炎天の灯
夕日の色を見て、何を思い浮かべるだろうか。黄昏のあの色は独特で、単に赤でもなければ紅の深さが濃い場所もあれば青や藍の濃淡も見られる。誰かが橙だと言えば、誰かが桃色だという。紺という人もいれば紫苑の色だと眺める人もいる。一言で表すことのし難いあの空は、私にとっては悲しい色だった。確かに何かの終わりを告げていて、それでいて強制するわけではない、自然と一日を沈めていくあの色が、私にはさようならの色だった。あの複雑な色に伴って私に募る感情も一つではなくて、けれども日が落ちて、あっという間に夜に喰われていくあの色を見て思うのだ。
こうやって人の良い思い出を、黒い何かが食べていくのだと。
エドとアルが家を焼いた時間も、そんな時間だった。病室のベッドから、そんな空に上がる灰色の煙を眺めることしか出来なかった私は彼らがなにを思っていたのかも、どうしてそんなことをしてしまったのかも分からない。未だに母との思い出の詰まった家を大切に残している私には計り知れない何かがあったのは確かだろうけれど、そこにはやはり自分の愚行が原因なのだろうという確信もあった。そのことに嘆く気力すらなかったせいで空に上がって消えていく煙を見ても涙すら出なかった。けれど、恐ろしいほどに網膜に焼き付いたその光景が、瞼を落とす度に襲ってくる。夕暮れにありもしない濃い煙が見えてしまうことも多々ある。
エドとアルがここを出ていって、もう一年になった。一度回った季節はもう一度その頃のものに戻ってしまった。それなのにあれからここに一度も戻ってこない二人に私は何を感じればいいのかすら分からなくなっていた。罪悪感に殺されそうな思いもした、心臓が潰れたのではと思うくらいに苦しいとも思った、けれども結局は私以上に苦しいのは二人なのだと気が付く。所詮私は加害者で、そんな権利すらあっていいのか曖昧だと思いだす。そうしているうちに何かを思っても押し込める様になってしまった。感情を噛み砕いて粉々にして喉に流し込む。流し込んだそれはガラスの欠片の様に鋭利で容赦なく私の内部を刺してくるけれどもいずれは消化されて体内のどこかにそっとしまわれていく。これが罪を背負っていくことなのだと知ったのは半年ほどたったころで、何を思う訳でも無く担々とその作業をこなした。
姉は前にもまして機械鎧に時間を割くようになった、もう一人で一からあんなに複雑なものを組み立てられるのだから彼女の本気がそこに見えた。そしてそれ以上に、前に比べて彼女はお喋りになった。まるで私の分も話してくれているかのようなそんな変化で、それがどうにも辛くて悲しいなんて我儘にもそう感じた。けれどそんな私に気がついたのか家族三人で手話を覚えるという結論に至ったのは早かった。その時も、私は悲しかった、と思う。
私の自業自得にこの二人を巻き込んでこんなに悲しい笑顔をさせることになったのが、辛いなんて言葉にまとめられないくらいのなにかを感じた。その頃はそれこそ毎日眠ることすら容易にできず、味を感じることのできなくなった食事を喉に通すことも難しかった。そんなどうしようもない私に喝を入れてくれたのがばっちゃんで、思い切りビンタをされた。
『いつまで情けない顔しとるんだい!あんたはそんな子じゃないだろう!』
しゃんとしろ、いい加減に進め、あんただけ置いていかれるよ。
私の孫はその程度でダメになったりしない。
そんな言葉を本気で怒鳴りながら言われてしまって、ああそうかとやっと気が付けた。落ち込んでいる暇などなかったのだと、なにも聞かないでいてくれる二人に私は完全に甘えきっていたと叩かれた頬以上に心臓が痛かった。
そうしてあの時の、エドに叩かれたそこを叩いたばっちゃんに申し訳ない気持ちでいっぱいだった。こんなに優しい人に手を上げさせてしまったとまた一つ鉛のようなそれが体のどこかに蓄積されたのを感じてそれを表に出さないように必死に押しつぶして隠した。
それでも、私はまだ息をして、生きている。
どれだけ辛かろうが、どれだけ自分を責めようが世界は恐ろしいくらいに平等だった。強かなばっちゃんと等しく時間は流れていく、姉と同じように背も髪も伸びていく。そのことが堪らなく恐ろしいと思ってしまったときに、私はもう純粋に自分が生きているという事を喜べないのだろうと諦めてしまった。
いくら噛み砕いて飲み下していたって、消化されずに蓄積されていく罪悪は私の中に燻っているままなのだ。どうしてこんなに強いばっちゃんと弱い私が同じ時間の流れで生きているのだろう、どうしてこんなにも真っ直ぐな姉と卑怯な私が命を同じく進めているのだろう。こうやって卑屈なことを考えて自分を傷つけてそれで罪が償えるはずもないのに、それなのにふと夕暮れになるとそんなことを考えてしまう自分がいるのだ。あの赤が黒に完全に喰われて、そうして我に返ってまた自分が一つ嫌いになる。そんな毎日の繰り返しだった。
投稿日:2017/0905
更新日:2017/0905