炎天の灯


兄さんが機械鎧を壊してしまって、久しぶりに故郷に帰ってきた。こんなに何もなかっただろうかと思うくらいに緑が広がるリゼンブールにそれでもホッとさせられてしまって、なんだか叫び出したいようなそんな昂揚感を感じた。少し高い位置にある丘の上に登って、そこで寝そべって空を仰ぎたい。川の畔の涼しい空気を思いっきり吸って、足をそのなだらかな流れに晒したい。そんなことを思いながらも自分の体ではそれを行ったって意味がないことを知っているからがらんどうの鎧の中にその思いを閉じ込める。


「ウィンリィ怒ってたけど大丈夫かなぁ」


「なんとかなんだろ、壊れちまったもんはしょーがねーし」


それよりいくら取られるかだな…とげっそりしながらいう兄に、そう言う問題ではなくもっと早くに連絡を寄越せという意味で怒っていた幼馴染みを思い出してこれはお咎めがあるだろうなと苦笑する。そう言えばウィンリィにこんなに長い間会わなかったのも初めてだなと考え、そしてもう一人の幼馴染みを思い出す。あんな別れ方をしてしまって今日まで全く音沙汰のなかった僕らを彼女はどう思っているのだろうか。元気で、やっていたのだろうか。
声が出なくなってしまって、きっと沢山苦労をしたんだと思う、ありがたいことにこんな体になった僕でも声を発することはできる。そのうえで話せるありがたみというのも眠れない夜の中で深く考えたがそれを消失してしまったシャノンは、僕の知っている笑顔で過ごしていたのだろうか。
兄はああやって出ていってしまった手前、自分から彼女の話を自分からすることはなかった。それこそ旅に出て暫くは怒りが収まらない様子だったが怒りが落ち着いてからはシャノンの事を連想させられるものを見たり、彼女に似た髪色の女の子を見たりすると目に見えるほどに落ち込んでいた。それはもう見ているこちらも気が滅入ってしまいそうなほどで、けれども僕自身も彼女との別れは兄さんほどではなかったがいいものではなかったので、正直兄さんがシャノンの事で落ち込んでいるのが分かっても慰められるほどの余裕もなかった。旅にも慣れてきて少しその罪悪感も薄れてくると結局はまた怒りがぶり返したのか、結局一度もシャノンの名前が僕らのなかで話題には上がらなかった。
けれどもずっと気にかけていた、それこそ眠れない一人きりの夜に、不意に彼女の言葉を思い出してみたりリゼンブールと違ってあまり星の見えない町の夜空を見上げて、急にシャノンのあの声を聞きたくなってでもそれが叶わないのだと思い出して落ち込んだり。きっとそれは兄も同じで、言わないだけで本当に彼女を心配している。だからこそリゼンブールへ戻ることになった時もそこまで嫌な顔をしなかったのだろうしすぐに帰る支度を済ませたのだと思う。
ロックベル工房の看板が目視できる距離にまでなってきたときに家の方から犬の泣き声が聞こえてくる。おそらくは僕らの帰郷に気が付いたのであろう看板犬のデンがそろそろ出てきてこちらに駆けてくるだろう。そんな様子も懐かしいなあと思いながら夕日に染まるリゼンブールとすこし前を歩く兄さんの姿を見て、どうか今回のうちに仲直りをしてほしいと願い、僕自身も彼女と久しぶりに話したいなと思った。





「え、シャノンいないの?」


「あー、うん…丁度向こうの家に戻ってて…」


兄さんがトイレに立ったのをいいことにここに来てからずっと気になっていたことをウィンリィに問いかけた。誰も彼女の事を話題に出さなかったことから、もしかしたら僕が思っている以上に今僕らとシャノンの間には溝が出来てしまっているのではないかと不安に思ってしまったが聞けばあっさりとその答えが返ってきてホッとする。そうか、いないのかと残念に思うと同時に今日急に帰ると連絡を入れたのだから仕方がないか、と反省する。因みに兄さんは当たり前だがウィンリィからスパナ付きでお叱りを受けていた。機械鎧か精密機械であり、その製造にも修理にもそれなりに時間と手間がかかる。それを兄さんはなんのアポイントメントもなしに修理を依頼し、挙句に急ぎの注文までつけている。とんだ客だ。まずこの短期間に壊すこと自体が異例らしく、その時点で相当お冠だったウィンリィに早くても二週間はかかると言われて文句を言った兄さんはこっぴどくしめられていた。


「…二週間の間には帰ってくるよね?」


「どうだろ…」


眉を下げて困った顔をする幼馴染みの心境を諮り取れなかったのは、きっと僕が楽観視していたからだ。シャノンの気持ちを、シャノンがどんな思いでいるかを、きちんと分かってあげていなかったからだ。





 - return - 

投稿日:2017/0905
  更新日:2017/0905