移ろう少女

数ヶ月が経った、あっという間だった。

ロックベル家は私を本当の家族の様に迎えてくれて、お義父さんもお義母さんも私を娘として、ウィンリィお姉ちゃんは妹として、ピナコばっちゃんは孫として接してくれていた。
私はこの人達が大好きだ。この人達が私にくれた幸せは大き過ぎる位で。お姉ちゃん、お義父さん、ばっちゃんは私が今まで知らなかった存在の暖かさを。お義母さんは私が無くした暖かさを。お母さんは私のなかで大きな存在である事は変わらないけれど、私が生きていればお母さんも幸せだよって。あのお母さんなら言う気がして、私はお母さんが好きな声で笑う。そんな私の声と笑う顔を皆も好きだと言ってくれる。前よりも、笑うことが増えたのは決して気のせいではないだろう。こうやってお母さんを失ったことを過去にしていくのが怖いと思ったこともある、自分は忘れてしまうんじゃないかって恐れたこともある、薄情何じゃないかと不安になったこともある。けれど、そんなことないと、自分の中でお前のお母さんは生きているだろうと、お義父さんが言ってくれた。そんな悲しいことを言うほどあなたのお母さんは小さくないわよ、なんて茶化しながらお義母さんが言ってくれた。なんて素敵な家族なんだろうと、だから自分もこの人たちに幸せを貰った以上に返したいとそんな風に思っていた。
そんな数ヶ月経ったある日。私が来てからのお義母さんとお義父さんは2人揃って出かけることを避けていた様だったのだが、その日は避けようがなかった。


「…ぐんじんさん?」


青い服を着ている見慣れない人達と聞き慣れない仕事の名前。
ぐんじん。2人は少し苦しそうな顔をして玄関に立っている。お姉ちゃんがワンピースの裾をキュッと握って何かに堪えるように2人を見上げている。心臓がいやな音で身体に血を巡らせる。その筈なのに私の手は冷たい。冷たい手、何故だかあの時離したお母さんを思い出させた。途端に自分が酷い娘になった気持ちにまでなってしまう。いま、すごく怖いことを考えようとした気がする。
私たち2人の頭の上に温かいお義父さんの手が乗った。


「いってくるな。2人共、いい子にしているんだよ」


私たちはいってらっしゃいを言えなかった。泣きそうな姉の震える肩をぼんやり見つめることしかできなかった。そしてとうとう、2人の代わりにあの青い服の人達が、2人は死んだと言う知らせを運んで来たのだ。







二人は病気じゃなかったのに、怪我をした人を治しにいったのにどうして死んでしまったんだろう。


「…ヒック…ぅ、お母さ…お父……ぅう…」


お姉ちゃんがずっと泣いている。こんな顔、初めて見た。いつもニコニコ笑っている人だから、なんだかその顔が余計に目に焼き付くようだった。

泣いている?悲しいからよ。
悲しいから?2人は待っても待っても帰って来ないからよ。
帰ってこない?もう死んだのだから。
ぼーっとした意識。自分の周りに薄い水の膜がはってあるみたいで息苦しい。思考が、心が頭がじんわりと鈍っていく。

私のせいだろうか、ぼんやりした頭で思ったのはそんなことだった。だって、こんなの。自分が疫病神だとしか思えない。絵本で読んだことがある、人の幸せを食べて不幸を吐き出す悪魔のお話。あの悪魔は最後、退治されたんだっただろうか。自分のせいで、ここにきてしまったから、こうやって人の幸せを飲み込んでしまって。可笑しいな。私は2人と、お姉ちゃんとばっちゃんを幸せにしたくって笑っていたはず。そう思って、やっとここにいていいんだって心が落ち着いたと思ったのに。私は幸せだった。だから笑えた。それでその分、お返しをしたかったんだ。お母さんにできなかったから、今度は間違えないようにって思って、それで。
私は不幸を吐き出していたのだろうか。


「なんで……」


自分のよく通る声はお母さんが好きだと言ってくれた筈だったのになんだか無力の象徴の様に思えてしまった。声には出さず口を動かすだけで"死んだ?"と言ってみた。すると途端に内側から何かがせりあがってくるような感覚がして…
ああ、あの時と一緒だ。でも、縋って泣く人はいない。そりゃ、大人になるにつれてそうやって人に縋ったりしないで自分の足でしっかりと立つんだとお母さんがいつか言ってたけど、もうその時なんだろうか。色々な感情を抑え込むようにしていると比例して握る拳が強くなって爪が食い込む。いたい、いや、痛くない。こんなのへっちゃらだ。そうやって言い聞かせる。誰でもいいから、早く私を退治してくれないだろうか。
そんなことをぼんやりと考えていた時に、またあの時のように私は包まれた。あの時よりもずっと小さくて、でも同じぬくもりに守られるようにして包まれる。


「……だ、大丈夫、私にはあんた…がいるもん…大、丈夫…1人…じゃ、ないから…」


嗚咽混じりのお姉ちゃんの言葉は私のせいだと思いはじめていた私を呆然とさせた。


「私が…この家に、来たせいかもしれな」


「なんでそんなバカなこと言うの!?」


後ろから抱きしめられていた私の肩をぐるっと自分の方に向けたお姉ちゃんの目は怒りと悲しみでいっぱいだった。きっと、幼かったんだと思う。今の私なら絶対に思っていても口に出せないようなことをこの時はあっさりと口に出してしまっていた。けれど本気でそんな風に思っていたのも確かだった。退治されるならばこの優しくて美しい姉がいいとそんなふうに思っていた。感情で震える声はそれでも怒るように真っすぐにぶつかってくる。


「そんな訳あるわけないでしょ?!そんな訳……なんでそんな悲しいこと言うのよ…。あんたは私達を…幸せにしてくれるんでしょ…?私の妹なんだから自信もちなさいよ!」


私の、いもうと。
ばか!と言ってまたぼたぼたと大粒の涙を落とす淡い青い目に、そこから伝わる感情に自分の気持ちが振るわされるのを感じた。人の気持ちは移っていくの、悲しいのも嬉しいのも。そうやって教えてくれたお母さんの言葉を思い出す。いま私に入り込んできているこの感情はなんなんだろうか。そしてあの時と同じように、縋るように姉に抱き付いた。そして今度は縋られる様に抱き返された。あの時の様に大きく包まれる感覚なんてなかったけれど、この抱擁があれば生きていけると本気で思った。この腕のために生きていこうと、この腕に退治されるまでは笑顔でいたいと願うように思った。
涙は、でなかった。



2014.8.24

 - return - 

投稿日:2017/0905
  更新日:2017/0905