対価の訓戒
よく晴れたある日だったのを今でも鮮明に記憶している。春を過ごしすぎて、柔らかい草木の匂いが日向に温められて浮かぶように漂い、履きなれた靴のつま先には草の青がこびりついていた。いつもの如くアルと2人でウィンリィを遊びに誘いにロックベル家までの道を、その日は無駄に競争しながら駆けていったのをはっきりと覚えている。
「…っしゃー!俺の勝ち!!」
家に着いたのは俺が先で、肩で息をしながら同様に膝に手をついて息を整えているアルに勝ち誇った笑みを向ける。膝に手をついたまま俺を見上げる様にした自分と同じ色の目は明らかに悔しさと不満を抱えていた。
「当たり前だろ!だって兄さんスタート僕よりも前にいたじゃないか!」
ずるいよ!ずるだ!と言い寄る弟に一瞬押され、一歩後ろに下がってしまう。それがなんだか悔しくてそんなことはないとこちらも負けずに両手を突っぱねる様にして押し出した。
「はぁ!?あんなのほとんど隣だね!勝ちは勝ちだ!」
「なんでそうなるんだよ!だいたい兄さんはいっつも…」
言い返して来たアルがピタリと止まる。
本当、ピタリ。お、怒った…か?と不安になって弟の肩を押していた両手の力を緩める。
もうほとんどアルからは力を感じられなかったので両手は緩くその場にとどまった。本気でキレると色々と怖い弟がキレる前兆だと思い込み口を開こうとしたがそれを制止させされる。
「おい、アルそんな…」
「しっ!兄さん静かに!」
なんだと思いながらおとなしくアルの言う通りに口をつぐむ。すると、目の前の窓から誰かと話しているウィンリィの声が聞こえてきた。中は見えない。
あ、あの窓が高いんだっ…!と内心誰にするわけでもなく言い訳をしていたがそこではたと気が付く。ばっちゃんはこの時間機械鎧をカチャカチャやってるはずだし、おじさんは出かけているし、おばさんは今さっき出て来た自分の家で母さんと話していた。いったい幼馴染みは誰と話しているというのだろう。そこまで考えが至ってごくり、と二人そろって喉を鳴らす。まさか……
「あいつ、遂に寂しくなって自分と会話…」
「んな訳あるかぁ!!」
うっそまじで?とアルと目を合わせ2人で何故か走ったのにぞわぞわとしてきた腕をさすっていると俺たち2人の脳天に刺さるように振り下ろされたスパナ。脳天が凹んだ気がする、本当に痛い。
「な、なにするんだよウィンリィ!」
「いってーな暴力女!!」
ゴインっ!
涙目で抗議すれば見上げた先にまたスパナが迫ってきていて、見事に同じ場所に命中し、今度こそ痛みにその場にしゃがみ込んだ。なんで俺だけもう一発…。恨めしくウィンリィを睨みあげるように顔を上げると、そこにもう一人分影があった。ウィンリィの後ろに、知らない少女がいた。
「こ、こんにちは!」
鈴がなるような、それでいてまっすぐなその声。俺たち兄弟は揃って頭の痛みに涙目だったし、知らない少女に驚いて間抜けな顔をしていたと後にウィンリィにも言われた。
シャノンとの始まりはそんな情けない、普通の出会いからだった。
色々事情も聞いて、シャノンとも仲良くなって、幼い自分はどこまで考えていたかなんて覚えちゃいないが、シャノンはすごいな。なんてバッサリとした考えはしっかりあった。たった一人の親が病で死んでしまって、それでも底抜けに明るくしている様子になにか感じられたのかもしれない。
ウィンリィとも本当の姉妹だとしか思えないほど仲が良く、おじさんとおばさんもシャノンを可愛がっているのが俺でもわかった。それこそはじめからそこにいたように彼女はロックベル家に馴染んで溶け込んでいた。
そんなある日だ。おじさんとおばさんがもう帰って来ないと、母さんの震える声で聞かされたのは。
葬式の日、俺達は2人になんといっていいか分からず手を繋いでいる2人の後ろ姿を見ているだけだった。墓こそあるものの、その下には誰もいないのだという。棺桶の中は二人が大事にしていた遺品が少しと、それを埋め尽くすように色とりどりの花が敷き詰められているだけで、それにお別れをして土を被せる行為がとても恐ろしく思えた。漠然と、けれど確かに恐怖を感じたのを覚えている。
あんなに両親の帰りを楽しみにして、それでもこっそり泣いていた幼馴染みのもとに二人そろって帰ってこなかったのだ。
ボロボロと真新しい墓の前に立って泣くウィンリィと真っすぐ前を見据えてしゃんと立っているシャノンが手を繋いでずっといたのが記憶に残ってしょうがなかった。
あいつのがおねえちゃんなのに泣くなよとか、そんなことを二人の背中を見ながら考えていた。
まさか、自分達も同じ場所に立つなんて微塵も思っていなかったその年の夏。母さんは死んでしまった。呆気なかった、人はこんな簡単に死んでしまうのだとその時初めて知った。そしてこんなにも簡単に親が死んでしまったと、言葉にすると一言になってしまうのだと知った。
その時は自分の事で、自分たちのことでいっぱいいっぱいだったんだと思う。ウィンリィともシャノンともなにかを話したという思い出はそんなに多くはないし、ハッキリと記憶にはない。
俺とアルは錬金術を徹底的に学び直した。弟子入りもして体も鍛えて。全てはまた母さんと過ごすため、人体錬成を完成させるために。
でもそれは欲しちゃいけない事だった。馬鹿なことだった、泣きながらもしゃんとまっすぐ立っていた二人の方がよっぽど大人だったのだ。
「アル…!…アルフォンスっ!!ちくしょう……っ!…持っていかれたぁああああ!!!」
投稿日:2017/0905
更新日:2017/0905