闊歩する時
羊祭りまであと五日。もうすっかりと春爛漫と言っていいほどに春の花は満開を迎え、芝生は青々と日に照らされて匂い立っている。羊祭りでは冬の間ですっかり羊毛を蓄えた羊の毛を刈る行事が主であるのだが、それに合わせて出店が並び、夜には火を囲って飲めや踊れやと村全体が楽しむ祭りとなっており、ここ最近では観光客も来ると言って店の宣伝にも事欠かず、まあとにかくリゼンブールにとって大きな行事となっている。私が手伝い始めてたのは声の出なくなってからなので、村の皆も私を接客に回したりはしない。大体女子供は接客となっているのだが、その中で私だけは毎年裏でピザを焼く手伝いをしたり、羊をラベリングしていったりと忙しいところの手伝いをしていた。ロックベル家としては機械鎧を作る際に余った部品で作ったおもちゃやキーホルダーを毎年出店しており、ばっちゃんと姉が店番をしていた。今年は姉がいないので私もばっちゃんの所に手伝いに行った方が良いだろうが、接客は出来ないからどうしようと悩んでいるところではある。行かなければばっちゃんが休めないので選択肢はあってないようなものなのだが。なんとなかなるかなあ、と思いながら駅へと足を進める。出来上がった羊祭りのポスターを駅に張ってもらうために向かっているのだが、毎年姉と向かっていたこの作業すらも一人なんだと実感させられて麗らかな天気に似合わないため息を吐いてしまう。駅員さんとも顔なじみであるから問題はないだろうが、こうして姉の不在が村全体に知れ渡っていくことの方が、どこか気を落とさせる要因になっていた。「そうかウィンリィちゃんいないんだったね」、「今年はロックベルんとこ大丈夫かい?」、「あれ一人かい?」。そう言われるたびに姉はいないのだと思い知らされて、苦笑しながらメモにその言葉を綴る。丁度セントラルの方から汽車がやってきたのを見て、タイミングが悪かったなと足を進める速度を緩める。乗り降りする人が少ないとはいえ、汽車がきている時に私の相手なんてできないだろう。かといってあまり遅くなればばっちゃんに心配をかけてしまう。無難に駅の様子が見える場所で待っていようと煙を上げて停車した汽車を見ながら考える。セントラル行の汽車は車両が長いが、逆に下り路線は車両が短い。それだけこちら側に来る人は少ないんだと思えばやはり田舎なのだなと再度思わされる。姉に聞いた限りだと南部はもっと活気があるらしい。西、北は分からないけれど。ああ、北は今度姉が帰ってくれば話が聞けるかもしれないんだったか。蒸気機関の音に紛れて、駅のアナウンスの声が薄らと聞こえる。今日の駅員さんは去年入った若い人らしい。あの人だけ声が若々しいので分かりやすかった。そもそもベテランの駅員さんはアナウンスが結構適当だ。「リゼンブールだよー」なんて相当フレンドリーなアナウンスだと思う。
丘の上をのんびりと歩いているため、目下にある駅の屋根の部分が風に煽られてなのか一部塗装がはがれているのが見えた。そう言えば誰かが駅の改装もしたいなんて言っていた気がする、と思いながら確かに全体を見ても新しいとは思えない風貌に、けれどこの駅が真新しく綺麗なものになってしまったら違和感がぬぐえないだろうなと次第に目線の位置が変わったために見えなくなった屋根から目を落として駅の入口に目を向ける。珍しく降りた人がいたらしく、数名の影がそこに見えた。
そう言えばあのカーティス夫妻、あの後すぐに汽車の時間だと言っていなくなったのだが、その数日後にあの家に彼らから荷物が届いたのだ。「手土産もなかったから使ってください」と簡易なメモの入ったその荷物には手土産というよりも贈り物で、服や靴、鞄などが入っていて心底驚かされた。どうしようと思いながらそれをリゼンブールにまで持って帰ってばっちゃんに相談すれば「気持ちなんだから受け取んな」と言われてしまい、ありがたく使わせてもらっている。現に今着ている服もその一つで、数着入ってた服はセントラルにしか売っていないであろうしっかりとした造りの物だった。値段のことを思うと少し怖いが。あっちの家に今度行った時にまた荷物が届いていたらどうしようと戦々恐々としているのはここだけの話である。取りあえず今度会うまでに御礼を考えておかねばならない。
今着ているこの服以外は寒い時期でも着れるものだったのだが、この一着だけは温かい時期に着るべきだろうと今日まで着てこなかった。しかし羊祭りの準備が本格的になれば汚してしまいそうで怖いし、当日も同じ理由で着るのは憚られてしまい今日袖を通すに至った。お陰で姉の話と同じくらいに服の事にも言及を貰っている。村の人は変化に目ざといのだ。
のんびりとした歩調で進めていた足は、丁度汽車が汽笛を鳴らして動き出したところでやっと丘を下り切った。入口から少しそれたところで固まって屯しているのは先ほど降りてきた集団だろう。あまりじろじろ見るのも良くないかと目を向けず、覗き込むように駅の入口を伺う。まだお客さんがいるのか話し声が聞こえたのでそのまま黄色い駅の壁に寄りかかろうとして、自分が白いワンピースを着ていることを思い出してやめた。手持ち無沙汰に丸めているポスターの間を覗き込んで見た時、そのすこし俯いた私の視界に一つ足が見えた。それはこちらに向いていて、そこまで離れていない位置にあり驚いて顔を上げる。
そして、息を忘れるほどに驚いた。
「…よお」
行方不明だと知らされていたエドワードを数年ぶりにこんな至近距離で見上げることになって、考えることを放棄した私はポカンと間抜けに口を開けることしか出来なかった。
投稿日:2017/0905
更新日:2017/0905