炎天の灯
大丈夫だろうか、本当に一人で行かせてしまってよかったのだろうかと思ってしまったのはシャノンが家から出てすぐで、まだ窓から見えるシャノンの背中に何度も呼び留めてしまいそうになってしまったくらいだった。けれどきっと、エドたちが戻ってくるこの家にどうしてもいられなかったんだと思う。ただでさえあれ以来眠りが浅くなり、食が細くなってしまうくらいには影響が出てしまっているのだから。きっとそのことをシャノンは隠せていると思っているんだと思う。けれどもずっと見てきたのだ、それくらいの変化ならすぐに分かる。朝は三人の中で誰よりも早くに起きてくるし、ちょっとした物音で居眠りからも目覚めてしまう。あの様子ではもしかしたら夜もきちんと眠れていないのかもしれない。食は出された分は食べきるがそれもやっとという感じで、シャノンが自分自身で盛り付けた時などはびっくりするほど量が少なくなる。それを指摘してしまうのはなんだか怖くて、結局は全て見てみぬふりをして、偶にばっちゃんと相談してあまりにも眠れていない様子を見せた時は食事に睡眠薬を混ぜたほどだった。
なのに、そんな状態になってもあの子の笑顔は変わらない。
昔ほど無邪気な笑顔ではなくなったものの底抜けに明るく、キラキラした笑顔のままなのだ。それが余計に心配を誘うことをシャノンは分かっていない。けれどなによりも私たちに心配をかけまいとしているその姿に結局はなにも言えなくなってしまう。
彼らから逃げることが、少しでもシャノンの安寧に繋がるのならそうしてあげたかった。それで少しでも心が休まるのなら、逃がしてあげたいと思ってしまった。だからこそ滅多に我儘を言わないあの子のお願いが、悲しいものだとしても叶えてあげたいと思ってしまったのだ。
だが、声が出ないシャノンを一人行かせるべきではなかったのではないだろうか。
そう改めて思ったのはアルに聞かれてシャノンがいないと答えた時で、本当に心から残念そうに悲しそうにしているアルを見て引き留めるべきだったのではと、そう思ってしまった。エドも直接聞いては来ないが頻りに二階を気にしていたり、夕飯にシャノンの分が足りないのを見つけたりして、顔が曇っていた。旅に出てから偶にだが電話をしてくることもあったが、その時も歯切れ悪く何かを聞こうとして結局は聞かない。毎回そんなことを繰り返していたくせに、いざとなるとこうして口を堅く閉じてしまう。アルもどうやらエドの前でシャノンの話題を出すつもりはなかったらしく聞いてきたのもエドがいない時だったのを思い出して、どうしてこうも全員揃って妙な気を使うのだろうと思ってしまった。けれども紛れもなくその中に私自身も含まれているのだから何も言えなくなってしまう。シャノンの普段を知っている身としては尚更、首を突っ込むことを躊躇してしまう。だってあの子が本当に笑えなくなってしまったら、本当にどうしていいかわからないし、怖い。
足の機械鎧を壊して帰ってきたエドは代わりのものを付けているせいで動きが随分とぎこちなくなっていて、それが今の状況のようで喉に大きな塊が詰まっているような苦しさを覚える。やけに歪な形のそれはただでは喉の奥に流れていかず、吐き出そうとした言葉を道ずれにしていく。
一人で、もしかしたら私たちの目がないからって食事をさぼっているかもしれない。眠ることを諦めてぼうっと座り込んでいるのかもしれない。いつ帰ってくるとも言わなかったシャノンにそれだけでもはっきりと聞くべきだったと後悔が襲う。賢い子だから、きっと機械鎧の専門知識は私ほどないとしても、どれだけ時間がかかるかなんて簡単に分かってしまうだろう。しかも詳しくエドのオーダーを知らない訳であるので、その分長く見積もってもなんら可笑しくない。あの様子では彼らに会う気はないようであったしその間ずっとそんな生活を一人でさせてしまうなんて、そんなの私の方が耐えられそうにない。そこまで思い至って、ハッとする、いけない、手が止まっていたと修理の手を動かす。
「ウィンリィ、ばっちゃんがお茶入れてくれたよ」
「あ、ありがとうアル」
考え事をしていたせいですぐにノックの音に気が付けたので振り返って返事をすればもう随分と見慣れてきたアルの姿が扉を開ける。がしゃんがしゃんとアルが近づくにつれてダージリンの香りが届いて肩から力が抜けるのが分かった。
「どうぞ」
「どうもありがとう」
「ごめんね、今度はもっと早くに連絡するようにするから」
「あんまり期待はしないでおくわ」
受け取った紅茶を一口飲んでふぅ、と息をつきながらきっと今後もこうなるのだろうとため息を混ぜてしまう。腕はまだ大丈夫そうだったため今回はメンテナンスだけで済ませたが、表面はこの普通は短期間で付かないような傷でいっぱいだった。今回の足の故障も外的衝撃が加わったものによるものだと壊れ方を見ればわかる。危ないことをしないでほしいと思う反面、けれどそれを口にしては彼らの妨げになってしまうのではないかと思って結局は言えなくなってしまう。ほんと、意気地なしだ私は。
去ろうとしないアルに切りはいいからこのまま休憩にしてしまおうと椅子を進めれば少し迷った後に腰を下ろした。大きな体になってしまったアルには窮屈そうではあったが中身が空であるから椅子自体はすこし音を立てただけで問題はなさそうだ。
顔が分からない分、気が付くのに遅れてしまったが恐らくは私に話があるのだと思う。彼の纏う雰囲気や言葉尻でそれを捉えられる程度には付き合いも長いのだとなんだか安心してしまった。アルは、アルだと改めて実感できたからかもしれない。
投稿日:2017/0905
更新日:2017/0905