揶揄せよ曇天
僕らが去って暫くしてから結局暴動が起きてしまったというリオールに向かったのは、確かめたいことがあったからだった。ブリッグズにあった地下トンネル、国土錬成陣の予想図から言ってリオールの地下にもそのトンネルが通っている可能性があり、きっとそれはあの教会から行けるだろうことも予想としてあった。あのペテン師が持っていた賢者の石もどき、あれをホムンクルスが渡していたのだとしたら恐らくはそう言うことなのだ、いつか教師のペテンが暴かれ、そして怒り狂った信者が反乱を起こし中央軍がそれを制圧する、そうすることでここにも沢山の血を流すことが奴らの目的だったのだとすれば僕らは随分と前にその一端に触れていて、そして間抜けにも気が付けずにこの町を出ていってしまったという事になる。だから、きっとここにも、と思って向かった先に父さんがいるとは思わず、心底驚いてしまった。兄さんがあったと言っていたからこの国にはいるんだろうとは思っていたけれどまさか大工仕事をしている父に数十年ぶりに再会することになるとは夢にも思わなかった。そうして聞いた父さんの話は突拍子のない、現実味のない恐ろしい話だった。嘗てのクセルクセス、奴隷だった父さん、そして賢者の石にされその国民の半分を持つ体。
でも、それで納得する部分だってあった。兄さんは昔から父さんのことを毛嫌いしていたから知らないかもしれないがばっちゃんに頼んで父さんの写真を見せてもらったことがある。昔から飲み仲間だったんだ、と言うばっちゃんの言葉に違和感を持っていたけれど、家族で撮った唯一の写真で見た父さんと、若い頃のばっちゃんとが映った写真でその正体は明らかになった。父さんの姿が少しも変わっていない。ばっちゃんがこんなに若いのだ、父さんの歳であればまだお酒が飲める年齢どころか一ケタの年齢でも可笑しくはない。それなのにすぐにこれが父さんだと分かってしまうくらい代わり映えのない姿でいた父さんに、ばっちゃんが困ったような顔をしていたから何も聞かず、そっと胸に疑問をしまい込んだのを覚えている。すんなりと納得した僕に父さんの方が驚いていたけれど、こんな体になってまだ生きていられる奇跡があるのだからそんなことがあっても不思議ではない様に思えた。
あり得ないなんてことはあり得ない。いつかグリードが言った言葉はしっかりと僕の中に根付いていて、本当だなと笑ってしまうくらいだ。
「兄さんにはリゼンブールで会ったんでしょ?」
「ああ…それとシャノンちゃん、だったか」
「…シャノン、元気だった?」
話の流れて、元気かどうかと問いかけることはきっと少なくはない。それは確認のような意味合いを持っていて、どちらかと言えばどれくらい元気だった?というようなそんな問いに近い。相手の健康を疑っていない、今まで通りに過ごしていると分かったうえで聞くことが多いんだと思う。けれど今の質問はまったくそれとは逆で、不安の色が濃く僕の声に乗ってしまったのを父さんも察したらしくジッと眼鏡の奥からこちらに視線を向けられた。
だって、いつまでたっても体調の悪そうなシャノンなのだから、いつあっても顔は白くて、どんどん痩せてしまって、今にも死んでしまいそうなそんな印象すら覚えるくらいに彼女は健康からほど遠いところに位置しているのだ。
「あんまり、だな」
「…そっか、やっぱりかあ」
大きくため息をついて、思わず顔を覆ってしまう。初対面の父さんが言うくらいなのだから間違いなく病人のような顔色をしていたんだろう。もう随分と暫く会っていないけれど、今度会ったときにまた痩せてしまっていたらと思うとすごく怖い。今度こそ消えてしまいそうだ。こんな体をしている僕が、会いに行くときはなるべく彼女が食べられるようなものを選んで買っていってしまうくらいにシャノンは小食になってしまっている。前になんの連絡も無しに彼女の実家の方へ足を運んだ時に当たり前の様に食料が無く、栄養剤などを溶かして飲んでいるのを見た時は怒鳴ってしまったのも遠い思い出だったが、そんな生活をシャノンは良しとしてしまっている。お土産として持参すれば絶対に食べてくれるのはなんどか訪れるうちに分かったのでそれ以来は毎回持っていっていたのだが、ロックベルの家にいてももしかしたらそんな生活になってしまっているのかもしれない。ばっちゃんなら怒りはするだろうがばれない様にそれを実行してしまえる術くらいいくらでもあるように思える。
シャノンは、食べるという行為が嫌いなんだと思う。もう二回目に彼女の実家に行った時には手話を出来るようになっていた僕だったが直接そうシャノンが言っていた訳ではない。でも、ジッと彼女が食事をしている風景を見ているうちになんとなくそんな気がしてならなくなってしまった。そんな素振りがあった訳でも無い、食事を嫌がったりもしない。けれど僕が言わなければ積極的に食べようとはしなかった。身体だってあんなに細くて小さいままで明らかに栄養が足りていないんだろうことが僕でも分かる。
「父さんはさ…シャノンのこと、どこまで知ってる?」
「ピナコから孫だって聞いたな」
「ああ、うん……シャノンね、多分人体錬成しちゃったんだ、僕らのせいで」
暗号化もせずに家に放置したままだった研究書を見て、そして実行してしまった。ロックベルのおじさんとおばさんを錬成しようとして、ああなってしまった。僕らがあんな馬鹿をしなければシャノンがそれに手を出すことだってなかった。顔から手を避けてけれども前を見ることが出来なくて俯いてしまう。地面にゴロゴロと転がっている石はどこかの家のレンガだったのか、塗装が一面にだけついていて地面の上ではいっそ目立った。
「舌が、ないんだ……そのせいで食事が大変みたいでいっつも食べ終わったら疲れた顔してる」
「……」
「シャノン、あれで僕と同い年なんだよ」
なんとかしてあげたいと思ったのはずっとずっと前からで、兄さんに隠れて医学方面の錬金術を調べたことだって少なくはない。お陰で舌がないことでいかに食べ飲みが大変なのかも知って、余計にどうにかしてあげたいと決意だって抱いた。けれどこの国の錬金術では未だに人工の舌なんて作れなくて、機械鎧でも目や顎を再現は出来ても、舌は作っていないらしい。
「父さんは生体錬成は詳しい? シャノンの舌をなんとかしてあげたいんだ…また、前みたいにちゃんとシャノンの声で笑い声が聞きたい」
昔、それこそシャノンがあんなことをした時に兄さんに「どうしてあんなことをしたんだろう」なんて馬鹿なことを聞いた覚えがある。どうしてシャノンは人体錬成なんかって。そんなのは一番、僕と兄さんが分かりきっていたことだ、母さんに会いたかったもう一度笑った顔が見たかった。少しずつ記憶から薄れていく母さんを必死に手繰り寄せてそうすることでしか希望が見いだせなかった。シャノンもそうだった、ただそれだけのことだからこそ僕らに彼女を責める資格はなくて、だけどきっと助ける責任も本当は、ない。でもそれでも、笑っているのにどこか前とはちがう笑顔を浮かべるシャノンを見ているのが辛くて、なんとかしたいとそう思う。前にもらったシャノンのメモを見るたびに、強く思っていた。やっぱりシャノンのあの声をちゃんと聴きたい。理由はそれだけで十分な気がしたのだ。
「アルフォンス、シャノンちゃんの舌を治したところで、あの子は声は出せないよ」
「な、んで」
「知らないのか……舌だけじゃない、声帯もごっそりないんだから話したくても話せないんだよ」
人はまず、声から忘れていく生き物だと誰かが論じていたけれど、声を出せないシャノンは真っ先に人の記憶から消えていくのだろうかと思うとそこが抜けるような寒さを感じたような気がした。
ずっとまえ、ウィンリーが眉を下げて心底困ったような顔をしていたのを思い出した。ああ、僕は本当に馬鹿だった、知ろうとすらせずに誰にも聞かなかったせいでこんな重大な事をずっと知らずにいたのだから。
2017.1.13
投稿日:2017/0905
更新日:2017/0905