闊歩する時
「アルはさ、“あんなこと言わなければよかった”って思う事ってある?」もうすぐリゼンブールに戻れるね、とウィンリィに言った時にそんな言葉が返ってきた。僕はこのまま戻らずに東方司令部の管轄している演習場までいきそこでマイルズ少佐たちの手伝いをするつもりだったので、言外に「シャノンによろしくね」という意味でもあったのだが、恐らくはその言外に含まれた僕の言葉を正しく受け取ったうえで、ウィンリィはそう僕に返してきたんだと思う。でなければウィンリィがこんな顔をするはずがなかった。
「…まだ、言ってないんだっけ」
「……ホント、あんた等に啖呵切って私からいうなんて言っておいて、いざあの子に会うんだって思うと、ちょっとこわい」
事実を伝えた後で後悔しないか、そんなことを考えて悩むなんて昔の僕らはしなかった。僕らが旅をしている間にそう言ったことを考えられるようになったようにウィンリィも同じく、そんなことを悩むようになったのだと思うとなんだか時間の流れを感じてすこし寂しいような気持ちもした。
比較対象が兄さんになりがちだからあまり言われたことはないけれど、僕はあまり自分が過去を振り返って後悔する質ではないと自覚している。もちろん、それこそ一生悔み続けるような事だってあるけれど、基本的には兄さんと同じでそこまで落ち込み続ける性格はしていない。人はそれを前向きと言うのか、切り替えが良いというのか、はたまた能天気と称するのかは分からないけれど、まわりから猪突猛進だと言われがちな兄を慎重だと思うことがあるように、人の価値観によってその度合いも変わるものである。
知らないという恐怖もきっと人それぞれであるけれど、ウィンリィが辛そうにしている気持ちも、分かるつもりだ。それに、僕と兄さんもウィンリィに伝えた時には同じ気持ちになっていたはずだからなおの事。
しかしシャノンに対して目を反らさずにいればよかったと深い後悔をしたばかりであったので、知らない側の恐怖も分かってしまうのだ。知らなかったことの恐怖とはあんなにも冷たくて暗くて距離感を失うものだと、改めて実感した。それも手に届く様な場所にあった事実を、僕自身が知らないふりをしたせいで見過ごしてこんなにも長い間放置してしまっていたのだから尚更。そうしてやっと思い至ったのだ。最初に会ったときこそ多少の違和感はあったものの、それ以来のシャノンの笑顔が以前と全く変わらないものだったというあり得ない事実に。あんな笑顔で、笑えるはずがないだろうに、それなのにその笑顔にホッとすらしていた自分が心底恐ろしくなんて間抜けだったのだろうと思い知る。
「……ねえウィンリィ、シャノンの喉……声帯もないってずっと知ってたの?」
「…ごめん、言えなくて」
「ううん、ちょっと考えれば分かることなのに、気が付かないふりをしてたのは僕の方だ」
でもね、と静かに続ける僕に耳を傾けるウィンリィは多分だけどもう決心はついているんだと思う。あの時自分から告げると言っていた瞳は本当に真っすぐで、決意がにじみ出ていたから。ただ単に少しだけ尻込みしてしまっているだけで。
「身近な人のそういうことを知らないのって、すごく怖いことだって…ごめんウィンリィ、僕等ずっと君たちに甘えてたんだってやっと分かった」
どれだけ怪我をしても、機械鎧が粉々になってもなにも聞かずにいてくれたウィンリィの強さや優しさをこんな形で目の当たりにして、今更気が付いてしまった申し訳ない気持ちでいっぱいになる。もし僕がウィンリィの立場だったとしてその不安に耐えられる自信がない。それを僕と兄さんは当たり前の様に押し付けていたのだと知ってそれこそ無知であることの恐怖だと思う。
「…そう、よね……私だって結局は正直に言ってくれたあんたたちに感謝してるんだから」
そういいながらも未だに決心のつかないような顔を続けるウィンリィの言葉を待つように黙っていれば、ひとつ大きく息を吐いて、そして懺悔するかのように手を組んで口元を隠しながら、小さく囁く音量でウィンリィは言葉を紡いだ。
「シャノンがああなって…まだベッドで安静にしてた時にね…私、あの子に『おいていかないで』なんて言っちゃったの」
意図して大きく呼吸をするウィンリィの肩が、まるで泣くのを我慢している時の様に上下していて、それでも声に震えはなかったからそうではないのだろうと思い、もしかしたら緊張しているのかもしれないなんて同時に考えた。本当に小さな声で、不安そうな大きさで話すからそう思ったのかもしれない。
「でもきっと、そんなこと言っちゃったからこそ、あの子はあの家からいなくなると思う」
「…どうして?」
「どうしても」
二人の間には僕らでは分かりえない何かがあるのは確かで、その一端に今触れているのだろうというのは分かる。僕と兄さんの間にあるように、ウィンリィとシャノンの間にもお互いでしか分からない感覚のようなものがあるのだ。その姉としての感覚でウィンリィはシャノンを引き留める様な言葉を言ったことを後悔しているし、そしてそれがシャノンに余計な負担をかけているのではと懸念している。すっかり顔を下に向けてしまっているので表情は分からないけれど、声色は未だに小さく不安そうだ。
「お父さんにも、お母さんにもそんなこと言ったことなかったのに、一番言っちゃいけないシャノンに言っちゃったの」
「…そうかなあ」
それって、それだけウィンリィが我慢をできないほどにシャノンの事を思っているという事ではないんだろうか。ウィンリィはそんな風に言うけれど、別段言ってはいけないような言葉だとは思わない。確かにあのなにも変わらない日常が流れるあの場所だからこそ居心地が悪いという面があるというのも分かるけれど、ウィンリィにしてもシャノンにしても、お互いがいなければ耐えられないんじゃないんだろうか。少なくとも僕の知るシャノンはウィンリィに傍にいてと言われて喜ばないなんてことは絶対にないくらいに姉を慕っている。
ああ、でも。
「…僕、ウィンリィとシャノンが二人でいるところもう何年も見てないや」
だから、全部が終わって体が戻ったその時に、二人で並んで笑っている前までの日常をどうか見せてほしい、遂に泣きそうになってしまったウィンリーに請うようにそう告げればくしゃりと顔を歪めて、それでもしっかりと頷いてくれた。
2017.1.22
投稿日:2017/0905
更新日:2017/0905