得意ではない部類の人間だ。過去に組体にもいたことがあるらしく、それを知った時は松田も萩原もああと納得してしまった。中谷は同僚であろうが恐喝するような会話をたびたびする。
「久しぶりにあいつらにも声かけて飲むか」
「……おそらく全員本庁勤めになったからな」
「そうね、班長だけ米花所轄だったから」
「あそこ異常だろ、よく最初の配属であんなとこ行ったよな」
「ある意味本庁のが穏やか説あるよね、あそこだけは行きたくない」
 東都内でも飛び抜けて犯罪率の多い米花町。配属されているのはベテランばかりで、新人がいきなり配属になることは滅多にないと言われていた場所に伊達は配属となっていた。そこで成果を上げた上で本庁に異動、輝かしい経歴そのものだろう。中谷の鼻につかないといいが、と萩原は少しだけ心配した。
「班長はいつでも時間合うだろうけど、残り2人がなぁ」
「旦那の方に会ったんだろ」
「前から思ってたけどなんで旦那?」
「何となく」
「陣平ちゃんのあだ名センスよくわかんないんだよなぁ……うっかりというか、ばったりね」
「あの後の連絡総無視した挙句、ついにメールも届かなくなったからな」
 諸伏と降谷。松田に関しては両者ともあっており、萩原は諸伏のみ例の爆弾事件の時にやりとりをした。松田も犯人の人定と病院の爆弾の所在を突き止めた礼を兼ねて、どうやって発見まで至ったのかを事細かく吐かせようとしつこく連絡をしていたのだが返答はなし。伊達、萩原、松田と3人揃って何となしに意味のないメールを2人に送り続けてはいた。それが初めて諸伏の分だけがエラーとなって返ってきたのだ。
「ま、それについても集まれたメンツで話せばいいか」
「どっちも来ないに1000円」
「賭けにならないに1000円」

 - return - 

投稿日:2022/0713
  更新日:2022/0713