だって普通じゃない

「純粋な疑問なんだけど、乙骨先輩は小春とどうなりたいの?」
 虎杖の疑問にその場にいた全員が姿勢を正した。珍しく一二年の座学の授業が同時刻に終わり、実習担当がどちらも不在となったためにそろって昼食をとっていたタイミング。座敷の座布団に御座をかいていたものは自然と正座となり乙骨と虎杖からそっと距離を取った。しかし、問われた乙骨は当然のように口を開く。
「ずっと一緒にいたい」
「え?ううん」
 かつて折本里香に呪いをかけてしまった過去があるため、その本音は蒼水に伝えたことはない。伝えられるはずがないと乙骨は思っているが紛れもない心からの言葉だった。虎杖もそれを感じたのだろう、だが納得できないと首をひねった。
「でも付き合うとかはないんすよね」
「うん」
「もしっすけど、小春が恋人つくったらどうするんですか」
「馬鹿虎杖!!」
 釘崎が小声で怒鳴りつけたがもう遅い、禁句だろう言葉が乙骨の耳に届いた。狐につままれたように乙骨は固まる。手に持っていた箸がからんと漆塗りの座卓に転がった。そろ、ととなりに座っていた狗巻は乙骨の顔を見て後悔した。虚無、箸と一緒に感情全て落としましたと言わんばかりの乙骨の状態に顔を青くした。普段温厚でふわふわとしている乙骨を知るからこその恐ろしさ、虎杖もそれは感じ取ったのか即座に「すんません!」と謝った。
「ごめんえっと、なに?」
 聞こえなかったと乙骨は問いかける。ぶるぶると震える虎杖はなんでもないというが乙骨は許さず結局虎杖はもう一度疑問を口にせざるを得なかった。真希とパンダは面倒になったと食事を掻き込みさっさと退室してしまう。薄情な同期に狗巻は頭を抱えた。
「小春結構モテるから……恋人とか、その」
 余計な情報を追加した虎杖に伏黒は静かにお椀を置いた。
「そうだね、あんなに魅力的だから中学の時も小春ちゃんのこと好きだっていってた人多かったよ。すごく、すごくモテてた。男女関係なく好かれてた、よく覚えてる……先輩にも後輩にも一目置かれてて不良ですら小春ちゃんの前では猫を被っていた」
「裏番?」
 釘崎を黙らせるべく伏黒はおしぼりをその顔面に叩きつけた。甘んじて受け入れた釘崎だが、後に必ず報復することを胸に誓い伏黒を凄まじい形相で睨み上げた。
「それで、恋人?」
「ひゃい」
 ぶるぶると震えた声で虎杖は肯定した。
 乙骨は問われた言葉を脳内で繰り返す。実際には口にも出ていたため恋人、と乙骨の口から単語が出るたびに室内の温度が一度ずつ下がっているような感覚をその場の全員が感じ取っていた。
 恋人、蒼水に恋人。すなわち大切な人、蒼水が優先して特別に扱うべき立ち位置。そんな立場の人間を蒼水が作る。乙骨は震える右手で口を覆った。
「……こんぶ?」
「はきそう」
 顔を真っ青にした乙骨に、狗巻は恐る恐る声をかけてぎょっとする。慌てて乙骨の首根っこをつかみ立ち上がり、近くの厠へ乙骨を引きずって行った。残された一年三名はポカンとしながらそれを見送る。一年は知らぬことであるが、高専に編入前の乙骨は身体も心ももやしっ子であった。
「まじ?」
「……貧弱が過ぎる、想像だけであれって」
「蒼水さんが恋人できたって報告してきたらあの人死ぬかもな」
 冗談ではなく本当に。伏黒の言葉に虎杖と釘崎は神妙に頷く。とんでもない呪いにあてられたかのような形相となっていた乙骨を思い出して、釘崎は頭を抱える。そんな簡単な想像すらつかないお子様の価値観だったということか、特級のくせに情緒は四級以下だ。どう育ってくればああなるというのだろう。
 狗巻と戻ってきた乙骨は大量の呪力まで一緒に流したのでは?と思うほどげっそりとやつれてしまっており、虎杖はなにも問いかけることができず、せっせとお茶を入れなおし世話を焼いたのだった。

「いつにもまして顔色悪いね、いやなことあった?」
 乙骨は虎杖に問われた言葉をあれ以来ずっと脳内で噛みしめるようにリフレインさせていた。蒼水がいなくなる、蒼水の特別が乙骨以外になってしまう。今更この暖かさを手放すことなど乙骨には到底無理なので、蒼水の恋人に認めてもらってともに生活することまで考えて狗巻に相談してみたが「おかか」と結構な剣幕で窘められたため、乙骨もバカな考えはすぐに捨て去った。ちなみに狗巻が乙骨のその考えをとめたのは、乙骨が自分で言いながら血を吐きそうなほどにひどい顔色で拒絶を示していたからだ。
 ずっと一緒に。かつて里香にも同じことを願った。そして里香は呪われ、乙骨の傍に呪霊としておぞましい姿で6年もの間縛り続けてしまった。心配そうに首を傾げて乙骨を見上げる蒼水の視線は変わらず柔らかい。無意識に乙骨は蒼水を引き寄せて頬を蒼水の頭へと摺り寄せた。慰めるように、ぽんぽんと蒼水の手が乙骨の肩のあたりを叩く。そこに心配以上の感情は微塵も感じない。
 乙骨は蒼水の中で自分が一番碌でもない人間であると自覚している。そのうえでここまで優しくされている。それは間違いなく特別だった。殺しかけたって許されたのだ、その特別が今後覆ることはないだろうという自信はある。けれどそれとはまったく別に蒼水が特別な枠をつくり、そこに乙骨の知らぬ男が収まるとしたら。蒼水が乙骨を疎んだり、遠ざけたりすることはないだろう。けれどその恋人になる男は分からない。実際里香は乙骨に関わる女はすべて嫌いだとはっきり言っていた。そういう男を蒼水が選ばないとは限らない。自分のことを棚に上げていると、乙骨の思考を読み取る高専生がいれば指摘しただろう。
「小春ちゃんは、さ」
「うん」
 なんと問えばいいのだろう、間違った言葉を吐いてしまってそれが縛りになることが乙骨はとてつもなく恐ろしい。途端に重たくなった言葉が乙骨の喉に張り付いて息が苦しくなる。細い呼吸で蒼水に縋り付く乙骨は瀕死もいいところだった。
「だいじょうぶだいじょうぶ、疲れたねー、がんばりすぎた?」
 なにも知らない蒼水はこれでもかと優しい声で乙骨に言葉をかける。その言葉すら乙骨をおもいやる気持ちに溢れていてたまらず乙骨は回した腕に力を込めてしまう。仮に恋人ができたとしたらこうやって縋り付くのも、ダメなんだろうか。里香は抱き着くどころの騒ぎではなく、乙骨に話しかける近寄る、すべての事柄に嫌そうにしていた。
「うう」
 ついに、とばかりに乙骨の瞳に涙があふれる。
「ごめん、小春ちゃん」
「いいよー」
「ごめん、ごめんね」
「うんうん」
 それでも、なにがあってももう離せそうにない。乙骨はもう一度謝罪の言葉を零した。


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投稿日:2022/1229
  更新日:2022/1229