だって子供じゃない
高専での蒼水の行動は乙骨の管理下にある。例えば水分補給ひとつにしても、乙骨が選んで差し出したもの以外は口に入れないように乙骨が目を光らせている。もともと蒼水がそこまで自己主張が激しくないことと、乙骨があからさまに嫌そうにするため、「嫌なことはしなくない」というなんともお人好しな性格が発揮されてしまいとても大人しく乙骨の言いなりになっていた。その管理を唯一逃れるとすれば五条による気まぐれな餌付けくらいで、それすらも嫌そうにしている乙骨をみれば生徒は自然と蒼水へ関わることを減らしていく。行動すべて。本当に酷いときにはトイレにすらついていき駆け付けられる位置で待っている乙骨だ。ここでクエスチョン、蒼水は高専に拉致がごとく連れ去られてくるが、自宅は仙台にある。高専は東京にあるが、辺鄙な山中に位置しており移動には時間がかかる。任務であれば金に物を言わせてすぐに移動が叶うが、私情により高専に滞在している蒼水のためにその金と権力はピクリとも動かない。すなわち一度来てしまえば帰るのも難しいのだ。おまけに乙骨はできうるかぎり蒼水を手元に置きたいと思っている、するとどうなるかというと自然と蒼水の宿泊が余儀なくされるということだ。
蒼水が初めて高専に泊まることになったとき、嬉々として男子寮の自身の部屋へ招こうとした乙骨に待ったをかけたのは乙骨以外の全員、そして蒼水だった。まさか蒼水からも拒否されると思っていなかった乙骨はこの世の終わりと言わんばかりの表情を浮かべて蒼水に縋り付いた。
「真希ちゃんの部屋の隣が空いてるみたいで、そこに泊めてもらうから」
「なんで?どうして?僕のこと嫌い?」
「好きとか嫌いとかそういう話ではなくて」
「き、きらい……?」
「僕も教師として容認できないなぁ」
「建物自体同じなんだし寝るだけだろうが」
五条と真希の声も聞こえていないのか、乙骨は反応を見せない。
「だ、だって普段は仙台と東京で離れてて、せっかく同じ場所にいるのになんで……?」
「なんでもなにも」
「やっぱり僕がきらいなの?」
一歩間違えれば怨霊を吐き出しそうな乙骨を見てパンダと狗巻はそっと離れる。会話にならない乙骨に真希はあからさまにイライラとした表情を浮かべたが乙骨はまっすぐと蒼水のみ見ている。大きな瞳は絶望に染まり、唇は恐怖に震えている。困った顔をする蒼水だが、この願いは聞けないだろうと五条に助けを求めるように視線を逃した。パンダは乙骨の目からハイライトが抜け落ちる瞬間を目にしてぶる、と身体を震わせた。
「こっちみて」
「え」
『僕を見て』
呪言を使った乙骨に全員がぎょっとする。なすすべなく呪いに充てられた蒼水はぼうとした様子で乙骨を見上げる。
「僕のこときらいなの?」
「……」
「違うよね、なら一緒の部屋で寝ようよ」
「……」
「よし」
「よしじゃねぇ」
スパーンと真希が乙骨の後頭部を殴る。ぐったりとしてしまった蒼水はなにも返答をしていないし、力が抜けてしまったのだろう、抜け殻のように乙骨に身体を預けている。五条もわざとらしくため息を吐いて腕を組んだ。
「もう、ダメだよ憂太。呪力のない子にちょっとでも力込めたらびっくりしちゃうでしょうが」
「私欲で呪言使ったことを怒鳴れクソ教師」
「しゃけ」
狗巻がうんうんと頷く。乙骨もやっと我に返ったようにハッとしてわたわたと狗巻に謝り始めたがその間も蒼水を手放す様子はない。なんなら狗巻に謝りながらも蒼水が乙骨を見ていることを確かめてはうっとりとしていた。こりゃ駄目だとパンダは匙を投げた。いつになく無茶苦茶をする乙骨だったが、特級に返り咲き任務が激化して疲れていることをパンダは把握していた。丁度この時、乙骨は三日まともに寝ていなかった。要するに普段以上に正気ではなかった。
「もういいじゃねぇか、寝床一つで人間って面倒だな」
「そうはいってもなぁ」
「交尾がどうとかだろ、憂太に縛りでもかければいいじゃねぇか」
パンダらしい言いぐさに真希はげっそりとする。そういう仲でもない男女が共寝すること自体よくないというのが獣にはわからないらしい。しかし倫理観が欠如している五条はそれもそうかと納得してしまった。
「じゃあ絶対に小春を犯さないこと、どう?誓える?」
五条に問われた乙骨は数秒考えてから唸る。黙って様子をうかがっていた同級生たちはええ、と困惑する。両思いだが付き合う気はないなんて言っていた乙骨。てっきり男女の仲ではなく友愛なのだろうと納得し始めたころだったため乙骨が即答しなかった時点で嫌な予感が湧き上がっていた。
「ずっとってことですか?」
うっわ。真希がドン引きした声で離れた。
「ああ期限の制約?じゃあここに寝泊りする間は駄目」
それでも黙る乙骨に狗巻がパンダの背後に隠れた。何を迷っているのだろうと五条は首をひねる。家のしがらみがないとはいえ、乙骨を婿養子に迎えようとしている派閥があることをよく知っている五条としては下手を打ちたくない。乙骨には悪いがせめて特級として自身の立場もしっかり固めるまでは誰とも身体の関係を持っては欲しくないのが本音だ。そうでなければ今より余計に蒼水の立場は厳しくなってしまう。しかし考えて考えた結果乙骨の口からはドロッとした言葉があふれる。
「……蒼水さんから求めてくれたら拒否できないです」
それはないな。その場にいる全員が思ったが乙骨の異様な雰囲気に誰もが口を閉ざした。そんなところだけ女からじゃなきゃ進めないなんて情けない男だと真希は嫌なものを見たという目で乙骨を睨んだ。
「憂太は蒼水と交尾したいってことか」
「おいパンダ」
「おかか」
藪蛇を叩いて刺激するパンダに真希と狗巻の非難の声が向けられる。パンダに問われた言葉を吟味するように一考した乙骨は途端ぽ、と顔を赤らめてもごもごと口を動かした。
「そん、そんなんじゃ」
「なら縛り結んでもいいじゃないか」
「それは嫌だ」
「じゃあやっぱしたいんじゃないか」
「ちが」
「じゃあ縛り」
「やだ」
ぎゅうと蒼水を抱え込みながら乙骨は支離滅裂な回答を繰り返す。もぞ、と乙骨の胸のなかで蒼水が身じろぎをして顔を上げる。やっと呪言の影響が抜けたらしい、不思議そうな顔をして周囲を見渡していた。乙骨はこんな会話を聞かせてならないという理性が働いたのだろう、蒼水の両耳を大きな掌で塞いだ。
「蒼水は憂太と交尾したくないから同じ部屋に泊まりたくないんだろ」
「そ」
「お前が縛りを拒否するってことは手を出すかもしれないんだろ、なら大人しく女子寮によこせ。それこそ手出して嫌われるぞ」
「な」
「僕もあんまり細かい縛り結ぶのは面倒だし、明日すぐに会う様に約束すれば?」
「しょうがないだろ!」
顔を真っ赤にした乙骨が吠えた。逆切れである。
「は、離れたくないんだ!本当は高校辞めてこっち来てほしいけどそれは我慢して……僕も任務と授業があるし、一緒にいられる時間は限られるし……それに蒼水さんはこんなにかわいくて優しくて……しょうがないだろ!」
「ええー……」
「お前そいつと付き合うつもりないんだろ?」
「ない!」
「しゃけ……」
「でも僕のなんだ!」
「お前がなんにでも興奮するから縛りなきゃだめだっつってんだよ、小春はお前のこと好きでもねぇんだし」
「僕らは両想いだよ!!」
「なに?なに?」
乙骨が大声を出したことは分かったのだろう蒼水が不安そうに眼を瞬かせる。すん、と鼻をすすった乙骨はまるで人形のように蒼水を抱き上げてその薄い腹に顔をうずめた。聴覚を取り戻した蒼水だが突然持ち上げられて驚きながらも、ぷるぷると震えて泣き始めた乙骨に慰めの声をかける。軽々と己を抱える乙骨の成長が凄まじいな、なんて呑気にも思っているが蒼水がいるのは理性が徹夜によって吹き飛んでいる獣の腕の中である。
「どしたの」
「……僕の部屋がいいって言ってほしい」
周囲の目すら気にせず泣き落としを始めた乙骨に五条は笑いをこらえるのに必死になった。正直先ほどの青少年の叫び張りに青い絶叫でもギリギリだった。ぶるぶると震える五条に気が付いてしまった狗巻はこの教師は、と呆れたため息を零す。
結局なにをどうしても乙骨が折れず、蒼水を離さなかったため「好きにしてくれ」と諦めた蒼水は、うきうきとした乙骨に連れられて男子寮へ連行された。笑いすぎて虫の息だった五条は縛りを結ぶ気力がなかったため、乙骨はなんの制約もなく蒼水を部屋へ連れ込んだ。
心配した真希が翌日蒼水の身体を検分したところ、見事項から耳の裏付近にまで鬱血の痕を発見。蒼水に問いかければ「虫かな」と典型的な、しかし本気の言葉が出たため制裁としてその日の訓練は乙骨に集中砲火で肉弾戦が繰り広げられた。
「結局お前から手出してんじゃねぇか!あいつがお前のこと誘うなんて天地がひっくり返ろうがねぇもんなぁ!」
「ひど、ひどい真希さん!いたい!」
「何した吐けクズ!去勢してやるよ!!」
投稿日:2022/1231
更新日:2022/1231