育むデプレッション
「6人ものダイナミクス情報を買った?ハッキングも考えられるか」「知りうる手段がないと無理だわな」
伊達と松田がああでもないこうでもないと話す中、佐藤は水瀬が顔を強ばらせていることに気がつく。口元に手を当て、眉間に皺を寄せ始めたところで「どうかした?」と問いかけた。
「……ちょっと嫌な想像をしてしまって」
「言ってみろ」
「松田くん」
あまり顔色の良くない水瀬に食い気味に問いかけた松田を佐藤が咎める。チラ、と松田と目を合わせた水瀬はノロノロとカルテの1箇所を指さす。右下、数字の羅列部分をなぞるように示した水瀬は重い口を開いた。
「みなさん……ここ2ヶ月以内に健康診断を受けているんです」
「……会社も業界も違うのに、この時期にか?」
水瀬へと向けられていたカルテを松田がくるりと反転させる。ホワイトボードと照らし合わせて何かに気がついたのか、鋭い指示が佐藤にとぶ。
「読み上げる、追加で記入しろ」
ガタガタと椅子を鳴らして立ち上がった佐藤がペンを手にする。1人ずつ、健康診断の内容が更新された日付を記して行った佐藤は次第に顔色を悪くしていった。最後の被害者に日付を書き足した佐藤は全てを視界に入れるようその場から一歩下がる。
「こんな偶然ある?」
「全員更新日の一週間以内に死亡か……気が付かなかった」
伊達がぐしゃりと髪をかき乱すように頭を抱えた。
「病院関係者が犯人かしら……?」
「その線は低いかと」
佐藤の憶測に水瀬が待ったをかける。
「日付の隣にあるコード、これは受診した病院がわかるものなんですけど……ええっと」
スマホを取り出した水瀬はぎこちない操作で画面をスワイプしていく。テーブルに置かれたスマホの画面には杯戸中央病院のホームページ。一番下までスクロールした水瀬は注意しなければ見落としそうな小さな文字を示す。各病院に当てられているナンバーであり、カルテなどに残す場合にはコードを記すことを義務付けられている。似たような病院名などが多いため、国にて規定されているのだ。
「見ていただいた通り、みなさん違う病院で受診されています」
「このカルテって医者ならいつでも見られるの?」
「閲覧は可能ですが……こんなふうに医師免許のナンバーと閲覧記録が残ります」
カルテを一枚裏返した水瀬はナンバーと日付の書かれた一覧を示す。直近のものは3日前、伊達が開示請求を行った日のものだと確認し医師による閲覧手順を水瀬は語る。
「大抵の病院にはあるんですけど、カルテ閲覧用のPCがあるんです。病院にしか繋がっていないネットワークで……ログインするには医師免許が必要になります」
そして閲覧を行うと履歴が残る。ケア専門家にはこの権利がないため、大抵のケア施設には医者が一名は必ず在中しカルテの確認とケア専門家へ指示出しを行うのが通例だ。
「本人、またはパートナー契約をしている方であれば申請書さえ出していただければこのカルテを証明書として発行することは可能です」
大きな企業などは就活時履歴書とともにこれを提出させられる場所も少なくはない。また保険に加入する際には健康診断書に付随してダイナミクス診断書の提出も基本となっている。もちろん、発行履歴は残る。
「最近発行……中谷班が開示請求した日付でその前は閲覧している履歴すらないわ……」
何か他に共通点はないかと目を皿のようにしてカルテを眺め始めた佐藤の横で水瀬はまたスマホで病院コードを確認している。ホワイトボードを一瞥し、犯行現場がマーカーされた地図を見て目を細めた水瀬は付箋に病院名を記入していく。
杯戸外科、杯戸ダイナミクスクリニック、大内循環内科、杯戸健康センター、西田病院。考えるように手を止めて、水瀬は唇に触れて自身の字を見下ろした。討論を始めた佐藤と伊達を横目に、松田は水瀬が自身の世界に入り込んでいるのだろうと察する。集中し、周囲を排除して思考にのめり込む水瀬を見たのは初めてだ。こうも表情が抜け落ちるものか、と観察しそういえばこいつの地頭がとんでもないハイスペックだろうことを思い出す。静かに動き出した水瀬が付箋を全て左手に貼り付けてそっと立ち上がる。ホワイトボードの地図の前。病院の場所を探しているのだろう水瀬に気がついた松田も立ち上がって横に並ぶ。
「杯戸中央病院の付箋ねーけど」
水瀬の手から「杯戸外科」と書かれたものをペリ、と剥がして病院の場所に貼り付けた松田はぽつりと呟く。驚いたように肩を跳ねげた水瀬は取り繕うように笑って「大きな病院なので」と指で病院の場所を示す。なるほど確かに地図でもわかりやすい。ヘリポートがあるのも杯戸町近辺では水瀬が指したそこだけだ。水瀬よりも地図が頭に入っている松田が4枚、地図に貼り付けたために水瀬が礼を告げる。
「んで?」
「……もしかしたら、と思ったんですけど」
病院の場所は遠いというわけでもないが近いわけでもない。規則性は見出せなかった松田が水瀬に問いかける。とん、と水瀬の指がある場所を突く。付箋もマーカーもない場所。市役所の文字に松田は眉を上げた。伊達と佐藤も気がつけば水瀬の行動を注視していた。
「健康診断を受けた後、病院ではサーバー上のカルテの更新のために更新申請書を作成します……それは、全て近場の市役所もしくは区役所へ集約されます」
「……サーバーの管理はそっちなのか」
水瀬の話の先を読んだ松田が声を硬くして尋ねる。水瀬は頷いて言葉を続ける。
「伊達さんも、このカルテどこかの役所で発行してもらいましたよね?」
「すぐ横の区役所で発行できた」
「基本的にデータの閲覧、更新のための手続きは医者しかできません。ただ、その更新の実務は役所が行います」
「待って、地図に貼ってある付箋の病院の場所……」
「なるほどな、全部の病院が杯戸市役所を経由してんのか」
おそらく。と頷く水瀬に佐藤は唖然とした顔をした。こんなにも情報が落ちてくるとは予想していなかったのだ。病院から更新申請書を受け付けた市役所職員は、サーバー上のデータの更新を行う。地方では病院の事務がこの業務を行なっている場所もあるが、健康診断のたびにデータの更新とその把握を国が求めたため基本的には市役所の仕事だ。健康診断書と違い、ダイナミクス診断書はパートナー契約時にも必要になることに加え、様々な面で提出を求められることも多いことから証明書の管理を病院に限定すると不便だったのだ。
「データの更新には医療事務の資格が必要です、逆に言えばその資格がある方だけが最新の数値を目にする機会が……」
ほとんど独り言のように呟いていた水瀬の頭を松田が乱雑に混ぜた。突然頭を押さえつけるような力で髪の毛をぐしゃぐしゃにさせられた水瀬はガチと体を固めて絶句する。伊達と佐藤は松田の突然の奇行に目を剥いて驚く。
「よくやった」
一言。それだけ言い捨てて松田は会議室を飛び出す。ばん、と扉が上げた音に我に帰った佐藤が「松田くん!」と声をあげて追いかけようとする。
「水瀬さん!本当にありがとう!!」
会議室を出る直前、振り返った佐藤はぐしゃっとした頭のまま呆然と突っ立っている水瀬へと声をかける。まんまるに見開かれた目が髪の間から佐藤を見つめていて、刑事部の後輩にこの子がいたら楽しいかもしれないと頭の端で思いながら笑って佐藤もそのまま去っていく。
「あー、すまんな松田が」
嵐のように去ってしまった目暮班の2人に伊達は心底申し訳ない声をあげた。そしてなるほど、萩原が言うこともあながち的外れではないのだろうとくたびれたため息を吐き出した。自分のことよりも互いのことの方がよくわかっているとは、幼馴染とは難儀なものだと伊達は心底呆れ返った。
投稿日:2022/0909
更新日:2022/0909