揶揄せよ曇天
死にかけた時のあの感覚は未だに脳が、体が覚えているのかふとした時に鮮やかに記憶としてぶり返す。刺すような寒さと焦燥に駆られて考えの纏まらない頭、俗にいうあれが走馬灯と言う奴だったんだろうかなんて暢気に考えられるほどに復活した俺は、車の振動に揺られながら徐々に雪の失せていく景色を横目に溜息をついた。自分の魂、正確には余命を賢者の石の様にして払い無理やり傷を塞いだ結果、上手くはいったがどれだけの寿命が残ったのか分からない。まあそれなりに残ってはいるだろうとは思っているが賢者の石での錬成も、もしかしたら人一人の魂というのはなかなか消失するまでには時間がかかるものなのかもしれないと思えた。その間、ずっとあのエンヴィーの体を成していた人の形の様に絡まって混ざりそうで、ぐちゃぐちゃに混濁した中に居続けるのかもしれないと思うと正気を失うのも当たり前に思えた。個人としての意識など簡単に失せてしまうだろう。それでもあれはやはり人の命で間違いはなく、平然と使用したキンブリーはそれを理解したうえであれを使っていた。中尉の話だけではあるがイシュバールでの話を聞いて、恐らくはキンブリーは軍人としてあるべき姿なんだろうという事が思えるくらいには見地が広がっていた。まったくもって好きでも無ければああはなりたくないというのが本音であるし、俺は俺で殺さずを通すと決めたうえで軍属になったのだから所詮は他人の在り方ではあるのだが。けれどもお陰でいかに大佐が軍の中で異色で、そして俺の考えに近いものを持っているのかという事も思い知った。
「(死んでも言わねーけど、大佐の下じゃなかったら殺さずなんて許してもらえなかったんだろうな)」
考えただけでもなんだかイラッとして舌打ちを零してしまったがエンジン音に紛れてしまって前に座っていたおっさん二人の耳には届かなかったようだ。ずっと二人で雑談をしていると思っていたがどうやらお互いの家族の会話をしているらしく、ゴリさんが「娘が〜」と話しているのを聞いてヒューズ中佐を思い出してしまった。俺たちが首を突っ込んでしまったせいでいち早くこの一大事に気が付き、そして殺されてしまった中佐。もしも俺たちが第五研究所に黙って潜入なんてしなかったら、もしもあそこであったことを口外していなかったら。そう思ったことがないと言えば嘘になる。ブリックズでファルマン少尉に聞いて初めて知ったが、リオールで俺たちが去った後におきた暴動は死者を多く出したらしい。俺たちがもっとうまく立ち回っていれば、その暴動も起きていなかったかもしれない。ニーナに関してもそうだ、キメラになってしまってどうしようもなくあの時には戻せなかったことは間違いではなかったが、けれどもし俺たちがニーナの傍についていてやれば、懸念していた研究所送りもなく、スカーに殺されることも無かったかもしれない。そしていつかは元に戻せてやれたかもしれない。
元来、こうやって過ぎてしまったことを考えてもしも、やらこうだったら、を考えることは好きじゃない。過ぎてしまった時間はもとには絶対に戻らないし失ってしまった命もまた然りで、帰ってこないのは真理だ。そんなことをもしも、なんて考えること自体無駄であるし、一種の逃避でもあるとすら思う。だからこそそれらは背負っていくしかなくてそうすることくらいしか俺にはできない。それをどうしてか、死にかけてしまってからというもの「もしも」なんて考えてしまうのだ。俺も焼きが回ったのか、アルと離れてしまっているからなんだろうか、嫌に後ろ向きな思考回路に薄らと車の窓に映る自分の目が険しくなったのが分かった。その向こうを景色が後ろに通り過ぎていき次第にそれがあの真理の中での光景に似ているようなそんな気さえしてきて気分が悪くなり、焦点を窓に映る自分の顔から遠くの景色へと移した。
けれどそんな風に考えることを好かない俺でも、今回死にかけるよりも前からずっともしもを考えていたことが一つだけあった。
もしも、もしも俺たちが家をもっと早くに燃やしていたら、絶対にシャノンはあんなことにはならなかった。他のどの「もしも」よりも明確なそれは目の反らしようもない程事実でだからこそ考えるたびにやりようのない程の感情に苛まれる。いや、それだけじゃないことだって俺はとっくに分かっているのだ。
ニーナの事も、ヒューズ中佐のことも、背負うために俺は真っ向から向き合った。そうじゃなければ俺はそれを背負えない、それなのにシャノンの事に関しては未だに向かい合えていないままだ。リゼンブールであいつに指摘されたように、俺は“逃げていた”んだろう。目を背けて、見ないふりをして、久しぶりに会ったシャノンが見るからに痩せ細って弱っていたのを見ても決心が付かず、知らないふりをし続けた。
もう、そんなことをして許されるほど俺は餓鬼ではなくなった。あの時衝動で殴りつけてしまった頬も、すっかり消えてなくなってはいたけれど未だに生々しくこの腕に感触が残っている。機械鎧がついて初めて掴みかかったのがシャノンだったのだ、本当に笑えない話である。思わず冷たすぎるほどに外気によって冷やされたそれで目を覆う。北国仕様とはいえ、やはり鉄のような金属の匂いがつんとした。こんな冷たくて固い腕で、容赦なく俺は血の気の失せたあいつの首元を絞めたのだ。そして生身の腕で、殴りつけた。痛々しく腫れただろう、濁った色の痣が咲いたせいで頬の色も見れたものじゃなかったろう、もしかしたら当たり所が悪くて切り傷だって作っていたかもしれない。唯一の救いはなけなしの理性でこの機械鎧の腕で殴らなかったことくらいだ。そんなことしていたら、これを付けてくれたウィンリーに顔向けすらできなかったと思う。
旅の間何度も何度もそうやって考えて感情がぐちゃぐちゃになるたびに考えることを放棄した。けれどその絡まった感情全ては俺のもので間違いなく、だからこそ紐解き個として認知することだってできるはずなのだ。
機械鎧で占拠されていた視界を、避けることで先ほどの様に景色が映るそれに替える。意図して大きく息を吸って見れば、車特有の籠ったような空気が肺を満たしもうすっかりと塞がった傷のない内臓を膨らませる。ゆっくりと吐き出した空気の中に後悔の感情を少し織り交ぜて捨てる様に落とし、横にばかり向けていた視線を前へと戻した。
投稿日:2017/0905
更新日:2017/0905