自己犠牲の快楽

シャワーから上がってきたシャノンの顔色が少しよくなっているのを見て心底ホッとした。シャワーにしては少し時間がかかっていたので途中で心配になったのだが声をかけるのも渋られて、そわそわと待っていたのだが何ともなかったようで安心した。シャワー前に顔色の悪いのを見ていたせいで余計にそわそわとしてしまったが杞憂だったようだ。


「はい、こればっちゃん達から持たされてたんだ」


そういって先ほどまで鍋で温めていたジュースをいれたマグカップを渡す。受け取る前になにやら手をパタパタと動かした様子をみせたシャノンを不思議に思うも、ゆっくりと口を動かして「ありがとう」と象ったそれを理解してどういたしまして、と告げる。それにしても、随分痩せてしまった。元々細くはあったが、病的とまではいかないが健康的とは程遠い。少しだけ母さんを連想してしまった。

無言のなか、こくり、こくりとゆっくりとマグを傾けるシャノンはとても小さく、見ていて不安を感じるものだった。見ていたことに気が付いたのか、不意に彼女の目がこちらを真っすぐに向く。それにハッとしてけれど暖かな色は相変わらずのその目を見ていると、ああなんだ変わっていないんだなと思ったのも確かで。


「…元気だった?」


がらんどうの体から、反響する声でそう問いかける。くぐもって聞こえる自分の声にも随分慣れて、きっとその間にシャノンも声の出ない生活になれたのだろうと思う。だからこそ机の上からメモ帳とペンを自然に手に取り、慣れた様子で新しいページに文字を連ねるのだ。


『元気だよ、アルは?』


「うん、僕も元気だった」


はたしてこんな体でいながら元気かどうか、そう言う問題でもないのかもしれないけれど兄さんとの旅は大変ながら慌ただしく、辛いこともあったけれどそれ以上に新鮮で、楽しかった。夜に一人でいると負の感情が襲い掛かってくることもあるけれど、心から大声で笑ったことだってあったし、知らない景色をみて綺麗だと感じた事もあった。全てが新しくて、それを知る時間が多いお陰で明るくいれたことも確かなのだ。
シャノンはどうだったのだろう、本当に元気だとそういえるような日を今日まで送っていたのだろうか。前と変わらずにウィンリィとばっちゃんとリゼンブールで過ごし、前と変わらずに毎日を生きている。声が出なくなったことは大きなハンデだけれど、リゼンブールの人は皆優しくシャノンに接しているだろうことは分かる。だけれどきっと、僕以上に沢山の時間、考える時間が持ててしまったはずだと思う。それはこの体になって兄さんが国家資格を取るまでの間、ここで過ごしていた僕だからこそ分かる。怖いくらいに時間の流れが遅く、答えの出そうもないことを永遠と悩み続けるのだ。深みに嵌ってしまうと体力すら削られていくようではあったけれど、この体ではそんなことも無く疲れもしない頭はずっと考えを巡らせることが出来た。
ウィンリィもいて、ばっちゃんもいて、シャノンもいて普段通りのリゼンブールだけれど、だからこそ変わってしまった自分を浮かび上がらせて決して馴染ませてくれないような感覚があった。久しぶりに帰ってきた故郷はただただ温かくて、ああ帰ってきたんだなという安堵感や懐かしさを感じるだけでそんな悲しいことは微塵も思わなかったけれど、あの時感じたそうした孤独感は嘘ではなかった。
だからこそ心配でもあったのだけれどそれをどう言葉に表現していいのかが分からず、結局お互いに曖昧に元気だと笑い合うに留めたのを、向こうも感じていたのだと思う。




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投稿日:2017/0905
  更新日:2017/0905