だって信じられない
「小春ちゃん」「なに?」
「呼んだだけ」
「おいなんだあれ」
釘崎は戦慄した。学生寮の共有スペースに知らぬ男がいる、それも高身長でそれなりに顔もいい優男。誰だと気になるのは当然だったが、近寄ってすぐに後悔した。なんだあのバカップル。ともにいる女の方も見覚えがない。同時刻に任務を終えて横を歩いていた伏黒の胸倉を掴んで舌打ちをした釘崎に伏黒は「ああ」と疲れた声をあげた。
「二年の乙骨先輩」
「例のぶっとんでる」
「隣にいるのが乙骨先輩をやばい人にする蒼水さん」
「なるほど」
端的な説明に釘崎は伏黒を解放して二人を眺める。任務終わりで伏黒も釘崎も疲れており、まともに頭が働いていなかった。離れているのに乙骨からはこれでもかとでろでろな甘い空気が流れているのがわかる。対して蒼水の方はカップルの常套句ともいわれるだろうやり取りをさせられたのにも関わらず「それたまにやるよね」なんて普通の顔をしている。たまにやるのか、名前呼んだだけってやりとりをたまにやるのか。
「会えなかった間なにもなかった?」
「なかったよ」
「ふーん……本当に?」
「思い当たるものはないかなぁ」
「小春ちゃんは誰にでも優しいから、不安だな」
「そんなことないけど」
「そういえば前髪切ったよね?」
「よくわかったね、ほとんど切ってないのに」
「ほら何もなかったなんてない、全部聞きたいのに」
「乙骨君はなんだか隈がまた濃くなったね」
「心配してくれるんだ……」
「そりゃするよ」
「ありがとう」
どろどろに甘ったるい声を発する男、なんなら女の手を握ったり頬を指でなぞったりと場所を選べと叫びたくなるような行動付きだ。釘崎は呪い殺さんばかりの視線を男へ向けた。
「高専でカップルかよ」
「蒼水さんはここの生徒じゃねぇし、乙骨先輩の彼女でもねぇよ」
「おいそれ詳しく話せ」
釘崎は再び伏黒の胸倉をつかんで今度はぶんぶんと前後に振った。嫌そうな顔をした伏黒だが、諦めて口を開く。
蒼水は呪術師ではない。呪力もないただの一般人で仙台にある高校に通っている高校三年生。乙骨とは同じ中学であり、呪力の制御できなかった乙骨の最たる被害者。そして現在は乙骨の突拍子もない無茶ぶりと我儘の唯一の被害者。釘崎はそんな風に言われる男が先輩であることに著しく不快感を感じた。
「そんでその蒼水さんを囲い込もうとしてる特級呪術師が乙骨先輩」
「特級って狂ってないとなれないの?」
「俺に聞くな」
釘崎の知っている特級といえば五条悟。呪術師のなかでも飛び切り頭がおかしいという認識だ。担任が聞けば泣いていじけただろう評価である。
「つーかあの距離で付き合ってない?冗談でしょ」
「付き合ってない」
「じゃあ特級の片思いってこと?仙台ってことはわざわざ休日に東京まで来て?」
それには伏黒も思うところはあるが、言葉を選んでいる間に別の声が二人に割り込んだ。
「憂太曰く『僕の』らしい」
「パンダ先輩急に背後取らないで下さい」
のっそりと現れたパンダに釘崎はぎょっとし、顔には出さなかったがおなじく驚いた伏黒は肩をびくつかせた。
「俺も聞いたんだよ、もう目も当てられないくらい甘ったるいだろ?棘なんかが蒼水の近くにいるとあからさまに不機嫌になるしこりゃもう黒だなって」
「真っ黒もいいところね」
「でも彼女かってきいたら首振るし、片思いかってきいたら両想いだって断言するし」
「は?好き同士だけど付き合ってないってこと?」
「付き合う気はないらしい」
「はぁ??」
訳の分からないパンダの言葉に釘崎は盛大に顔をしかめ、改めて状況を聞く伏黒も沈痛な表情を浮かべた。
「俺たちの中じゃ真希ぐらいしか蒼水に近寄れないんだが」
「うそでしょパンダすらだめなの?」
パンダすら駄目なんだ、伏黒は信じられないと目を見開く釘崎に「手遅れです」とばかりに首を振った。ナチュラルに失礼なことをする伏黒である。
「あの真希が『いいやつ』って裏なく嫌味もなく言うくらいにはいいやつらしい」
「それ大丈夫?生きていける?」
釘崎も真希を敬愛しているくせして遠回しに失礼である。
「だからこそあそこまで過保護ってのもあると思うが、その上自分には無頓着なんだよな」
「無頓着?」
「だって返り血塗れの憂太に突如東京に拉致されてきても『どうしても会いたかった』ってわけのわからん説明で納得して文句ひとついわないんだぞ?怖がりもしないし、俺見てもノーコメントだ」
「……一般人よね」
「一般人だな、それも里香……憂太に取り付いてた呪霊に何度も殺されかけてたらしい一般人」
「どこが一般人??」
辛辣な釘崎にパンダは神妙に頷く。
「中学の頃になにがあったのか、詳しくは知らないがもともと『そういう気質の強い』憂太が助長する程度には蒼水もぶっとんでるというか……普通じゃない一般人だからまあ、お似合いなんだよな。付き合ってないけど」
おそらく憂太にとって蒼水とはそういう次元にいないのだとパンダは思っている。同時に幼馴染ってやっぱり似るんだなとも。というより呪霊となっていた里香は憂太のせいでこの世に引き留められていたため、彼女の行動に見えていたそれもじつは乙骨の根本が影響を与えていたのではないかなんて思ってもいた。
「そういう?」
「あれだ、あの……病気」
釘崎は首を傾げた。パンダのすこし間違えた表現を聞いた釘崎はなにが言いたいか理解できなかったが、しかしカップルもどきの会話が耳に届いて心得てしまった。
「小春ちゃんも一緒に来てほしい」
「どこ?」
「海外」
「パスポートないや」
「仙台と東京ってだけでも気が狂いそうなのに、ぼくどうしよう」
「乙骨君は寂しがり屋だね」
「もう閉じ込めた方がいいかもしれない、いろいろ決めたいから今日は帰らないでほしい」
「明日用事があるから難しい」
「ぼくよりゆうせんするの」
なるほどヤンデレ。やっぱり呪術師は碌な奴がいない。
投稿日:2022/1229
更新日:2022/1229