家族を謳おう
「兄さん!」
咎める弟の声を無視して家までの道を進む。
もっと早くにしておけばよかったと内心で悪態をつきながらも夕焼けを背に淡々と進む。
家を焼く。
その約束を弟としたのは随分と前だったが結局は俺たちの中にも躊躇いはあったのだろう。母さんと過ごした思い出の残った家を焼き払ってしまうことは母を焼いてしまうようなそんな感覚だった。それでもあそこを残したまま旅に出てしまえばきっとここに帰ってきたくなってしまう。それではだめなのだ、そんな甘さを持ったままではこの先ですぐに立ち止まってしまう。だからこそ旅立つ前の日、つまりは今日二人で火を放とうと決めていたのに。それが仇になった。まさかあの家にシャノンが出入りしてしかも錬金術の知識を得るために、放置したままだった俺たちの研究資料まで見ていただなんて。どうせ二人しか見ないだろうと暗号化もせずにいたそれは簡単にシャノンの眼に止まり、そしてそれを実行にまで移させてしまった。吐き気を覚えるほどに己の失態やそこまで考えが至らなかったことに恐怖すら感じる。思えば前から様子はおかしかったのだ、自分たちの事で手いっぱいになりこんなことにまでなってやっと死ぬほどの後悔を知る。
あいつの頬を強かに打った手に、妙に生々しく残る感覚が気持ち悪くて何度か壁に叩きつけてしまった。そのたびに鮮明に蘇ってくるのは触れた瞬間の衝撃と熱、思わずあんなことをしてしまうくらいには衝撃的だったのだ。
「兄さんっ!」
ついに我慢の限界だったのか強く肩を掴まれて歩みを強制的に止められる。足を止めてやっと自分の息がだいぶ上がっていたことに気が付く。上がった息のまま荒々しく振り返れば無機物に成り果ててしまった弟がそれでも困ったような様子で夕日に染められていた。
でも、だってそうだろ、俺のせいだ。シャノンがこんなことをするなんて思ってもみなかっただなんて言い訳だ。家を怖がって放置したままだった研究資料も、シャノンが俺たちの様に亡くなって暫くたつウィンリィの両親を諦めていなかったこと、こんなことをさせてしまう要因をつくってしまったのは間違いなく俺なのだ。そのせいであいつの舌は引き千切られてしまった、取り返しなどつかない。振り返って立ち止まってもアルが何も言わないことからよっぽど自分は酷い顔をしてしまっているんだろう。正直泣き叫んでしまいたいくらいなのだ。それでもそれをしないのは目の前の弟にそれが出来ないからだ。きっとそれが出来る体でいればウィンリィと一緒になって泣きながらシャノンを怒っていたのだろう。そうだ、ウィンリィだって大丈夫だろうか。あんなに泣いていたのはそれこそ両親の葬式以来だ。聞けば一人であの部屋まで行ったらしい。そこで倒れて血を吐く妹を見つけた時の心境は俺には痛いほどに分かる。そんな彼女の前でシャノンに手を上げるべきではなかったと、そんなの当然のようにわかるのに目を覚まして茫然としているシャノンを見たらもう無理だった。普段と変わらない明るい目の色がほんのりと暗く落ちてしまっているのに耐えられなかった、シャノンの声が痛いともやめてとも俺の名を呼ばなかったのも、痛くて痛くて堪らなかった。
「もっと…早くに焼くべきだったんだ…」
「、それは」
ガチャリとお互いから金属質な音が虚しく響く。
あぁ本当にどうしてこんなことになってしまったんだろうか。後悔なんて言葉では生易しく、心臓に直接杭を打たれたような痛みが継続し続けている。突き刺さった杭は無情に深く刺さり、そして傷口を広げんと容赦なく回る。絶叫を上げたくなるほどの壮絶な痛みは、それでもきっとシャノンの痛みに比べれば優しいものなんだろう。
もっと早くに、母さんをあんな姿にしてしまってすぐにでもあの家は消してしまうべきだったのだ。気を失っている時にばっちゃんがシャノンの口内を確認していたのを横で黙ってみていた。やはり舌は根本から無くなってしまっていたらしくその事実を正面から見据えることが出来なかった俺はただその情報を聞いただけで震えあがることしか出来なかった。思い出なんてそんなものの為に、俺の中途半端な甘えのせいで。
「…ねぇ兄さん、どうして」
どうしてシャノンはあんなことしたんだろう。
ぼんやりと遠くに向けて零れたようなその声は不気味なくらいに頭の中を駆け巡って、どうしようもなく心をかき乱した。
どうしてだなんてそんなこと知りたくもない、考えたくもない。
「俺は…俺は、あいつを許せそうにない」
どうやって赦せばいいというのだ、こんなことをしでかしてどうやって。
自分の罪だって赦せやしないのに同じことをしたシャノンを、俺のせいだとしても実行に移してしまったシャノンを、シャノンの意志を。どうやって赦せばいいんだ。
赦せるわけがなかった、まだ俺は子供だったのだろう。
俺の残してしまった可能性にシャノンが縋ってしまったという事実に向き合いながらもそれ以上にシャノンに対する怒りと、恐怖に似た感覚から逃れようと結局はシャノンを責め立てることしか思いつかなかったのだ。
言葉にすれば本当にそうだった、シャノンを許せそうになかった。どうして、どうしてと餓鬼の様にただただ訳を己に問うてその自分への悔いを覆い隠す。
表面に残ってしまったのは、憎しみに近かった、シャノンへの憎しみだ。
そうしてずっと俺は後悔することになるのだ、自分のせいだと思いながらもシャノンに怒りを向けて罪の意識から逃れてしまったということに。
投稿日:2017/0905
更新日:2017/0905