家族を謳おう
目が覚めたとき、1番最初に気がついたのは右手に感じる暖かさだった。私よりも少しだけ大きくて、握り慣れたその手はしっかりと私の右手を包み、私とその手の間には熱が発生している。金属を扱うその手は手の皮が少し固くなっているところがあって、それがとても愛おしく思える。そして周囲に眼を回せば、普段はあまり入る事のない医務室に自分が寝かされていたことと私の手を握るその人が、ベッドに突っ伏して眠ってしまっている事を理解した。レモン色の綺麗な金髪がゆっくりと上下している様子を見て、もしかしなくてもずっと一瞬に居てくれたのかとぼんやり思う。
「(おねえ、ちゃん)」
気を失う前に見たその表情がこびりついて離れない。焼きついたその場面が脳を焦がすように燻す。じくじくと焼け石に置かれて私のすべてが蒸発していくようなそんな理不尽で逃れようのない痛み。それでもそれから逃げようとは思わない、思えるはずがない。
怖いだとか苦しいだとか、そんな簡単なものではなかった。身体全部で拒絶して、眼で疑って声で嘆いて。私は大切な人にとんでもない事をしてしまったと、わからされた。明確なまでに傷つけた、怖がらせてしまった。簡単に直すことのできない精神を蝕む傷を私の手で姉の柔らかな優しい心に刻んだ。私が、やった。私がお姉ちゃんをそうした。
途端、強烈な吐気と頭痛。胃液が食道を焼くように逆流し、脳が内側から潰されるような、そんな痛み。嗚咽すらあげる事ができない。あまりの痛みに悲鳴があがらない。
「(ちがう、)」
出したくても、だせないのだ。口の中であったものがぽっかりと存在をなくし、空になったようで違和感が襲う。
喉から吐き出される空気が不気味な音を発し、静かな部屋にそれがこもる。いやだ、いやだ。気持ち悪い。
__通行料だよ。見た分、頂戴?
ひゅっ、と空気が潰れるような音。視界が定まらなくて天井がグラグラ揺れて、迫ってきているかのような感覚に陥る。地鳴りのような何かが聞こえると思ったらそれは自分の心臓の音でそれがなんだか気持ち悪くて吐気に拍車がかかる。ぶわっ、と汗が出てきたにも関わらず、足はガチガチに固まってしまったかのように動かず、骨がギシギシ痛い。払ってしまった。私は得たものに釣り合うのであろうものとして、失ってしまった。誰のせいにも出来ないくらいに、完膚なきまでに自分のせいだ。私は間違えたのだろう、きっと、どうしようもないくらいに、取り返しのつかないくらいに。ついには体をなにかに乗っ取られたかのように完全に自由を失う、呼吸も身動きも神経すらも。ただ痛みを伝える感覚だけが鮮明で溺れているかのようだった。何が覚悟だ決意だ、こんなことになってしまったあとではそれらの気持ちが安っぽく馬鹿らしく思えてならない。空気の海に溺れて、二度と浮かび上がれない。そうして酸素に飢えて死んでしまうのだ。点滅する視界の中で見えるはずのない空気の泡が見えた、上に向かって、壊れるために上っていく泡はゆらゆらと揺蕩い、消えていく。
繋がれていた手だけが私を引き留めてくれている、溺れる私を引っ張ってくれている。
「ん………シャノン…?っ!おばあちゃん!!シャノンが!!」
くぐもったように聴こえる姉の声。
どうやら握られた手に力を込めてしまったらしいのだがそんなこと今の私にはわからなかった。
投稿日:2017/0905
更新日:2017/0905