育むデプレッション

「佐藤、お前のその勝気なオーラ仕舞えねぇのか」 
「喧嘩売ってる?言い値で買うわよ」
「だからそれを仕舞え犯人釣れねぇだろ」
 佐藤による囮捜査は難航した。場所が悪いのかと模索をし条件を変えて挑みはするものの不審者の1人も釣れない。なんなら佐藤が囮捜査のために進んだ路地にて、数時間後に被害者が出たくらいだ。これには佐藤と松田揃って頭を抱えるに至った。目暮も報告を聞き、引き攣った顔で「佐藤くんの囮捜査は今日で終いにするか」と諦めの声を上げた。
「単に犯人の好みとずれていたのかもしれないじゃない」
「わざわざ前回の害者と同系統の服着ていうことか」
「釣れなったんだからしょうがないでしょ!!」
 ギャンと噛み付く佐藤も、刑事にしてはカジュアルな服装で夜道を何往復もさせられることにストレスを感じていたため全てが無駄になった今怒りが噴火するもの致し方なかった。捜一からこぞって「紅一点佐藤さんなら!」と押されに押され、苦手な変装をして挑んだというのにこのザマ。かぶっていたロングの鬘をもぎ取って顔を顰める佐藤に「こえーこえー」と心にもない平坦な言葉を投げつける松田は火をつけていないタバコをピルピルと唇で遊ばせている。それに付き合わされた自分も被害者だと言わんばかりの態度だ。
「もういい加減連続殺人で捜査本部作ればいいのに、なんでまだできないのかしら」
「上が無能だからだろうがよ」
「ちょっと」
 中谷班では同一犯で睨んでいるらしく、見解としてすでに連続殺人の被害者が6名と報告をあげている。対して目暮班は単発の事件として捜査を余儀なくされている。確かに証拠も状態も、共通点も特段見られない。唯一あるとすれば被害者が全員女性のSubであると言った程度。元から性被害にも遭いやすい層であることも相まって、女性Subが被害者となる連続事件は取扱いが難しい。
「中谷班の方は連続犯で追ってるのに、私もそっちで捜査したいわ」
「それで関連性なしだった時、犯人取り逃すよかいいだろうが」
「そうだけど」
 頭では佐藤も理解している。連続殺人だと決めうちし、違った時にどれだけ痛い目を見るか。まだマスコミが騒いでいないだけマシと言ったところだが、そろそろ嗅ぎつけられるだろうと言うのが目暮の見通しだ。
「刺殺、撲殺、絞殺それに溺死に落下死……最後のが薬殺ね。バラエティ富みすぎだろ」
「死因はバラバラだけど、死亡前に相当の暴力を振われてるって解剖医からの報告書で上がってる。こんなことする殺人鬼が何人もいてたまるもんですか」
「薬の成分出たのか?」
「呼吸阻害剤の類だろうってだけ、最低でも解析に48時間かかるらしいわよ」
「そっからルート辿れればいいんだがな」
 濁った声を上げながら松田が体を伸ばす。肩を回せばバキバキといい音がなり隣で聞いていた佐藤はうわぁと顔を顰めた。
「おう、もう戻ってたんだな」
「……班長どこ張ってたんだ?」
「米花付近だよ、古巣だし」
 赴任して早々、すぐさまこの山に駆り出された伊達はすっかり捜一に馴染んでいる。昔から貫禄がありすぎるんだよなこいつ、と松田は白けた目を向けた。
「お疲れ様です」
 ペコリと頭を下げる佐藤に、松田はなぜこいつは伊達には敬語なんだと睨みつける。そんな視線も佐藤にとっては慣れてしまったもののため「何?」と問われてしまって松田はため息をつく。そんなやりとりを見ながらいいコンビだな、なんて思っていた伊達は、そういえばと口を開く。
「これから専門家にアドバイスもらいに行くんだが、お前ら来るか?」
「これから?こんな時間にですか?」
 佐藤がギョッとした声を出して腕時計を確認する。すでに0時を過ぎている。
「おう、D課の精神科医の先生にな」
「……あ?」
 なぜそこで水瀬が出てくる。確かに予定では本日夜勤。伊達が松田へ意味深な視線を投げかけたため萩原に聞いたのだろうと察した松田は目を細めて伊達を睨みあげる。余計なことを言っていそうな萩原を想像しての苛立ちだ。流石幼なじみと言ったところ、予感は的中していた。
「今年採用になった医師免許持ちの警察官の子だよ」
「ああ!水瀬さんですね!」
「んでどうする?俺としちゃ目暮班にも見解だけ聞いといてもらったほうがいいかと思うんだがな」 
 連続殺人、それもSubを狙っているものとくれば確かにダイナミクス精神科医が絡んでもおかしくはない。わざわざ捜査協力として警察病院にまで行くよりはよっぽど効率的だ。松田が知らないだけでこれまでもそう言った依頼を水瀬は受けていたのかもしれないとぼんやり考えながら松田は席を立つ。隣で佐藤も立ち上がった。
 
 伊達が押さえていた会議室にはすでに水瀬がちょこんと座っていた。伊達の後ろからぞろぞろとついてくる松田と佐藤に驚いた顔をしたが、普段通り「お疲れ様です」と頭を下げる。立ち上がろうとする水瀬を伊達が手で制した。白衣を脱いでいる水瀬にかつて松田のいっていたことは本当だったのだと佐藤は知る。
「さっきも挨拶したが伊達だ、よろしくな」
「捜査一課の佐藤です、よろしく」
「ダイナミクス課安定係の水瀬です、よろしくお願いします」
 2人に向けてぺこりと頭を下げる水瀬を横目に松田はくぁ、と欠伸を零す。
「悪い、河野さんから引き継ぎできたんだが何時まで大丈夫なんだ?」
「3時まで大丈夫ですよ」
「随分待つんだな」
 公安の刑事の面談だろうと察した松田は、水瀬を見て呆れた声を出す。仮眠時間だろうにお人好しが講じたのか、捜査協力などで時間を潰すなど。
「論文読んだりすることはあるので……それでええと」
「まず事件の概要と現在の捜査状況だけ話す」
 伊達がホワイトボード前に立ち、貼られていた写真を使いながら時系列順に概要を説明する。佐藤は「わかりやすい」と小さな声でぼやいた。
「あらかた話したが、あくまで連続犯と思われる事件だってことを念頭においてくれ」
「はい」
「その上で、だ……被害者のダイナミクス診断書がこれだ。見方がわからんくて困ってたんだ」
 そう言って伊達が水瀬へと差し出したのは、病院に登録されているダイナミクスの情報だ。保険証にもある程度の記載はあるが、細かい数値などは健康診断時などに取られる数値を更新するのが常だ。警察などの危険職業に従事する場合には日頃から簡易測定を定められているが正確性と詳細な数値の測定にはやはり専門機関での検査が必須となる。内容が気になるのだろう、佐藤が身を乗り出して覗き込んだ。
 ほとんどが英語で記された書類、佐藤は戸惑いながら一枚を凝視する。専門用語が並べられたカルテは英語ができる人間だとしても見慣れないものだ。全てを並べた水瀬は一言断って、会議室に常備されている付箋を手に取る。一枚剥がしながら口を開いた。
「まず……ここに記載のある数値が周囲からいかに影響を受けやすいかの基準になるものです。低ければ低い程、Glare、コマンドの耐性がないと思ってください」
 水瀬が指を刺した場所を見て、律儀に佐藤は単語をメモし説明を記録した。松田と伊達は黙って続きを促す。
「この人」
 ペタ、とピンクの付箋を貼り付けた水瀬はそこに「耐性強」と記す。
「数値が高いのはもちろんですがパートナー持ちです。いきなりGlareやコマンドで動けなくなるなんてことはないですね」
 ホワイトボードに記されている顔写真を見て、伊達も頷く。彼女のパートナーにも聴取を行ったがストレスを抱えているようなこともなく、サブドロップしたところも見たことがないという。
「逆にこの人」
 黄色の付箋を貼り付けた水瀬は「耐性弱」と書き込んだ。
「ストレス耐性も不安定、下手をするとSwitchの方にコマンドをぶつけられても従ってしまう可能性があります」
「……同じSubでも、随分違うのね」
 佐藤がカルテ一つでそこまで読み解く水瀬に感心したように言葉をこぼす。ダイナミクスは個性である。一口にSubで括っているとはいえ千差万別だ。
「他の方はいたって平均的な数値ですね。例えばいきなり襲われて、精神がぐらついてしまった場合には恐怖からコマンドが通りやすくなることもあります」
「なるほどな」
 松田がパイプ椅子にもたれかかる。伊達も気難しい顔で水瀬の話を聞いていた。
「これが連続的なもので、Subの女を狙ってんなら犯人には一発で狙った女のダイナミクスがSubだと分かる特技があるってこった」
「あ!」
 松田の言葉に佐藤が思わず声をあげる。確かに水瀬の説明から、たとえGlareをぶつけたとしても動じない被害者が1人いる以上松田のいうところの特技がなければ判別は不可能だ。所轄からもいきなりコマンド、Glareをぶつけてくるような不審者が出ているという話は上がっていない。ダイナミクスを第三者が知り得るためには本人から申告されるか、コマンドなどを通して探るしか方法がない。では犯人はどうやってそれを知り得たのか。
「偶然にしては6件続いているのは不自然」
「ケア施設……もないな、害者の中で2名はパートナー持ちだ。施設に通ってた申告もなかった」
「連続殺人じゃないってこと?」
 捜一の3名が揃って顔を険しくする。根本でこの事件は全て繋がっていると判じていたからだった。

 - return - 

投稿日:2022/0904
  更新日:2022/0904