本能のカウント
※ハロ嫁の内容を含んでおりますまさかあんな事件に巻き込まれるとは。諸伏はぐったりしながら降谷と別ルートで警視庁へこっそりと登庁し先輩の風見にコッテリと絞られて項垂れた。本来会ってはならない松田、伊達にも見つかり挙句に爆弾魔との銃撃戦。公安でガス漏れ事件として処理を進めるらしいが、発砲もしてしまったことで風見には相当怒られてしまった。報告書をまとめ終わったのは夜の9時半を過ぎたあたり。ほぼ1日使って反省文を書かされた諸伏は限られた人間しか出入り不可能な部屋の奥でデスクに額を押し当てて突っ伏した。
街中で伊達と松田にばったり会ってしまい気まずいながらに別れたのち、松田と降谷が事故現場に遭遇、何かあったのかとふらりと降谷と松田が先に臨場し、念のためと降谷に呼び戻された諸伏と伊達が駆けつけた先では、どういうわけか爆弾を解体している松田に銃を突きつける不審人物。ギリギリで松田が爆弾を解体、そしてその爆弾と不審人物の特徴から国際手配されている爆弾魔が犯人の可能性が高かったことから事件は公安の案件として秘密裏に処理を進めることとなった。
卒業後初めてまともに再会し事件に当たったな、と少し嬉しい気持ちがあるのも本心ではあるため突きつけられた始末書という名の報告書は甘んじて受け入れた諸伏である。萩原が後から知ったらうるさそうだと思ったが、十中八九松田と伊達にも緘口令が敷かれている。萩原がこの一件を知ることはないだろう、かわいそうにと諸伏は他人事のように思った。自分が萩原の立場にされたら間違いなくキレる、降谷もキレる。そういうところで意外に大人な松田と、そこまで気が小さくない伊達なら問題なかったろうが、萩原はどちらかというと降谷、諸伏タイプなのでおそらく拗ねるだろうというのが諸伏の見解だった。
10時からD課の面談だったことを思い出した諸伏は重い体を引きずって廊下へと進む。少し早いが、水瀬の出勤自体が10時であることをスケジュールボードで確認した諸伏は、部屋は空いているだろうと足を向ける。公安の面談前に水瀬は室内の盗聴器や監視カメラなどの設置がないか、毎回確認していると聞いたのは初回の時だ。少し早い時間でもいるだろうと踏んでいた諸伏だったが、辿り着いた水瀬の面談室は明かりが灯っていない。扉に手をかけて、あ、と諸伏は声を上げた。鍵がかかっている、そりゃそうだと頭をかき、しかし時間を厳守している水瀬が珍しいなと疑問が首をもたげる。以前も同じ時間だったが、彼女はすでに部屋で待っていた。
「は?あれ?諸伏!?」
面談者以外D課のフロア付近には近寄らない。そんな暗黙の了解を破った声が慌ただしい声とともに諸伏にぶつけられた。ギョッとして振り返れば、顔色の悪い同期の萩原。階段で駆け上がってきたのか、呼吸が荒くうっすらと汗をかいている。昼間の騒動で唯一会わなかった同期だ。つい先程まで拗ねたら面倒そうだと思っていた相手なだけに諸伏も思わず固まってしまう。おおよそ4年ぶりの再会が今日に収束されるとは諸伏も思ってもいなかった。
「久しぶりだなクソ野郎!!それどころじゃねぇ時にツラ見せやがって連絡くらいしろ!!」
「なんか悪い」
「……もしかして水瀬ちゃんとの面談この後お前だった?」
「そうだけど、何かあったのか」
ぐ、と萩原の顔が険しく歪む。手にしていたスマホを荒々しくタップし、どこかに連絡し始めた萩原は、覗き窓を覗き諸伏と同じように扉に手をかけて鍵がかかっていることを確認する。
「おい、そっちどうだ…………ああ、やっぱ警視庁には出て来てない、個室はもぬけの殻……今日のこの時間、元から水瀬ちゃん1人出勤の予定だったんだ、休むはずない……クソやっぱりか!最後は何時ごろだ!」
基本、冷静な萩原が声を荒げたのもあって諸伏はさらに驚く。通話を切って頭を痛そうに抱える萩原が落ち着こうと深呼吸をしているのを見て、諸伏はじわじわと首の後ろが粟立ち始めたのを感じていた。
「水瀬さん、何があった」
断定的なセリフに、萩原が目を伏せて息を吐く。
「おそらく拐われた、自宅に争ったような形跡もあったって今確認取れた……まさか張り込みと迎えの警官の入れ替えタイミングでやられるとは……」
「なんで彼女が」
「11月7日、爆弾魔、後は調べてくれ。悪いが俺も時間がない」
今度ゆっくり話そうなハム刑事。そういって下手くそな笑顔を浮かべてから走り出した萩原に諸伏は呆然とする。拐われた、というより状況から襲われた。萩原の言葉から明日の爆弾事件に関係するところで水瀬は護衛をされており、隙を突かれた。結果として現在。
「行方不明……?」
覗き窓の中は真っ暗で、うっすらと反射する自身の衣服が見えた。ゾッとして慌てて自席に戻り、パソコンを叩く。諸伏の所属も分かった上で、後は調べろといった萩原に苦笑しながらヒットした情報に目を通す。離れた席の先輩がどうしたと声をかけてきたが笑顔で面接がなくなったことを告げて黙殺する。風見がいればこう簡単にはいかなかったろう、ちょうど風見は今日の昼間の件で別の場所で火消しに走っていた。
そして出てきた刑事部の捜査資料で、諸伏は初めて水瀬が件の爆弾事件の被害者という立場なのだと知った。それも萩原が怪我を負ったあの事件の当事者。頭部を殴られ爆弾に繋がれていたという調書に諸伏は顔を顰めてしまう。諸伏もこの事件のことは知っていた。何より萩原が死にかけた事件だったし、完全解決できず松田が爆発物処理班から異動届を出すきっかけとなった件だった。加えて警視庁内でも犯行予告については毎年周知されていた。あまり警視庁内の情報を頭に入れるのは好ましくないが、登庁した時に多少であればと風見に許しを得てから一般回覧で回ってくる程度の情報はしっかり頭に入れていた。公安のPC、ユーザー権限を使って案件を深く調べたのは初めてだ。
最後の資料はつい先日、萩原が水瀬に対してとった調書。誘拐され殴られるような人間関係が浮かんでこないこと、やはり犯人側の一方的な恨みの可能性があるといった形で調書は締め括られている。全てを頭に叩き込んで、諸伏はそそくさと帰り支度を始める。元から昼間の事件がなければ早くから登庁する予定はなかった上、面談さえ終われば帰宅を指示されていた。明日は組織の方でも何もない、表立って動くのは難しいができることはあるはずだと諸伏は何事もなかったかのように笑顔で先輩に挨拶をして帰路へ立った。まさかたった数時間前に風見にコッテリと絞られていた後輩が、すぐさま同じように表の件に首を突っ込むなど見送った刑事も思ってもいなかっただろう。
まず、水瀬の自宅を直接襲い、警察の監視を潜り抜けて犯行に及んだという点。おそらく犯人は水瀬の生活圏内を拠点としている可能性が高い。それも数年前からだ。どのタイミングで水瀬を見つけたのかは不明であるが、最初の犯行時ニュースで民間人の死者はなく、警察官の怪我人を出した結果となったことは報道されてしまっている。そのことから犯人もわざわざ拉致し爆弾につなげた水瀬を殺せなかったことを把握しているはずだ。そして数年かけての犯行予告、逆に言えばその間犯人はずっと明日に向けて準備を整えようとするはずだ。水瀬を見つけたのであれば、生活の拠点を移すくらいのことはするだろう。爆弾の形状からも犯人は相当用意周到で神経質であろうというプロファイリング結果が調書にまとめられていた。
これまでの護衛、警護の任務で水瀬の周囲から不審人物は現れていない。であれば、犯人は自宅から水瀬の行動と警察を動向を観察できた可能性がかなり高い。そのあたりであれば実際警護に当たったこともある萩原も思いつくだろうし、何より先ほど水瀬の自宅で争った形跡があったとこぼしていたことから萩原も水瀬自宅周囲の捜査はするだろう。他の警官がいる中で行動することができない諸伏は、他に調べられる場所を考える。バス停、マンション、大学、病院。
バス停、の単語に諸伏は一瞬動きを止める。今回も前回も、どうして犯人は水瀬を直前で拉致したのだろうか。捜索願いを出されるのが困るから、衝動的犯行だったから、その時しかタイミングがなかったから。どれもしっくりこない。今回は確実に計画的な犯行だ、だが、それをどうして前日のギリギリのタイミングにしたのか。万が一失敗すれば水瀬を拐うことは警護が強化され不可能だっただろう。そこで、ハッとする。調書の中で、一度頭部を殴られたとあった記載。なぜ、一度のみ。
「直接手を下す勇気はない……?」
何せ、爆弾に繋いで殺そうとしているのだ。その可能性はゼロではない。爆弾の設置だけでもリスクがある中、人を一人運んでまでそうする理由。爆弾に関する美学という線もなきにしもあらずだが、もし直接危害を加える度胸がないのだとすれば。加えて、ダイナミクスで水瀬を制圧することもできないと犯人が確信しているとすれば、ギリギリになって誘拐した理由は納得がいく。通常、誘拐犯がDomであれば、相手をこれでもかと威圧しコマンドでいいなりにするなりサブドロップまで落としてしまうの定石だ。それをできないと分かっていたからこそ、いきなりスタンガンで卒倒させ目覚める間も無く爆弾と繋いだ。爆弾犯の多くは、己の犯行を遠目には確認するものの、死傷者が目視できる位置にまで近寄ってくることはほとんどない。危険だというのもあるが、何より実際死人を見る度胸がないという傾向が強いのだ。
だとすれば。水瀬のダイナミクスが己に屈しないと知り得ている可能性がかなり高い。研修中のトラブル、そのトラブルの最中にいたものであればそれを把握した可能性は、かなり高い。
ちょっと、潜るか。
自宅のパソコンの前で指を鳴らし、諸伏は米花中央病院のネットワークへハッキングを開始した。
投稿日:2022/0619
更新日:2022/0619