初診・萩原
萩原研二はD課での面談が他より多い。以前起こした爆弾の解体失敗のせいで精神的に相当疲弊し、おまけに左手に後遺症が残ってしまったことで上層部から義務付けられてしまったからだ。日常生活を送る分には問題のない後遺症でも、爆弾解体には致命的。萩原は機動隊から異動となり捜査一課の第二特殊犯捜査第三係に属すこととなった。経緯が経緯であるため、致し方ない部分もあったが実質は解体失敗の烙印を押されての左遷。周囲から見れば栄転にも見える異動でも、スカウトされて機動隊へ入隊していた新人が一年も経たずに刑事部へ異動というのは萩原にとっても多少のストレスを与えていた。そんな状況によって上層部も萩原の精神面を慮って、本人以上に神経質にならざるを得なかった。
「水瀬せんせ〜」
「こんにちは萩原さん」
こんにちは、とゆるく返しながら勝手知ったる様に簡易ベッドにどすりと座る。取調室と同じ大きさ、普通であれば息が詰まりそうな場所であるが萩原にとっては肩の力が抜ける場所であった。
「あれ?髪切ったんだ、かわいい」
「ありがとうございます」
「最初に会った時もそれくらいだっけね」
萩原が殉職しかけた爆弾事件にて、水瀬は犯人に殴られて気絶させられ爆弾を設置させられた廊下に手錠で繋がれていた。通報があって駆けつけた爆発物処理班は報告で聞いていたとはいえ、頭部から血を流してぐったりと倒れている水瀬を発見し状況の悪さに顔を青ざめ、可能であればすぐに救助しようとした。しかし、水瀬と爆弾らしきものを発見したと通報した住人が水瀬を揺り動かしていたせいで一度起動してしまっていた水銀レバーがあったことが災いし、下手に水瀬を動かすことが不可能だった。結果、水瀬が気絶している真横で萩原は爆弾を処理することとなった。万が一水瀬が起きても動かないよう、手錠で繋がれた腕は別の隊員がしっかりと掴んで固定するという、爆弾処理にあるまじき人口密度での作業だった。
当時の萩原は防護服も着用せず、爆弾を解体仕切る前に一服するなどの問題行動を起こしていたのだが、流石にそんな状況下では迅速な解体をせざるを得ず。一旦水銀レバーによる起爆の配線を遮断したところで、水瀬をすぐさま解放し身軽であった萩原が水瀬を非難させろと上司より命が下った。
これが萩原と水瀬の命を救ったと言ってもいい。爆弾には巧妙に無線での受信媒体が隠されており、時限爆弾と見せかけた起爆スイッチが存在していたのだ。萩原が水瀬を抱えて移動を開始して間も無く、犯人により起爆スイッチが起動、爆弾はフロアを吹き飛ばす威力のもので水瀬を庇いながら避難を開始していた萩原は負傷、他の隊員は防護服を着用していたこともあり骨折などの怪我は負ったものの幸いなことに死者はでなかった。
「そうですね、しばらく伸ばしていたので」
「もしかして失恋?俺聞いてないよ?」
「このご時世に勇気がありますね、セクハラって言われますよ」
「まじ?」
萩原は水瀬より2つ歳が上であるが、当時の印象が強いためあの時助けた医大生として水瀬のことを認識している。同僚や後輩というよりは、昔から知っている女の子。当時のことを思えば悔やむことは大きい。自分が気がつけば、もっと早く解体をしていれば、防護服さえ着ていればあのまま自分が解体を進められていたのでは、他の隊員も怪我をせずに済んだのではないか。そんな風にふと、過去の亡霊が取り憑くことがあることを萩原は自覚していた。
だからこそ萩原にとって、助けた命が目の前にあるというだけでもこの部屋に来る意味は大きい。水瀬と話すことは、萩原にとって意義のあることだった。水瀬が警察になると聞いた時には驚いたものだが、配属されたのがD課だと知ってこれ幸いとこれまでサボり気味だった面談に意欲的になった。
「そう言えば、例の爆弾魔らしき犯人から予告が来ているんでしたっけ」
「そうそ、さすが情報通……水瀬ちゃん、三課から何か情報ない?」
「ここで見聞きしたお話を別の方にお話しすることはありません」
「ええ〜じゃあなんで予告のこと知ってるの?」
「警務部は事件の概要回るの早いんですよ、詳細は知りません」
プス、と頬を膨らませる萩原に水瀬は苦笑を見せる。年が下である水瀬に対し、気を遣わないようにするためか萩原がこうした素振りを見せることは多い。水瀬の苦笑に萩原もやっと、ため息らしい呼吸を静かにこぼした。
「いやあ、かつて俺が失敗した事件だけあってやる気も気合いもあるんだけどね、水瀬ちゃんのためにも捕まえなきゃだし」
「私は気がついたら病院だったので」
「それでもだよ、死んでてもおかしくなかった」
「……」
「ただ、俺と同じかそれ以上にエンジンかかってるバカが爆処にいてな……ちょいとそいつの勢いがこう、見てらんないっつーか」
左手の、白く変色した傷口を萩原は見下ろす。当時の後遺症が残る原因となった怪我の痕だ。爆風によって飛来した瓦礫がざっくりと腕に刺さり神経を傷つけた痕。触れるとふっくらと盛り上がっている程度のものでも、萩原を爆発物処理班の業務から断絶させた傷跡だ。
萩原は間違っても水瀬の額、米神あたりには目を向けない。髪に隠れているものの、当時犯人に殴られた傷跡は水瀬の額にも残っていた。萩原の言葉に、水瀬が椅子から身を乗り出して萩原へと身を寄せる。サボンの爽やかな、落ち着くいつもの水瀬の匂いがうっすらと萩原の鼻に届いた。スーツの肩口、直接肌に触れない場所に水瀬はポンと手を乗せる。
「大丈夫です、大丈夫」
「…………」
「あの時も私は萩原さんに助けられました、また他の人を助けてあげてください」
触れられた場所からじわりと熱が染み込んでいく。熱はじわじわと萩原の中へと落ちていき、どこか大きな血管に乗せられて心臓へと帰っていく。指先に少しだけ熱が戻ったのを萩原は感じた。
萩原はSwitchである。通常であればその時々、本人の心境によってDom、SubのどちらかへとシフトするのがSwitchだ。しかしながら萩原は自身がどちらのダイナミクスに寄っているか、その自己判断が上手くない。本来であればSwitchがD課の面談を受ける場合はどちらのダイナミクスで受けるか自己申告が必要なのだが、萩原は毎度未記入で提出をしD課を困らせていた。必要に応じて担当者を変える必要があるにもかかわらず、長年一度も記入して提出したことがない萩原はいくら注意をされても記入をしない。
萩原のように自己申告が難しい者や、ダイナミクスが極端で対応を間違えると大ごとになりかねない刑事、過去にトラウマを抱えており常にストレス値が高い刑事や機密情報が多い刑事等を水瀬は担当していた。それはD課に所属する医師免許保有者の中で唯一の警察官であることが起因している。まだ新人とはいえ、いつ来なくなるかもわからない外部の医者へ対応を任せられるほど警察組織は甘くないからだ。そして、それに気がついた萩原は未記入で毎回申告をするのだ。時によってはどちらへシフトしているか自己把握していても、萩原はわからないと呆けて提出を続けている。そしてうまいこと水瀬の面談を勝ち取っていた。今回は萩原も把握していなかったが、どうやらSubへ寄っていたようだと水瀬の対応を見て知る。
「大丈夫かな」
「大丈夫です、特殊犯係の方は優秀な方ばかりです」
「……そうかな」
「爆処の方も、訓練が倍増して一層逞しくなったそうです」
「倍……んまぁそれは俺のせいだけど」
「別の課へも情報は回っています、警視庁の優秀な皆さんで解決するんです」
「うん」
「大丈夫です、皆さん頼れる刑事さんです」
コマンドは一切ない。当たり前だ、プレイを目的とした面談ではないのだから。それでも、言葉の一つ一つを萩原は大切に拾うように静かに相槌を打ち呼吸を深くしていく。水瀬の口の硬さを知っているからこそ、緩められた気で、吐いてしまった弱音に似た吐露だった。とん、とんと肩に乗った水瀬の右手の人差し指が宥めるように萩原を叩く。心音より遅い速度、不思議と重心が簡易ベッドの下へと落ちていくような心地を萩原は覚える。わずかな温度、確かに自分が救えた命。沸き上がりそうになる欲求をグッと押し込んで、萩原はわざとらしく大きく息を吐き出して笑った。
「頑張れそうだ」
投稿日:2022/0612
更新日:2022/0612