愛は害した

エドワードだ、そう気が付いた時には体が硬直していた。話など耳に入って来なくてどうやらあまり嬉しい再会にはなっていないようだという事くらいしか分からず、辛そうな顔をするエドを見ていると呼吸が辛かった。本当に久しぶりに会った、遠目ですら見かけなかった。咄嗟に思ったことは気が付かれてはいけないという事だった。こんな状況でも私は彼と正面から向き合える自信が持てず、どんな風に接すればいいのか分からないままでいた。どれだけ時間をかけて考えていても答えなどなかったのだ、それが急にこんなことになって、なんてアルの時と同じような事を思っている時点で私はとても卑怯なんだと思う。甘ったれた自分がこれ以上ないくらいに嫌いだ、そう思いながらも息を殺すようにして彼をジッと見つめる。背が伸びた、髪も長くなった。きゅう、と足を自分に引き寄せる。間に挟まれたままの本はとうに私の体温と同じになっていた。どうして私は声を聞いた時点でエドだと気が付かなかったんだろうか、そうであればこんな風に振り返りもしなかったのに、だってきっと、私に会ったらエドは。


「(あ)」


不意にこちらとぶつかった視線。真正面から向き合ったのはあの日以来だった。途端に見開かれたエドの眼に、歪んだ表情。ああ、やってしまったと苦しくなって死んでしまいそうだった。やっぱり、会いたくなかったんだろうとその顔から伝わってくる。エドにとって、きっとアルにとっても私は辛い思い出をぶり返し蒸し返し爪を立てるだけの存在でしかない。まだ癒えきってもいない傷跡に塩を塗り込んで痛みを感じさせることしか、私にはできないのだ。ああ、やっぱり会ったらなにを言えばなんてそもそも問題外だったのだ、そういう話じゃあなかった。
つよく消えてしまいたいと思った、エドとアルの記憶から私と言う凶器を消してしまってと誰にか分からず願った。こうやって偶然に会ってしまっただけであんな表情をさせてしまう私など死んでしまえと本気で思った。

気が付けばエドはいなくなっていて、目の前に彼の父親がしゃがみ込んでこちらを伺っていた。それに気が付いたのは目の前にエドそっくりの色の眼が入り込んできたからだ。ハッとして慌てて立ち上がろうとするも、どうやらすっかり腰が抜けてしまったようで立ち上がることすらできず、ぐしゃりと潰れる様に地面に落ちた。


「立てない?」


茫然としつつも頷いて答える。顔が、上げられない。とてもじゃないけれど冷静ではないのだと頭の端でそう答えを出す。少し擦りむいた手の平の痛みが温く感じる。押しつぶされそうなほど、心臓が痛い。拍子におちた本がずるりと滑って地面に横たわる。途端に涼しくなった腹のあたりにまるで何かの臓器が体から抜けたような感覚を感じたがそれは単なる願望でしかない。ひゅ、と細い息が漏れる。
そして手の平の痛みが一番鋭利になってきたのを感じてようやっと頭を動かしてみる。そうして罪悪感と自己嫌悪に塗れていく。
無責任に、なにが死んでしまいたいだ。そうすることで悲しんでくれる人がいることだって分かっている癖にそんなことを無意識に思った自分の薄情さと軽薄さに愛想が尽きそうだった。そう考えができてやっと、ああ落ち着いてきたと判断を下す。
決して短い時間ではなかっただろうその間、彼はジッと黙って待っていてくれた。無理に立たせようともせず、何か問いかけてくる訳でも無くただ目の前で黙って見守っていてくれた。素直に有難くて、嬉しいと思えた。謝り倒してしまいたいくらいだったけれどそんなのは自己満足に過ぎないことだときちんと頭で考えられる。自己嫌悪も罪悪感も、それを表に出してしまってはダメだ。ゆっくりゆっくりと自分の中にしまい込んで奥底で固めて、貯めていく。大きく息を吐いて感情が落ち着いたのを理解してもう一度立とうと試みる。しかし体は未だに制御ができないらしくふらりと地面に崩れそうになった。


「その本預かるよ」


それを片手で簡単に支え、ひょいと落ちていた本を開いている手で拾い上げたその人は、足元に置いていた手持ちの鞄にするりと本を仕舞ってしまう。なにか思う前に体を支えてくれていた腕で体を引っ張られ、あれよあれよという間に広い背中に背負われていた。


「!?」


「花の礼だ」


ひょいと立ち上がった視線がとても高く、思わず体が強張る。危ないから掴まれと言われ、言われるがまま肩に手を置いてやっと状況を理解し慌てて降ろしてもらうよう控えめに肩を叩くも此方を一切振り向こうとしない状況ではそれ以上に意思疎通のできない私ではされるがままに運ばれてしまう。ゆっくりと歩みを進め静かに帰路を行く背中に乗っているという感覚がどうにも不思議で申し訳なくて縮こまってしまう。触れるからだが温かい。大きな背中が思考の絡まった糸を解いていく。一定の間隔で揺れるテンポが甘えたズルイ考えを叱る。
目の前に揺れている金糸の髪が目を見張るほどに輝いて綺麗で、どうしてか泣きそうだった。


「エドワードとなにかあったのかい」


当たり前に前だけ向いてそう声をかけられる。声を発すると体も微小に振動があるのだと、この時初めて知る。その感覚が心地いいとなぜだか思えた。私の答えを求めていない問だったけれど、それに答えようと私はしっかりと決意を決めた。今度は心臓は嫌な音を立てなかった。





2016.12.19


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投稿日:2017/0905
  更新日:2017/0905