育むデプレッション
水瀬から話を聞いた後、事件は一気に終息を迎えた。推理通り、杯戸市役所にて医療事務の資格を持っていた男が犯人だったのだ。中谷班が睨んでいた連続殺人、異動して早々にホシを特定した伊達は捜一でそれはもう英雄のように持ち上げられた。「全部水瀬……さんのおかげだっつったんだけどなぁ俺」
「思ったことペラペラ話しただけなので……それと呼び捨てで大丈夫ですよ」
「すまん助かる」
お礼にと言って伊達が水瀬を食事に誘い、以前飲みに行けなかった松田に声をかけた。佐藤にも声をかけたのだが、先約があったらしく非常に残念そうに断られた。宮本からの誘いが先になければ水瀬や伊達と話をしたかったとしょんぼりとしていた佐藤に、伊達はさっぱりと「また誘うからよ」と後ろ髪を引かれる佐藤を見送った。女性1人だと気まずいだろうかと伊達が少し気にしたが、共通の知り合いがいなかったために3人で店の暖簾を潜るに至った。ちなみに萩原は松田に断られてしまった宮本主催の合コンに数合わせで赴いている。佐藤は何も知らずに宮本に図られての強制参加だ。
「あんたも今回の件は絡んでるから話すが、マル向やってたんだとよ」
「マル……?」
松田の言葉に水瀬が首を傾げる。
「向精神薬だな、警察用語ってやつ」
カーっとビールを開けながら伊達が捕捉する。ふんふんと頷く水瀬は箸で摘んだだし巻き卵を一口大に切り分けて口へと運んだ。マル被、マル対、マル目は聞いたことがあったがまだ似たようなものがあるのかと水瀬はしかりと頭に刻み込むように咀嚼をする。
「中谷の予想が当たってたってわけだ」
「警部な、警部」
すかさず釘を刺す伊達に松田はいやそうに「へーへー」と返事を返した。車があるため松田は烏龍茶を飲んでいる。警視庁に車を置いて帰ると言う選択肢もあったが、あまり気分が乗らなかったためである。水瀬は多少松田の様子を気にしたが、伊達は良くも悪くも放置をよしとするタイプだ。松田を気にせず水瀬の分も勝手に酒を注文し飲め飲めと進めた。伊達にとっては今回の事件のMVPは水瀬であるため存分に飲ませてやろうとしていた。
「マスコミがどこまで騒ぐか……公務員が職権濫用しての犯罪は叩きがいがあるからな」
「税金泥棒がーってやつですね」
緩い言葉で水瀬も同意する。本当に賢い奴ほど、そうとはわからないという。たくさんの言葉を知っていながらも、相手にわかる言葉を即座に選択できる能力があるからだ。加えて知ったかぶりもない、分からないことを素直に分からないとその場で問えるのはある種才能だ。これが本当の脳ある鷹は、ってやつなのかもなと松田は水瀬を見ながらイカの姿焼を口へ放り込む。
「後は諸々の薬の入手経路だな」
「だなぁ……ただそれに関しては組対に持ってかれそうな気がしてる」
松田は声なく頷く。殺人に使用された呼吸阻害剤と本人が使用していた向精神薬。どちらも合法で手に入るものではなかったため、裏社会から購入しているのだろうが、捜一はそこまでの捜査に手を出せたためしがない。ただでさえ住み分けが面倒で課をまたぐ捜査の時にはぶつかり合っているのだ。今回のようにすでに殺人に関して犯人確保が完了している場合、捜一では仕事が終わってしまったと言っても過言ではない。
「なんだか難しいんですね、捜査の管轄って」
「全員が全員ヒーローになりたがってるからな」
伊達の言い回しに水瀬はゆるりと頬を上げる。伊達の言葉の選び方には人の良さが滲んでいる。
「いいことなんですけどね」
「犯人目の前にすりゃ一致団結なんだがな」
頼もしい言葉に水瀬はうんうんと頷いた。着任してからもう何度も刑事同士で喧嘩しているのを見聞きしている水瀬としては半ば懇願のような頷きである。
「でもなんでだろうな、中谷警部に水瀬の名前出したら資料から消しとけなんて」
「んなこと言われたのか」
初耳の話に松田が食いつく。嫌われてんのか?と言わんばかりの松田の視線に水瀬は苦笑をこぼした。
「刑事部でもない人間ですし、他部署の警官が絡むのも面倒だと思ったんじゃないですかね?」
それらしい言葉を並べる水瀬は大根おろしをだし巻き卵に乗せてぱくんと頬張った。モグモグと美味しそうに食べる水瀬に伊達はニッコリと笑いながら、しかし釘を刺してきた中谷の様子からそうではないのだろうなと思案する。水瀬の名前を出した途端、「消せ」だ。言葉こそ乱暴であったが水瀬を慮る空気を感じ取ったからこそ伊達も素直に応じた。確かに中谷は事件をあげることを優先している。だが、事実を曲げてまで他者から手柄を取るような男ではない。中谷にそう言わせる理由が水瀬にあるのだろう。
「米食いてぇ」
「焼きおにぎりありましたよ」
飲んでない分食べる方向に胃がシフトしている松田が水瀬に言われるまま焼きおにぎりを頼んだ。酒には合わないが人が米を食べていると食べたくなるのはなんなんだろうと伊達は少しだけ恨めしげに松田を睨む。正しく視線の意味を察した松田はニヤリと笑い「班長も頼めば?」と挑発する。
「班長?」
松田の呼び方に水瀬が首を傾げた。今更ながら気になったのだ。
「警察学校で俺の班の班長だったんだよ」
「もう班長じゃねぇってのにいつまで呼ぶんだか」
おかしいだろこいつ、と松田を指さした伊達は言葉とは裏腹に笑顔だ。
「松田も萩原ももうずっとだ」
「萩原さんも……そういえば松田さんと萩原さんが小学校からずっと一緒でってお話してましたもんね」
以前の話を覚えていた水瀬がそういえばとぼやく。伊達も松田と萩原の腐れ縁には思うところがあるのかニヤニヤと笑い出す。
「すごく優秀な班だったんですね」
卒業後すぐに爆発物処理班にスカウトされた松田と萩原。そしてベテラン刑事しか配属とならない米花所轄へ配属された伊達。そして今や全員花形の捜査一課の刑事だ。会話や事件を通して全員が優秀であることを知った水瀬は心の底から「すごいメンツ」とつぶやいた。
「あと2人いてよ、これがまたすごいのなんのって」
枝豆をつまみながら伊達が豪快に笑う。表情から伊達が班員を心から好いているのが伝わってきた水瀬は促すように視線を送る。
「何をやらせても大抵一番!首席入学首席卒業したやつと」
「その幼馴染で射撃の腕がピカイチで、他にもいろんなセンス持ってたやつ」
伊達に言葉に続くように松田が笑いながら語る。聞くだけでもとんでもない班だ、水瀬は目をパチクリとさせた。
「なんだかんだあいつが持ち込んだ事件が一番でかい山だったよな」
「幼女誘拐及び焼身自殺未遂な」
「ング」
警察学校時代の話を聞いていたはずだったが、凄まじい羅列が聞こえて水瀬はむせる。水瀬の様子に笑いながら、伊達はさわりだけ事件を語る。新聞にも記載されたような大きな事件で、幼い子供を自分の子供だと勘違いしてさらった男が、自宅に爆弾まで用意して心中を図った。件の銃がピカイチだという男と犯人には因縁があり、火に燃える家屋に飛び込みさらわれた子供とそして犯人を助けた。
「あ……もしかしてクリーニング屋の?」
「あ?知ってんのか?」
水瀬が話を聞いて思い出したように言葉にしたクリーニング屋という言葉に松田が疑問を返す。今まさに口に入れようとしていた切り干し大根が松田の口元でピタリと止まっている。その口からガラの悪い音が出たものだから伊達は苦笑した。
「警察学校で噂になってました、卒業生の方ですごい方がいたっていう……」
「へぇ?どんな話だ?」
「クリーニング屋さんが火事になったときに居合わせた学生が、体育祭で使う教場旗を片手に乗り込んで消化活動したっていう」
「はは!微妙にあってる」
伊達が爆笑する。実際には家屋に乗り込んだ諸伏は手ぶら、旗を持っていたのは松田で2階から飛び降りた諸伏を受け止めるのに旗を広げたのだ。間違っても消化活動などしていない。今思うととんでもない話だなと伊達は我ながら呆れた。
「他にないのか?そういう噂」
面白がった伊達が水瀬にせがむ様に問いかける。
「一般人の方の車を拝借してカーチェイスしてトラックを巻き込んだとか」
「うんうん」
「強盗を取り押さえるために強盗の仲間のフリしたとか」
「うんうんうん」
「首吊り自殺しようとしていた人を撃ち殺したとか」
「ぶっは!!」
絶妙にねじ曲がっているが身に覚えのある話ばかり水瀬の口から出てきたため耐えきれなくなった伊達はテーブルに突っ伏した。特に最後。伊達はついに殺人者にされてしまった同期を思い息も絶え絶えとなった。松田も伊達ほどではないが、降谷が助けたはずの教官を殺したことになっているのには耐えきれず目を覆って笑っている。そんな先輩2名を不思議そうに見ながら水瀬は他に何かあっただろうかと思い出そうと頭を捻る。
「いやいい、もう大丈夫だ……はぁ〜ねじ曲がるもんだな」
伊達のセリフに事実に近いものがあるのを察した水瀬が伊達を二度見したのを見て、ついに松田も吹き出した。
投稿日:2022/0910
更新日:2022/0910