酸素に溺れる

「ああああ、大丈夫かなぁ…」


「あんたそれ何回目だい、ちゃっちゃと手動かしな」


「だってさぁ…はぁ」


言われたとおりに手を動かし始めたはいいがどうにも集中できていないのか螺子を閉め間違えたり部品を落としたりとばっちゃんが呆れてため息を零すほどだった。
私の言葉の通り、アルはシャノンの家に行く気になってくれたのか昨晩のうちか今朝早くなのかは分からないがエドに許可を取ったらしかった。朝ご飯を用意していたばっちゃんにその旨を伝えたらしく、急いでばっちゃんがおかゆを作りアルに持たせていた、ついでになぜもっと早くに言わないのかとアルがすこし怒られていたのは余談だ。そのうち持っていっただけの服では洗濯が大変なのでは、だとかメモが足りるか本でも持っていったらと気が付けば大荷物になってしまったのが申し訳なかったが微塵も減らすつもりはなかったので口だけではアルに謝っておいた。
行ってきます、と昼前には家を出ていったアルを見送ったのは私とばっちゃんだけで、エドはというと居間でぐーすかと寝ていた。特に言及があったわけでも態度がムッとしたものになっていた訳ではなかったが、シャノンのことに関しては昨日同様なにもアクションをみせなかった。それどころかアルからシャノンの話を聞いただろうに昨日よりもくつろいでいる始末でそれに少しだけイラッとした。エドなりに何かをかんがえているのは分かっているつもりではあるけれど、どうしても妹贔屓になってしまうのはしょうがないだろう。それもずっと、ずっと苦しみながら毎日を過ごしているのを目の前で見てきている分思いも膨れてしまう。
コロンと螺子が机を転がっていってそのまま床に落下してしまって、遂にぶっつりと集中力が切れてガン、と額を机にぶつけた。ああ、どうしようアルを向かわせたはいいけど余計に気を使うようなことになってたら、どうしようシャノンが泣くのをまた我慢していたら。でも一人でいさせて眠るのも食べるのも怠るのは目に見えている、あれ以上痩せてしまったら貧血で倒れかねないしあっちの家で倒れでもしたら最悪だ。シャノンがなにか物を口に入れるだけで疲れてしまうという事情も分かる。食べる飲み込むという行為において舌と言うのはその大半の役割を担っているのだ。それが無くなってしまっては水一つ飲むにしても一苦労で、吐き出すことだって少なくはない。だからなるべく少量でも高カロリーのものを食べさせようと四苦八苦しているのだが、これがなかなかに難しい。


「うぅう……」


「ウィンリィ、一旦お茶入れて来な」


「えええ」


「そのままやったってまたすぐ壊れるようなもんしか出来ないよ」


「はぁい…」


長時間座ったままだったため体が凝り固まった様にぎしぎしとする。うんと伸びをすればどこの骨か分からないが音が鳴り、「年寄り臭いよ」とばっちゃんに言われてしまう始末だった。グローブを外して両手を閉じて、開いてを繰り返していくとじんわりとほぐれていくような感覚がある。


「紅茶でいい?」


「任せるよ」


こちらを振り向きもせずに手を進めるばっちゃんに相変わらず凄いスピードで仕事を消化していくなぁと感心しながら部屋をでる。機械鎧の匂いに慣れていた鼻が、先ほど干したばかりだった洗濯物の洗剤の匂いを普段以上に嗅ぎ取る。こういう時の匂いがなんとなく好きだとシャノンと話したこともあったなぁと思い出してしまい、また気分が少しだけ重たくなる。
上手くいかないことばかりだ、あの頃の様に四人で笑い合って過ごした日々がもう随分と遠い日になってしまった。
もし、もしもお母さんが今の私たちを見たらなんていうんだろうか。エドとアルのお母さんはなんていうんだろうかと思ってしまった。昔はよくエドと私で喧嘩をして、お互いにお母さんに怒られて。「ちゃんと謝るのよ」と優しい声で諌められて謝って、そして次の日には何事もなかったようにまた遊んでそのうちまた喧嘩して。くだらないくらいに平和で暖かくてそしてかけがえのないあの頃がこんなにも遠い過去になってしまっていて、少しは私も大人に成れたのだろうかと、今に飾ってある写真が目に映った時に思った。
大人に成れば、お母さんの様に喧嘩の仲裁だってあんな風に簡単にできるようになるのだろうか。いったいそれはいつなのだろうか、いつかを待てるほど悠長にしていられないけれど、大人になったからこそこんな風に拗れてしまっているのかもしれないと思ってしまったらもうどうしようもなく胸が痛んだ。


 - return - 

投稿日:2017/0905
  更新日:2017/0905