揶揄せよ曇天
人質を取られた。そこに至るまでに紆余曲折あったけれど、簡潔に言うと相手の親玉に会い、リンがホムンクルスにされ、大総統まで敵陣であることが発覚した。軍自体すべて真っ黒であることはもうきっと間違いない事実で、軍司令部に本拠を置いていることからも疑いようがなかった。唯一あった良い情報は、僕の体に兄さんがあったことであるがそれが埋もれてしまうくらいに悪いことばかり浮き彫りになってしまった。――――ウィンリィ・ロックベル、彼女はよく話してくれた……彼女の義妹も人柱候補としてこちらで保護してもいいのだよ
その言葉を感じるはずのない寒気が凄まじい速さで全身を走ったような感覚を覚えた。
スカーの件の時に軍にウィンリィが保護されていたのが仇になり、ウィンリィを人質に。悪いことにシャノンのことまでウィンリィから聞き出していたらしくシャノンが錬金術を使うだなんてことまで知っていた。下手をすれば人柱として狙われてしまう、未だに人柱の意味は分からないけれどいいものではないことは確かだと思う。それ以前にウィンリィがシャノンが錬金術を使えると思っているという事自体に驚きもしたが、ウィンリィが言うからには多分使えるんだと思う。今まで認めたくないようなそんな感覚をもって認知せず知らないふりをしていたけれど、それを突きつけられてしまっては認めざるを得なかった。
それを今まで誰にも確認し聞こうとしなかった自分自身にも呆気にとられたが、兄さんの驚きはそれ以上だったらしい。暫くの間挙動不審で落ち着いたと思ったらふとした時に黙って考え込むことが多くなった。
今度あったときにでも聞けばいいじゃない、なんて兄さんに言えないあたり、僕もそのことをシャノンに直接聞くことはきっと出来ない。とても憚られるのは当たり前のことでいままでシャノンと錬金術というワードを一緒にすることすらタブーのような、そんな空気さえあったのだからしょうがないと言えばしょうがなかった。だからこそ僕らは今までそのことを知らなかったし、ウィンリィでさえも僕らにそれをいう事を良しとしなかったんだと思う。
でもそうか、使えるんだ。
考えないようにしていた部分もあったけれど彼女は確かに錬金術師であるらしい。
あんなことになって人体錬成のようなことまでしていてもなお、僕らはそれを認めては居なかったのだ。何処かで彼女のあれは錬金術とは無縁のものだと考えていたかったのだ。現に未だに人体錬成を行えたという事さえ納得は出来ておらず、"ような"なんてふうに思っているのだから。だからこそ人柱候補なんて、そんな馬鹿げていることに彼女を巻き込むわけには行かなかった。だって僕の中で未だにシャノンは扉を開けたどうこう以前に錬金術師でもないのだから。
兄さんはまだシャノンのことを許せないままなんだろうか。僕は許す、許さないという話を考えるよりも先にシャノンのあの小さい体を見ていると不安になってしょうがなくなってしまう。複雑な思いがあることは本当であるけれど、考えをまとめようと思ってもうまくいかない…いや、まとめたくないんだと思う。四人であの頃の様になんて思いは未だにあるけれど、それがもう無理なんだろうなと言う事だって分からないほど僕は馬鹿じゃない。拗れるなんて可愛い言葉では収まりきらないほどに兄さんとシャノンの間の溝は深くなってしまった。恐らくはシャノンにとっては僕との間にも、それは確かにあるんだと思う。僕はそれを見ないふりをしているだけでこうやってきっかけがあればその渓谷のような深みが口を開けてこちらを呑み込まんとして存在を主張する。それを無いかのようにして笑う僕が馬鹿なのか、それを無視できずに反対岸ではなく深淵だけを見下ろしている兄さんが正しいのか。
見ないふりをする方が痛いことだと、そう思っていたはずなのに気がつけばこの曖昧な状態に甘んじていた僕がどうしようもなく馬鹿だということは確かだろう。
北に向かう列車の中で鈍色の空を眺めながら、その色が自分の鎧のそれに似ている気がして、北の空はいつもこうなのかなと現実逃避の様に思った。
空っぽのはずの鎧の中から誰かの声がどちらも愚かだと囁いた気がした。
投稿日:2017/0905
更新日:2017/0905