対価の訓戒
エドとアルのお母さんも死んでしまい2人は少し、変わった気がした。姉に聞いたら、錬金術がどうとか言っていたが詳しくは知らなかった。錬金術。初めてエドに見せてもらった時は本当にびっくりした。2人は凄いねって笑ったら2人も嬉しそうに笑い返してくれたのは最近のこと。2人の何が変わったかまで私は考えなかった。正直、いっぱいいっぱいだったんだ。
色んなことがありすぎた。まだ自分の母のことだって、ロックベルの両親だって、どちらのこともどうしていいのか分からず心の整理が上手くつけられていなかったのに。自分の母の事はまだ、少しずつだけれども受け止め始めていたのにそこに突然の凶報。それでもまだ、姉がいるとそう本当に少しずつ二人で、ばっちゃんと三人で手さぐりで進んでいたような状態だった。そこに、エドとアルのお母さんの死。
二人の気持ちが分かるとは言いたくなかった。
確かに同じような思いはした、たった一人だった家族を親を失ったときの絶望も知っている。けれどもだからと言って同じ気持ちかどうかは分からないのだ。母がよく言っていた、人の気持ちとは似ているけれど同じにはならないと。分かち合えるけれど分かり合うには容易くはないと。母の死を、誰かと分かち合うのは、違うと思った。そう思ってしまった。でも、しばらくして。2人は禁忌を犯した。
夜中に突然の来客、鎧をまとって降っていた雨に濡れていて。怖いと思うのが正しかったのだと思う、こんな時間に突然訪ねてきたのがこんな人だったら悲鳴を上げても良かったのだと思う。それでも驚きはしたものの何故だかその人の雰囲気が、私は泣いていると思えたのだ。雨に濡れた兜の、高いところにある目の空洞から雫が落ちてそう思った、そう見えた。一歩前にでた足。なんでだろう、何かしてあげなくちゃいけない気がする。でも、近づこうとした足が、止まる。
「エド…?」
血だらけの、片腕片足のないエドがその腕の中にいて、私の足も考えも完全に止まる。
なんだこれ、なんだこれ。雨の匂いとは違うムッとした濃い水蒸気が喉を通った気がして、一瞬吐いてしまいようになった。血だ、血。玄関にぽたりと落ちているのは色のある液体だ、エドの血だ。また一つ、玄関にできた濃い色の溜まりにポチャリと一滴落ちて。
「兄さんを…っ…助けて!」
見える訳じゃないけど確かなアルの泣き声に、涙に。ああ、これ夢じゃないんだと足元にあるはずの床が無くなった感覚がした。
エドが治療している間、私は姉と違って手伝いなんかまだまだ出来ないからアルと2人、床に座って待っていた。リビングにいるのに椅子には座らず、床に二人で腰をかけている。まだ空気にはあの濃い液体が水蒸気となって混ざっているのだろう、そう思うと怖くて震えてしまいそうだった。それでも、深く息を吸って吐いた。ポツポツとアルが経緯を語る。中で響くような声だったが確かに知った、アルのエドより少し高い声で、しかしだからと言ってその声にホッとはできそうになかった。今まで、私が色々な事を考えていたように二人だって考えていたのだ。私はそうやってこれからを生きるかを、二人はどうすればまた二人の母に会えるのかを。そんなの全く知らなかった、それが酷く悲しくて悔しい。知ろうとしなかったのは私だと、分かち合う努力を手放していたのだと大きな鎧を見上げながら静かに絶望した。
「僕が…僕が…!!」
けれどもそれを今アルにぶつけるなんて絶対にできなくて、不安も悲しさも少しでも油断すれば吐き出してしまいそうな謝罪も、濃い水蒸気とともに食べてしまうように飲み込んだ。兄さんが腕を引き換えにして僕を引っ張り出してくれたんだ。そう言ったあと自分を責めるようにガタガタ震える隣に座るカラッポ。アルの話ですべてを知れたわけではないと、ゆっくりと自分に言い聞かせる。だって二人の今の気持ちをきっと私は分かってあげられない。こんなに絶望して、怖がって、悲しんで苦しんで叫びだしてしまいそうな私には、考えてあげられない。
どうしてこんなことになってしまったんだろう、嫌だ、エドの手足もアルの体も、どうしてこんなことになってしまったんだろう、嫌だ。悲しいなんて生易しかった、苦しいなんて単純だった、そんな言葉にできない渦に飲み込まれてしまいそうだった。私自信の感情で、二人がどう思っているかが分からない。
「…シャノン?」
私がアルに寄りかかった事によりアルがこちらに視線をよこしたのがわかった。こつり、鎧の中が鈍い音で満たされたのが頭から伝わる。冷え切っていてほんのり湿っていて、まだエドの血の匂いがした。
「きっとさ…エドは自分のせいだって言うんだろうね」
まだカタカタと音をならす冷たい鎧。震えが伝わって、私まで震えてしまいそうだった。
「2人ともなかいいから…。兄弟だから……お互いに自分が悪いって言い合うんだろうね」
ひんやりとした金属に触れてそうして少しずつ、かける言葉を考えられる頭が戻ってくる。彼らの母がいなくなってしまったときにするべきだったのかもしれない、それをしなかったからこうなってしまったのかもしれないなんて今更なことを考える。
だってかれらは寂しかったのだ、私も寂しかった。言葉にすれば同じに見えてもきっと違う寂しさだった、それでも寂しいと思っていたのだ。私が姉とした様に、彼らとも同じように分け合えばよかったのだと、そうすることが正しかったのだと今更になって分かる。
「お母さんがいってたんだけどね。シャノンにも兄弟がいたらねーってよく言ってたの」
こんな状況なのに黙って聞いてくれるアルはやっぱり優しい。どんな姿になったとしても、アルはアルなのだ。変わるはずがない、怖がる必要なんてなかったのだ。
「兄弟がいるからこそ、お互いに競って、言いたいこと言って、喧嘩して仲直りして…一緒に成長して。でも1番凄い事があるんだって」
「凄い事…?」
私の体温が移って暖かくなってきたアルの声はさっきよりも落ち着いていた。もしかしたら、だから私は二人に何も言えないと思ったのかもしれない、二人なのだから、二人で乗り越えられるとどこかで勝手に思ってしまっていたのかもしれない。それこそ二人の気持ちを考えずにいた結果なのだがそれに気が付けてももう手遅れだ。
「うん。兄弟は悪い事は半分こできて、良い事は二倍に出来ちゃうんだって」
「半分こと二倍…?」
「そう、嬉しいこと楽しいこと、学んだことは二倍に。辛いこと痛いこと、悲しいことは半分こ。だからさ…」
見上げてアルと目を合わせる。もうそこには雨の雫もなく月の光も当たっておらず暗い真っ暗な穴でしかなかったがそれでもまだアルは泣いているのだろうと思った。
「辛いの、半分こすればいいじゃん…」
「………、」
「なんで、折角兄弟がいるのにそうしないの?今まで見てきた2人は、二倍も半分こも出来てたよ?」
「出来てた…」
「アルはエドがいたから良かったって思えること沢山あるでしょ?それ、全部そうだよ。それに、アルのお母さんが死んじゃった時だって、一人じゃなかったでしょ?」
ハッとするようにアルの鎧が音をたてる。私は一人だったから。お母さんが居なくなって本当のひとりぼっちを一瞬でも経験したから。あの気持ちを言葉にはしたくはなかったから、うまくは笑えていなかっただろうが鎧の腕にすり寄るようにして誤魔化してしまった。私の方が辛かったとか、そんな話ではない。悲しみの尺度ではなく、まだ大切な家族がいることをどうか思い知って欲しかったのだ。
「今はお姉ちゃんがいる…。それにアルもエドもばっちゃんもデンもいる………あ」
「ど、どうしたの?」
ふと、思いついたことを言おうかいわまいか迷ってしまい、アルに促されてしまう。いうには少し恥ずかしくて、それでもどうか、今度からはどうかそうしたいと思う私がいたからこそ声に出してハッキリと彼の眼を見ていった。
「私とお姉ちゃん入れたら4倍と4分こだ」
自分でいっておきながら4分こってなんだと思って居たらアルの震えは止まっていて、私の中の大きな感情の渦もいつの間にか小さく凪いでいることに気が付いた。でも、少し皮肉だった。母の言葉をこうやって理解し始めたのは母が死んでからだ。どうして生きている時に私はこんなに母の言葉が温かかったことに気が付けなかったんだろう、こんなにも暖かく優しい言葉を、その時に分かってあげられなかったんだろう。それが悔しくて、それでいてどうしようもなく母を誇らしいとも思う。
「シャノン……本当にありがとう」
完全にとは言わないけど穏やかな声色で言われ、私は笑った。こうやって私だけではなく、私の周りの人の心にだって影響を与えられる母を誇らしく思うのだ。大好きだったと、何度でも思えるのだ。そして、決意した。決意というのはまだ未熟で弱い思いだったかもしれないがそれでも、決めたのだ。
投稿日:2017/0905
更新日:2017/0905