闊歩する時


雨が降っている中こんな場所で話すのもなんだということで、身振り手振りでそしてメモで家の中へと入ってもらう。先ほど薬を流し込むために用意していたお湯でアルがお土産にと持ってきてくれた果実の匂いのついた紅茶を用意する。一度も開けていなかったそれはまだしけってもいなかったし、開けた時にとても甘い香りが漂ってほんのりと気分が柔らかくなった気がした。アルはよく、こうして匂いのついている物をお土産に買ってくるようになった。アル自身は匂いも分からないのにも関わらず毎度とても香りのいいものばかり選んでくれるものだから、もしかしたら店員さんにおすすめでもきいているのかもしれないだなんて想像して、少しだけ笑ったのは随分と前だ。それくらいにはアルにも会っていないのだという事も思い出してしまってまた鬱蒼とした気分になったけれどそれを吹き飛ばすように下唇をグッと噛んで誤魔化した。
玄関でのやり取りで私が話せないことは分かってくれたらしく、何も言わない私に御礼を一つ言って優しく笑うその人は、イズミ・カーティスと名乗った。男性はシグ・カーティスさんで旦那さんらしい。そんなカーティス夫妻だったがやはり名乗られても私は彼らの事は記憶にはなかった。


『シャノン・ダンカンです、ハーネットは私の母の旧姓ですがもう十年ほど前に他界しました』


「他界……そう、か」


受け取ったメモを、くしゃりと握ってそう俯いて呟いたイズミさんは悲しそうなその空気を吹き飛ばすように顔を上げた時に目を瞑って大きく息を吐いた。そうして紅茶を一口飲んで、瞳を開いた時にはすっかりその空気はなりを潜め、柔らかく笑って口を開いた。


「いままでずっと一人でここに?」


『いえ、母が亡くなった時に二つ隣の町のお医者様に引き取って育ててもらいました、今でもそこで暮らしています』


「そう…そう……」


よかった、と笑うイズミさんはどうも力なく笑っているように見えてしまう。母の知り合いであることは間違いはないがこんなに時が経ってから母の死を悼んでくれる人に出会えるとは思いもしなかった。


「イザベラ・ハーネットは、あんたの母親は私の妹に当たる」


私の旧姓もハーネットだ、と困った様に眉を下げて笑うイズミさんの言葉に、体が硬直した。え、お母さんの姉…この人はハーネットで…だから。


「(私のおばさん!?)」


近い親戚など存在すら知らなかった私としては仰天してもしょうがない言葉だった。父方は勿論だが母方の家族のことにかんしてもお母さんは一切を語らなかったから知りもしなかった。本当に驚いて硬直していたままの私に今度は豪快にあっはっはと笑ったイズミさんの笑い方が母そっくりでどんどんとその話が事実なんだと理解させられる。ああ、そうやって笑っていると本当にそっくりかもしれない。それに、眼の色も髪の色も今思えばその面差しもいたるところに母と血縁であると納得のできる似通った点に目が行くようになり、写真の一枚も残してくれなかった母を鮮明に思い出したようなそんな感覚すら覚えた。そして同時に、私の記憶の中の母が随分と薄れてしまっていたのだという事にも驚愕した。


「あの子とは昔私が馬鹿やったせいで酷い喧嘩別れをしたきりでね、でもまさか結婚して子供がいるだなんて…」


そこまで話して一度言葉を切ったイズミさんは一瞬なにかを考えるかのようにして口を噤み、それを誤魔化すかのようにしてもう一度笑った。


「うん、ベルに目元がそっくりだ、私は父親に似てこの目付きだったからずっと羨ましくてね」


聞きなれない母の愛称であろう名を口にしたイズミさんは本当に懐かしそうで、そして嬉しそうに笑っていて力強い笑顔にいつかの私が目指していた残像がよぎった。それでもそんなことを忘れさせてくれるくらいに笑い声は豪快で、悪戯っ子の様に笑ったイズミさんに、自然と私も頬が緩んで笑えた。
本当に久しぶりに、笑った気がした。




 - return - 

投稿日:2017/0905
  更新日:2017/0905