酸素に溺れる
――――兄さん、僕シャノンの所に行ってくるね――――は?
――――今丁度向こうの家に戻ってるんだって、だから行ってくる
――――…そうかよ
――――……なにか、伝える?
――――、いらね
今朝の会話を思い出しながらため息をつきたくなってしまったが生憎、この体ではため息を吐き出す口も肺もない。声だけではぁ、と音を出すのがため息に一番近い行為だったのでそれをしてみようかとも思ったがやめておいた。
兄さんの気持ちだって分からなくはない。けれど兄さんよりもずっと考える時間が与えられていた僕は、シャノンのことを兄さんよりもその分ずっと、消化できていた。どうしてだとかなんであんなことをだとか、聞きたいことだって沢山ある。けれど、それを聞くのは僕らの体が戻った後、彼女の声が戻った後に直接彼女の声で口で聞いたらいいと思った。
兄さんだってシャノンのことをどうにかしたいと、なんとかして声を戻してやりたいと思っているというのは調べている物を見れば分かる。直接兄さんと話し合ったことはないが僕と兄さんのシャノンに対する思いはきっと種類は同じなのだ。ただ、兄さんの方がその複数ある感情の中で怒りや罪悪感が軒並み高いせいで今朝のような反応をしているというのだって理解はしているのだ。
でも、やっぱり理解はできてももやもやはしてしまう。前の様に四人で過ごせないのだろうか、せめて旅の合間の僅かな時間でもあの頃の様に過ごしたいと思う僕は、甘いんだろうか。
旅をすると決めた時に覚悟を決めた、もう簡単に戻ってこない様に、そして同じことが二度と起こらない様にと家を焼いた。でも、でも、少しくらいいいじゃないか。
今度こそ“ため息”をついてシャノンへ渡してとウィンリーとばっちゃんに渡されていた荷物をなんとなく一瞥して少し緩んでしまっていた歩みを叱るように進めた。
そういえばこの村にくるのも随分と久しぶりな気がする。年に一度小さいお祭りを開催していて、それに兄さんとそれと母さんと来たのが恐らく最後だ。もうずっと前だからなのかそれともそもそも訪れた回数が少ないからか殆ど知らない場所の様に思えてしまって、けれども雰囲気はリゼンブールにも似ているから妙に落ち着いてしまって複雑な心境を覚えた。
向こうを出る時に昨日くれた地図だけでは心配だったのかウィンリーがシャノンの家の特徴や駅からどう向かうかなどを教えてくれたのだが間違わずに進んでいるのだろうか。地図ではもう少しでつくと思うのだが、と思ったときに壁が白く屋根が緑色の低い家が目に留まる。聞いていた特徴と、ぴったりだった。
ここにいるのか、あの子が。そう思うと少しだけ怖くなる、なんだかんだいって兄さんとああいう別れ方をして、僕は彼女に一言も告げずに兄さんとリゼンブールをでていったのだから当然だった。緩んでしまっていた歩調でも、それでもゆっくりとだが進んでいく。とうとう扉の前に付いた時にはない筈の心臓がドキドキと煩い気分で、風で揺れている木や草の音さえ遠ざかった様になった。ひとつ、息を吐く。ここでこうしていたってしょうがないのだ、ずっと気にしていた彼女との再会だ、嬉しいという気持ちだって絶対にあってその思いを強める様に一度拳を握ってみる。
よし、と小さく呟いてベルを鳴らす。高い呼び鈴の音が空気を震わせて、少しだけ空洞の体にも響いたようなそんな気がした。
「ひ、久しぶり」
「………」
心を決めてベルを鳴らしていたはずなのに、声が変に裏返った。玄関を開けたシャノンは驚きのせいかポカンと口を開けてしまっていて、無意識にその口の中をジッと見つめ、舌がないという事実を確認して勝手にズキリとどこかが痛んだ。けれどそれ以上に久しぶりに会ったシャノンが見違えていて驚いてしまった。どちらかというと溌剌とした雰囲気を持っていた女の子が、どこか儚い空気を孕んだ女の人に代わってしまったようなそんな衝撃を受けた。それもこれも、きしゃな体と白い肌、薄らと浮かぶ目元の隈のせいかもしれない。ドアノブを握る腕など怖いくらいに細い。
これは、ウィンリィの心配も納得だった。同時にどうしてこんなにも色々と荷物を持たせてくれたのかもすべて納得した。
沢山言いたいことがあった、沢山聞きたいこともあった、けれどそれよりもまずは。
「ねぇ、シャノンご飯食べた?」
相変わらずポカンとしたままの彼女を置き去りに、お邪魔しますと断ってから家に入らせてもらった。とにかく持たせてもらったものを彼女に食べさせなくては。
投稿日:2017/0905
更新日:2017/0905