酸素に溺れる

掃除でもしていたのか髪に埃が付いていたり頬に黒いすすのような痕が付いていたシャノンを押し込むように浴室へと向かわせて一息つく。それよりも顔色が悪く少しでも温まってほしかったというのが本音だったのだがそれはなんだか指摘してはいけない気がして急かすように着替えを取りに行かせて、そのまま浴室の方へと向かわせた。
驚きから戻って来れていないままだった彼女は僕の言いなりになるままで少しぼぅっとしていたようだったが大丈夫だろうか。
少しして水の音が浴室から聞こえてきたのでやっとホッと息をつき、そして我に返るようにして一気に緊張がぶり返してきた。だって、本当にこうして面と向かって会うのは久しぶりだったのだ。
それこそあの日、ベッドの上で眠っていた彼女が最後だった。兄さんが殴った頬に大きなガーゼを貼って、小さい彼女の顔が覆われていたあの時だった。こっそりと眠れぬ体を彼女の病室に運んでこっそりと彼女の寝顔を見て、そうして僕は出ていった。眠れない夜にシャノンを訪ねてしまうのは頻繁ではなかったが稀にあり、その理由は彼女の部屋に灯りが点っていることが多々あったからだ。尋ねる時は決まって机に向かっていて、なにか本でも読んでいたんだろうとは思っていたが、もしかしたら錬金術の勉強をしていたのではと気が付いてしまったのはウィンリィが口から血を流しているシャノンを背負って僕らの家から出てきたのを見た時だった。夜に彼女を尋ねる時にこんなに無機物の様に息を殺したのは初めてで、そして僕の侵入に気が付かずに眠る彼女に勝手なことに少し絶望したのを覚えている。物の様に生きている音のしない僕に気が付いてくれないなんて、と理不尽にも思ってしまったのだ。寝顔を見ながら、どうして、なんでと何度も心の中で問いかけた。痛み止めの副作用なのか、深く眠るシャノンの顔は頬に張られたガーゼ以外は普段と何ら変わらなかった。でもそれがなんとなく救いなような気がして、そうしてまたひっそりと僕はその場から失せたのだ。だから本当に、こうやって会うのは気まずく、嬉しく、そしてどうしようもなくどうしていいのかわからなくなってしまう。
けれどまぁ、無理やりではあったかもしれないけれど家に入れてくれただけでももう十分かもしれない。玄関先で僕が家に入ろうとしたとき、無意識だとは思うがそっとシャノンが身をよけてくれたのに僕は気が付いていた。招き入れるというほどではなかったがそれでも僕の進行を妨げない様にしたようには見えた。
望み過ぎてはだめだ、昔の様に、それこそウィンリィと同じようにシャノンに普段の日常を求めてはダメだというのは分かる。だってあの出来事を無視してそんなこと出来るわけがない。それを隠してなかったことにもできるのかもしれないけれどそんな悲しいことは出来たらしたくない。きっとお互い痛いだろうしそこまで僕らは大人じゃない。でも、どうするべきかまだ考えが纏まっていないせいでそのまま”普段通り”に接した僕は子供らしくもないんだと思う。

考えすぎても良くないか、と思考をぶっつりと切って食事の準備を始めてしまおうと鞄を開く。魔法瓶に入れられたなにかとビンごと渡された濃度の濃そうなどろりとしたブドウジュース、恐らくパン屋で買ったのであろうクッキーと後は追加の着替えと数冊の本とペンとメモ帳。食料以外は自分が触れるものではないだろうと手早く机の上に並べていき鞄を閉める。勝手にうろうろするのも悪いかと思い鞄はそのまま居間の床に、邪魔にならない様に置かせてもらった。少し迷って、キッチンを使わせてもらうことにする。顔色の悪かったシャノンを思い出して、ジュースは温めておこうと思ったからだ。



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投稿日:2017/0905
  更新日:2017/0905