移ろう少女

最近往診を始めた母子家庭の家がある。この所出てきた流行り病、それにかかった母親。母親は気さくで明るく、まるで病気とは無縁そうな健康的な笑みを浮かべる人だった。自覚症状がなかったのか、それは定かではないが最初に連絡をくれたのは母親ではなく娘の方だ。


「えっと…お母さんが元気なくって、お医者さん行ってって言っても大丈夫だっていうばっかりで…えっと…」


幼いながらもしっかりと芯のある凛とした声に微かに震えを感じた。電話を受けたときには驚いたものだった、随分しっかりした子供だと。恐らくは家の娘とそう変わらないだろう年頃だろう。そんな幼い子が、こうやって母親を心配して一人で電話をかけてくるなんてと感動まで覚えた。
母1人子1人。そんな環境で母親の元気が無いとなれば不安にならない子がいない筈がなかった。それでもきっと、こうやって行動に移せる子なんて滅多にいないだろう。取り敢えず初診だった為状態も分からないのでまずは私だけで行く事になった。流石に電話であれだけ不安そうな子供を放ってはおけそうになかったのだ。今だからこそ思う、子供の杞憂であればよかったと。





____コンコン
リゼンブールからさほど遠くもない街で、リゼンブールに劣らずの田舎。1番近い医者がうちだったのだろう。確かにこの村では医者の名前を聞かない。


「はーい!」


受話器から聴こえたあの耳に残る凛とした声がして、何故だか分からないけど少しだけ緊張した。無意識に背筋が伸び、喉がコクリと上下する。


「こんにちは。医者のロックベルです。あなたが連絡をくれたのね?」


出迎えてくれた子に目線を合わせる様に膝に手をつき、彼女を見る。私が想像していた雰囲気と少し違い、少し拍子抜けした。てっきりもっと不安な顔をしていると思っていたのだがその顔は幼さを十分に備えていて、リゼンブールにいる子供たちとなんの雰囲気も変わらなかった。明るい茶色の髪にピッタリの明るいオレンジ色の瞳をくりくりさせ人懐こい笑顔をしているその子は、私が待っていた医者だと分かると余計に笑顔を眩しくさせた。


「あ、こんにちは!来てくれてありがとうございます!」


そういってぺこりとあどけなくお辞儀までして。年相応に可愛いが、こういうところがしっかりしているなと思わされる。間違いなく、電話口で芯を感じさせたその声だ。自宅でグズグズと泣きながら待っているだろう自分の娘を思い出してああ会いたいなぁと反射のように思ってしまった。


「お客様ー?」


その時家の奥から女性の声がした。すぐに少女の母親だとわかったこは凛としていてスっと耳に馴染むような温かい声だったからだ。声は母親譲りなのねと、なんだか笑顔になる。


「あら、どちら様?」


女性は青瞳に長い黒髪をもつ落ち着いた感じの雰囲気で、少女との色の余りの違いに正直驚いた。見た感じではいたって健康そうではあるが確かに、よくよくそういう目で見れば少しやつれて見えなくもない。それ以上にこの女性の雰囲気のせいか、そんな風に見せないなにかがあった。


「はじめまして、ロックベルという医者です」


「お医者さん…」


私の医者という単語に不思議そうな顔をした彼女。が、次の瞬間に私は落ち着いた感じに見える彼女の容姿は失礼だが詐欺だな、と思わずにはいられなかった。


「………ごらぁ!こんの餓鬼!」


いきなりグワっと歯を剥き出して隣にいた少女の頭を鷲掴みその青い瞳もキッと釣り上げて怒鳴ったさっきまで美人だった母親、思わず一歩後ずさってしまう。


「だ、だって最近具合わるそうなんだもん!昨日も夜起きてしんみり月眺めてたの見た!」


「あんたって子はなんでそんな時間まで起きてるの!そして何こっそり見てるのよ!というよりそんなプライベートバラすんじゃないの!普通そう言うシリアスシーンは見なかった事にして言わないもんでしょう!」


「痛い痛い痛い痛い!ゆ、指食い込んでる食い込んでる痛いよっ!」


「全く、大丈夫だって言ってるのに……なんだかすいませんサラさん、見苦しいとこまで見せちゃって」


呆然としていた私だったが名前を呼ばれたことによりハッと反応できた。


「あ、いや全然………ふふふ…」


「…あの…サラさん?」


急に笑った私に思ったよりもお互い子供っぽい2人は目をパチパチさせる。確かにこんなに元気な母親が夜にしんみり月なんてみていたら心配かも知れない、なんてまた失礼なことを思ってしまう。それにこういうタイプの人ほど、自分には優しくない人だ。いままで医者をしていて学んだことの一つである。


「まぁ折角娘さんが心配して電話くれた訳ですから…診察させて下さい、ね?」


それが彼女達との出会いだった。





 - return - 

投稿日:2017/0905
  更新日:2017/0905