愛は害した
途中で適当に花を摘んで、その近所のおじさんに声をかけてもらったりと普段通りに墓地に到着した。普段と違うのは隣に人がいることと、分厚い本を持っていることくらいだ。気持ちがいいくらいに晴れた天候のお陰で長閑な風がからりと空気を温めている。エドとアルのお母さんのお墓も、随分前にこの場所に馴染んでしまった。前は墓石が新しくて白く見えたのに今ではそれもない。中ほどにあるそこに案内するようにゆっくりと歩みをすすめ、昨日来た時に供えていた花が少し元気をなくしているのを見て、それを回収する。持ってきていた4本の花のうちの一本を置き、普段よりも早く立ち上がる。花を一本、彼に差し出す。メモが無くても分かるだろうという私の想いはゆっくりと持ち上げられた手がしっかりと花を受け取ってくれたことで安堵を得て、静かにその場を去る。ゆっくりと話すことは沢山あるだろう、そこに私はいない方が良いのは分かる。残った2本はお義父さんとお義母さんに。二人のお墓は隣に並んで立っていて、その間にいつも座っているせいかそこの草だけ最近元気がない。お義母さんの方に供えていた花は風で飛ばされていたらしくお義父さんの墓に引っ掛かるようにして萎えていた。それらも回収して、新しく花を添える。枯れかけてしまった花を見た時、最初はなんて生産性のないことをしているんだろうなんて思ったこともあった。生きている花を殺して、死んでしまった人に備える。次の日には萎びているか風で飛ばされているかのどちらかだ。放って置くと墓を囲っている柵にでも引っ掛かってそこで腐っていくんだと思う。それでもここに来るときはどうしても花を持ってきてしまう。母の墓はここ程頻繁に来ることはないので別段花を持っていく事に違和感も罪悪感に似た気持ちも持たないのだけれど、日課のように来ているここではどうにも考えてしまう。習慣になっているというのもあるのだろうけれど手ぶらでここに来ることがどうしてかできない。花を手向ける理由を持ってここにこなければいけないような気がしてできないのだ。そして、この萎びてしまった花を持って帰り、庭に開けた穴に埋めている。庭に植えている他の花や野菜の肥料になるからと言い訳の様にして隠すようにしてそっとその花を埋めるのだ。まるでお墓だと自分でやっておきながらそんな風に思った。花葬、それとはまた違うけれどこれもそう呼んでもいいのかもしれないなんてそう思いながら、とくに深く感情を抱くことなく今日もまたこの花をその穴に横たえるのだろう。
そっと、普段の場所に座り込む。本を体育座りをした腹と足の間に滑り込ませて抱え込むように膝を抱く。背表紙が少し腹に刺さるように重たかったがそこまで気になるものでもなかった。二人の墓の間、なにもない場所をぼうっと眺める。まるでこの場所に私しかいないようだ、それこそ普段と同じように。けれど一つ後ろの列にはエドとアルの父親が、その奥さんを参っている。気にならない訳じゃなかったけれど私が介入すべきことではない、見るべきでもないし聞くべきでもない。
ここにいる時間は日によってまちまちだ。昨日はすぐに帰ったし、その前の日も天気が悪くて長居はしなかった。確かその前、一昨日は数時間はぼうっとしたままここにいたと思う。つらつらと考え事はしていたけれど例の如く答えの出そうにないことを只管考え続けるだけのそれだ。ずっと私は、この二人に甘えっぱなしでいる。偶然通りかかった町の人に声をかけられ、促されて帰る日もあれば天候が悪くて帰る日もある。ばっちゃんと勉強を長くするために家にこもりたい日だって早く帰るし、他に用事があれば花を添えて帰る日だってある。私の都合で勝手気ままにここに来ている、ばっちゃんは墓参りとはそういうものだと言っていたけれど少し釈然としないのも確かだ。いつか私はここに来なくなる日が来るんだろうか。謝っても謝り切れない、償いきれないだろうことを二人に押し付けてしまっている手前、もしそんな未来が来るのであれば未来の自分が怖くて仕方がない。けれどやっぱり人間は薄情だからそうなっている可能性だってゼロじゃないのは私が一番よく分かっていた。実際、この町を出ていけば毎日来ることなんてできなくなる。きっと代わりに向こうの町で、母のお墓に足を向けることになる。
そうする未来で、私はどう感じているんだろうか。“ここにいる人達”にこそ、謝り続けなければならないのに。だから未来を怖く感じる人がいるんだろうか、不安に思う人が多いんだろうか。変わっていく自分に心がついていかない気がしてなんとなくうやむやにしているだけ。
膝を抱えていた腕に顔を埋める様にして隠す。こうするとなんだか自分の世界がとても狭く、誰とも触れ合わないような感覚を覚える。ぬるま湯のように自分の体温と吐いた息によって温められた薄暗い世界は、きっと私が逃げ込みたい世界なんだろう。
投稿日:2017/0905
更新日:2017/0905