だって同じじゃない

「なにこれ」
「私が聞きたい」
 真希と蒼水はどうしてか箱の中に詰め込まれていた。狭い箱のなかに人間2人を無理やり押し込んだ、そんな状態のため真希に押し倒されたような形になっている蒼水は首しかまともに動かすことができず薄暗い箱の全貌すらわからない。
「体勢つらくない?」
「問題ない」
「しんどかったら寄りかかってね」
「お前潰れるぞ」
 筋肉がしっかりとついているため、真希は冗談ではなく本気で蒼水の提案をはねのけたのだが、蒼水は「真希ちゃん細いし」とのんびりと笑っている。訂正するのも面倒になった真希は手探りで箱の内部を検分していく。メガネを通してみる限り、呪力のこもった壁。結界術というより封印術のそれだろうと検討をつけた真希は面倒な状況に陥っていると察してため息を零した。
 問題は誰を狙った犯行なのかということだ。鍛錬に向かおうとしていたさなか、乙骨と蒼水の後ろを歩いていた真希は反射のように蒼水を抱えて飛びのいたはずだった。真希の獣のような反応速度にはさすがの乙骨も間に合わず。だがそんな真希の反応をもってしてもこうして囚われたということは、この攻撃の指向性が真希もしくは蒼水に固定されて向けられていたということ。追尾型の呪力に喰われた、そんな感覚。もし真希を狙ったものだったとしたら巻き込んだ蒼水には悪いことをした。見下ろした先の顔が未だ恐怖に濡れていないことに安堵しつつ真希は壁に爪を立てた。
「自力で出られそうにないが横に憂太もいたし、まあ平気だろ」
 真希一人であれば暴れまわってみるのも手だが、もともと一人用の箱なのだろうスペースはほとんどない。真希が怪力をもって手を振り回したところで蒼水に怪我をさせるのがおちだ。どちらかというと乙骨が暴走していないかの方が心配だ、真希は外に出られたとしてそこが焦土と化しているかどうか誰かと賭けたくなった。蒼水の薄い腹が小さく上下している。触れる肌が柔らかく、本来女とはこういうものかと真希はその感触を観察するように確かめた。釘崎も華奢ではあるがやはり鍛えているため比較するとその差は歴然だ。
「ふふ、くすぐったい」
「ふにゃふにゃしてんなと思って」
「真希ちゃんは引き締まってるなぁ」
「鍛えてるからな」
 蒼水の柔らかい手がお返しとばかりに真希の脇腹に添えられる。ぺたぺたと触れる手から悪意は微塵も感じない。それどころか慈愛のような、そんななにかを触れた場所から注がれているような気がして真希は身を捩った。
「前から思ってたけど、やっぱり真希ちゃんのメガネ……」
 ぴく、と真希は身体を固める。真希のメガネは通常のそれではない。呪力を持たない真希が呪霊を黙視するためにあつらえられた、特殊なガラスでできたものだ。度の入っていないものを激しい訓練でも片時も外さないのは異様に見えるだろう。それを指摘されると思ったからこそ顔を強張らせた。
「私が選んだフレームだ」
 しかし、蒼水口から飛び出たのは真希の予想を裏切るものだった。
「……は?」
「前に乙骨く……憂太君に頼まれて一緒に選んだんだよね。女の子にあげたいって言われて」
「あいつマジか」
 好きな女に別の女への贈り物を選ばせたというのか。真希が高専に入るまでかけていた丸いフレームのメガネは実家から持ち出してきたもので、乙骨に「ダサいメガネだが外せない」と零したことがあった。特級に返り咲き暫くしたころ、乙骨が今かけているメガネを真希の誕生日にと渡してきたときには素直に喜んだ。特殊ゆえに値段も張り、数が限られているために新調するなど夢のまた夢、絶対に壊さないようにと注意するのが関の山だった真希には生命線が太くなった心地だった。だがまさか蒼水が関与していたとは思いもよらなかった。メガネを受け取ったのは蒼水が高専に来るよりも前のことだったからだ。
「……なんとも思わねぇの?」
「真希ちゃんの顔知らなかったから、似合うやつ選べたかすんごい不安だった」
「そうじゃなくて」
「でも我ながらいいチョイスしたと思う」
「そうでもなくて」
 困惑した真希は口調を迷子にさせて首を振った。
「憂太が女になんかやるって、嫌じゃねぇの?」
「なんで?」
「私がおかしいのかこれ」
「わかんないけど嫌じゃないよ」
 本気で言っている蒼水に真希は何度目かわからない頭痛を覚えた。蒼水と乙骨の関係は歪だ。本人たちはそれが普通であるようにふるまっているが傍から見ればどう考えてもおかしいし歪んでいる。そうはいっても歪んでいるのは乙骨だけで、それを許容しているのが蒼水という形ではあるが。
「選ぶとき聞いたんだ、写真がないからどんな子にあげたいのか」
 ちら、と蒼水を見れば蒼水は目を細めて真希を見上げていた。
「強くてかっこよくて芯のある女の子って言ってて」
 ホントだったなぁと蒼水は朗らかに笑う。
「おまけに綺麗でまっすぐだ」
「やめろ」
「あはは、ごめんごめ、うわ!」
 入れ物がぐるりと反転する。咄嗟に蒼水の頭を抱え込んだ真希は重力を頼りに身体を動かし、蒼水を自分の上に乗せて守った。状態が逆転したが、真希が上に覆いかぶさっていた時と違い蒼水は真希に完全に乗っかっている状態。気がついた蒼水は慌てたが真希は「動かれる方が邪魔だ」と切り捨てて黙らせた。それでも申し訳なさそうにしている蒼水が面白くなって、真希はぽんぽんと薄い背中を叩いてやる。肉が薄い、背骨の位置すら指先で感じられる。すぐに死んでしまう弱い生き物だと触れた場所から痛感する。
「あんだけ鍛えてるの知ってんだろ、あんたくらいの重さどうってことない」
「……やだかっこいい」
「惚れたんなら抱いてやろうか?」
 ケラケラと笑いだした蒼水につられて真希も笑う。気兼ねないやり取りができる蒼水という存在は真希にとっても希少なものだ。年上の癖にいくら真希が生意気を言っても微塵も怒らない、こうして楽しそうに笑うものだから真希も許されている気がしてつい構ってしまう。もちろん最初は平和ボケした恵まれた女だと嫌っていたが、そんな真希の態度さえ許容してしまうほどに蒼水の懐が深かった。すっぽりと覆われてしまった真希は早々に折れ、いいやつすぎる蒼水を知らぬ間に心配するほどには心を開いた。
 しかし同性である真希にさえ、最近は乙骨の視線が厳しくなりつつあったため呆れながらも自重していた。でも乙骨ばかりズルいだろう、久しぶりに触れる暖かさと柔らかさ、押しつけがましくない心地よさに真希は開き直る。手始めに無事に出られたら即座に蒼水を盾にしようと真希は決意した。箱から解放された真希と蒼水のくんずほぐれつな状態を見た乙骨は咄嗟とばかりに目を血走らせて抜刀。蒼水にそれを目撃されて正座で説教を受ける羽目となり、封印解除のために駆り出されていた五条を爆笑の渦に叩き込んだのだった。



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投稿日:2022/1229
  更新日:2022/1229